第30話 朝日に照らされる罪
夜が終わる。
東の空がゆっくりと白み始めていた。
カント・マリスの街。
静まり返っていた住民たちが、一人、また一人と目を覚ます。
「……あれ?」
「俺は…」
「何を……していた……?」
頭を押さえる者。
吐き気に襲われる者。
その場へ膝をつく者。
誰もが頭の中へ大量の記憶が流れ込んできていた。
人魚を捕まえた。
縄で縛った。
殴った。
笑っていた。
子供の泣き声。
悲鳴。
助けを求める声。
全て、自分の記憶だった。
「う……」
男が口を押さえる。
「おぇっ……」
石畳へ胃の中身を吐き出した。
「違う……」
「俺じゃない……」
「いやだ、俺は……」
しかし脳裏へ浮かぶのは、自分自身の手。
自分自身の笑顔。
誰かに命令された記憶ではない。
確かに、自分の身体で行った出来事だった。
「ああああ……」
女性が泣き崩れる。
「私、なんてことを…。」
街中で悲鳴と泣き声が広がっていった。
その時だった。
「代表がいないぞ!」
誰かが叫ぶ。
「朝になればいつも港にいるはずだ!」
「仲間も5人とも見当たらない!」
「倉庫だ!」
「あそこへ行こう!」
住民たちは港へ駆け出した。
誰もが不安そうな顔を浮かべながら。
やがて港外れの巨大倉庫へ辿り着く。
「……鍵が壊れてる」
恐る恐る扉を開く。
ぎぃ……
薄暗い倉庫。
そして奥には──
床が開いていた。
「こんな所に地下……?」
恐る恐る階段を降りる。
体にまとわりつくような湿り気を帯びた空気。
鼻を突く異臭。
「なんだ……この臭い……」
一歩、また一歩。
進むたび臭いは強くなる。
やがて巨大な木製水槽が視界へ入った。
「……水槽?」
近付くと中は空。
だがその周囲には無数の鱗。
乾ききった血。
千切れた縄。
そしてさらに奥。
腐敗臭の元があった。
「…………」
誰かが足を止める。
その先には積み重なる人魚の亡骸。
腕だけ
足だけ
頭だけ
顔すら判別できないもの
尾びれだけが転がっているもの
鱗を全て剥がれ血を抜かれ、蝋細工のように白く変色した身体
「うっ……」
一人が口元を押さえる。
「おぇぇぇっ!!」
耐え切れず吐いた。
その場へ崩れ落ちる者。
錯乱する者。
涙を流す者。
誰も動けない。
「俺たち……」
誰かが震える声で呟く。
「俺たちが……この人たちを……」
捕まえた。
運んだ。
笑った。
その記憶が蘇る。
「あ……そんな……」
一人の男が足を止める。
地面へ転がる一つの頭部。
見覚えがあった。
数日前、必死になって子供を探していた母親。
港で泣きながら。
──お願いです。
──息子を知りませんか。
そう聞いて回っていた。
あの人魚だった。
今、その顔は恐怖に歪み。
髪は頭皮ごと引き剥がされ。
頬には乾いた涙の跡だけが残っていた。
男の瞳から涙が溢れる。
「……ごめん」
震える声。
「ごめんなさい……」
誰へ向けた謝罪なのか。
もう分からなかった。
その時だった。
「みんな!」
地下の水槽近くを調べていた男が叫ぶ。
「トンネルだ!」
全員が顔を上げる。
地下の壁。
そこには新しく掘られた巨大な土の通路。
「誰かがここから……」
床には無数の足跡。
そして、潮風。
「海へ続いてる!」
住民たちは恐る恐る歩き出す。
長い土の通路。
朝日が近付く。
やがて出口。
眩しい光。
入江だった。
そこへ足を踏み入れた瞬間。
誰もが言葉を失う。
浜辺一面へ転がる異形の怪物。
腐敗した肉体、裂けた口。
すでに息絶えたグールたち。
その中央。
倒れている6人。
片腕を失った街代表。
そして代表と一緒にいた漁業組合の5人の男。
さらに奥、6人の若者。
その背後には巨大な蜘蛛、白馬、黒い獅子、白銀の狐。
そして更に奥には── 救い出された20名近い人魚たちが、静かに朝日を浴びていた。
そして、傷付いた人魚たちを守るように立つ2人の鯨族。
族長オーリンと、弟サイラス。
住民たちは誰一人として言葉を発することができなかった。
目の前に広がる光景が、全てを物語っていたからだった。
住民達は悲しい現実を突きつけられますね。
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