↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この捻れた世界にて、〜悪役令嬢は愛する者のために戦う〜  作者: 3色あんこ
第3部 泡沫の鎮魂歌

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
76/105

第32話 海の加護



カント・マリスで起きた魔族事件から、2日。

イリシアたちは隣町、ウィンディッシュの宿で束の間の休息を取っていた。


久しぶりに穏やかな朝だった。

窓から差し込む陽光が木造の部屋を優しく照らし、小鳥のさえずりが静かな空気を運んでくる。

激戦の傷も少しずつ癒え、それぞれが旅支度を整えていた。


向かう先は東。

本来の目的地──東方国家、カミツ国。

ミレイユの喉を治すための旅は、まだ終わっていない。


「はぁぁぁぁぁ〜……」


荷物をまとめながら、ミーナが盛大なため息をついた。


「エレナにお土産買いたかったなぁ……」


肩を落とすその姿に、隣で荷物を整理していたミレイユがくすりと笑う。

筆談帳を取り出し、さらさらと文字を書く。


『仕方ありません』


紙を見せられたミーナは頬を膨らませる。


「分かってるんですけどぉ。せっかく綺麗な港町で、ガラス細工とかいっぱいあったしぃ……」


イリシアも旅装を整えながら、小さく微笑んだ。


「きっと、また元の美しい街へ戻りますわ」


窓の外には、青く澄んだ空が広がっている。


「あの街には、人魚族と街の皆様との思い出がたくさん詰まっていますもの。復興には何年かかるか分かりません。ですが──」


イリシアは荷物を閉じ、穏やかな笑みを浮かべた。


「必ず、また笑顔あふれる美しい港町へ戻ってくださいますわ」


ミーナが顔を上げる。

イリシアは優しく続けた。


「その時は、もっと時間に余裕を持って参りましょう。エレナも一緒にね」


その言葉にミーナの表情がぱっと明るくなる。


「はいっ!」


勢いよく頷いた。


「今度は絶対一緒です!」


ミレイユも嬉しそうに何度も頷き、小さく拍手をした。

その様子を見たイリシアも自然と笑みが零れる。


「約束ですわ」



◇


その頃、隣の部屋では。

ヴィクトル、ジュリアン、ルークの三人が机の上へ置かれた1つの大きな貝殻を囲んでいた。

淡く青白い光を放つその貝殻は、オーリンから託された通信魔道具だった。


『……聞こえるか』


低く落ち着いた声。


「オーリン」


ヴィクトルが静かに応える。


『報告だ。救出した人魚たちは全員、命に別状はない』


三人が安堵の息を吐く。


『現在はマグメルにて治療を受けている。幸い、ミレイユ殿が治癒してくださったおかげで、全員命を繋ぐことができた』


ヴィクトルは自然と微笑んだ。


「それは本当に良かった」


オーリンは続ける。


『それから、持ち帰った催眠の核の欠片。あれは厳重に封印した。統治者であるセリュミア姫様自らがお預かりになられるそうだ』


ルークが腕を組む。


「やっぱりただ事じゃねぇ代物だったか」

『ああ、今回の事件は想像以上に深刻だった』


少しだけ間が空く。


『魔族が海の民へここまで直接干渉した記録は極めて少ない。そのため』


『セリュミア様』

『人魚族』

『鯨族』

『深海族』

『クラゲ族』

『サメ族』


『五族の長を招集し、対魔族会議を開くことが決定した』


部屋が静まり返る。


「そこまで……」


ジュリアンが低く呟いた。


『だからこそ』


オーリンの声が少しだけ柔らかくなる。


『君たちは予定通り旅を続けてくれ。東方、カミツ国。そこへ向かう理由があるのだろう?』


ヴィクトルは静かに頷く。


「ああ、ミレイユ嬢のためにも、我が国ほの未来のためにも、必ず辿り着きます」

『ここは俺たち海の民に任せろ。魔族の件も、街の復興も、犠牲者たちの弔いも、全て責任を持って引き受ける』


ヴィクトルは深く頭を下げた。


「ありがとうございます」


しばらく沈黙が流れる。

通信が切れるかと思われた、その時だった。


『最後に一つ』


オーリンが穏やかに笑う気配がした。


『海の民に古くから伝わる言葉を送ろう』


三人は静かに耳を澄ませる。


『── 貴方がたの未来は泡沫に非ず。

潮の導きは道を照らし、巡り巡る陽の光とならんことを。

深き海の加護が、安息の揺り籠とならんことを』


その言葉は波のように静かだった。


『旅立つ仲間へ、そして命を懸けて戦場へ向かう者へ送る、俺たち海の民の祝福だ。どうか無事で、また会おう』


通信は静かに途切れた。

誰もすぐには口を開かなかった。

やがてルークがぽつりと笑う。


「いい言葉だな」


ジュリアンも頷く。


「ああ。」


ヴィクトルはそっと貝殻を持ち上げる。


「また必ず、皆で会いに行こう。」


荷造りを終えた一行は宿の前へ集まった。

馬車には荷物が積み込まれ、街道には爽やかな風が吹き抜ける。

東へ続く道。

その先には、まだ見ぬ東方国家カミツ国。


そして、ミレイユの声を取り戻す希望が待っている。

イリシアは東の空を見つめた。


「参りましょう、目的地へ」


ヴィクトルが静かに微笑む。


「ああ今度こそ、本来の旅を」


ミーナは元気よく拳を突き上げた。


「カミツ国!待ってろー!」


ルークが苦笑しながら馬車へ乗り込む。


「そんな大声出さなくても逃げねぇよ」


ジュリアンも笑いながら手綱を握る。

ミレイユは胸の前でそっと両手を合わせ、遠く西の海へ向かって小さく一礼した。


助けられた命。

救えなかった命。

その全てを胸に刻むように。


やがて馬車はゆっくりと動き出した。

朝日に照らされた街道を、一歩、また一歩と進んでいく。


背後には、再び歩み始めた港町カント・マリス。

前方には、新たな出会いと試練が待つ東の大地。


──海の加護を胸に。

彼らは再び、未来へ向かって歩き始めた。

読んで頂きありがとうございます!

次回の投稿は明日の7時頃を予定しております!


本作品はカクヨム、アルファポリスにて同時投稿をしております。

気が向いたらいいね、ブクマ、よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。