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この捻れた世界にて、〜悪役令嬢は愛する者のために戦う〜  作者: 3色あんこ
第3部 泡沫の鎮魂歌

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第26話 姿を現した黒幕



最後の一体。

そのグールの額を貫いた氷槍が砕け散る。

鈍い音を立てて怪物は崩れ落ち、そのまま二度と動くことはなかった。


静寂。

誰もが荒い息を整える。


辺りには冷たい海風と、鉄錆にも似た血の臭いだけが漂っていた。

イリシアは氷の結界を見つめながら周囲を警戒する。

その中では、ミレイユが両手で球状の結界に封じられた黒い核へ祈るように魔力を送り続けていた。


人魚たちから託された魔力が、柔らかな黄金色の光となって彼女の身体を包み込んでいる。


あと少し……あと少しで、この核を完全に浄化できる。

その時だった。


──パチ、パチ、パチ。


乾いた拍手が静寂を切り裂いた。

全員が一斉に振り返る。

拍手の主は、入江を見下ろす崖の上に立っていた。

朝焼けを背に、一人の男がこちらを見下ろしている。


「あれは……」


ルークが目を細める。

オーリンも険しい表情になる。


「あの男……」


街で演説をしていた代表者だった。

港でも。

広場でも。

人々から尊敬を集め、街をまとめていた男。

しかし今、その笑みだけは人間のものではなかった。


口元は不自然に吊り上がり、瞳の奥には底知れぬ闇が揺れている。

男は穏やかな笑みを浮かべたまま拍手を止めない。


「いやぁ、お見事。まさかグールをここまで綺麗に殲滅してしまうとは思いませんでした。本当に予想以上ですよ」


ジュリアンがゆっくり剣を構える。


「……お前」


ヴィクトルも男を真っ直ぐ見据えた。


「やはり貴方でしたか」


男は肩を竦め、芝居がかった一礼をする。


「ええ。本来なら今夜あそこにいる人魚達を処理する予定でしたが…」


チラリと氷の結界を見る。

巨大蜘蛛のアルガスティと白い馬のホマムが威嚇するように唸る。


「あなた方のおかげで予定が大幅に狂ってしまいました」


イリシアは静かに前へ出た。


「……眠りの結界を破壊したのは、貴方ですのね」


男は笑みを崩さない。


「ええ、眠ってしまえば、この身体では自由に動けませんから」


その一言で、その場の全員が理解した。

オーリンが低く呟く。


「……やはり」


ヴィクトルも静かに頷いた。


「憑依型か」


その一言に、男は口元を歪め、心底愉快そうに笑みを浮かべる。


「おや?その情報はどこで仕入れたのでしょう?……まあ、今さら知ったところで特に影響はありませんが」


男は肩を竦め、誇らしげに胸へ手を当てた。


「その通り。私は憑依型第5級。この街の代表という立場も、実に便利なものでしたよ」


その言葉が落ちた瞬間、空気が一変する。

張り詰めた緊張が、一帯を支配した。


──第5級。


ミレイユが語っていた魔族の階級。

憑依型の中でも上位に位置する存在。

知性と狡猾さを兼ね備えた、極めて危険な魔族。

ジュリアンが一歩踏み出し、怒気を滲ませる。


「その身体の、本来の宿主はどうした!」


男は一瞬だけ目を丸くすると、可笑しくて堪らないとでも言いたげに吹き出した。


「ああ、この身体の持ち主ですか?」


くつくつと喉を鳴らしながら笑う。


「……死にましたよ?」

「っ!!」


ジュリアンの拳が震える。


「随分と抵抗されましたがねぇ」


男は自分の身体を眺めるように両腕を広げる。


「精神を侵し、心を削り、少しずつ身体の主導権を奪っていく。人間というのは実にしぶとい生き物です。何の力も持たぬ者が、魔族である私にここまで抗うとは……少々甘く見ていましたよ」


口調は穏やかなのに、その内容はあまりにも残酷だった。


「ですが、最後は衰弱し、自ら生きることを諦めました」


男は笑みを深くする。


「その瞬間、この身体は完全に私のものになったのです」

「……クソッ!!」


ジュリアンが剣の柄を握る手に力を込める。

怒りで今にも斬りかかりそうな彼を、ヴィクトルが静かに制した。

その横で、ルークは一歩前へ出る。

剣先を真っ直ぐ男へ向け、低く問い掛けた。


「……どうやって結界を抜けた」


その一言で、場の空気は再び冷え切る。

男はゆっくりとルークへ視線を移し、口角を吊り上げた。


「ふむ……そこに気付きますか」


男はくすりと笑った。


「それは、そこの貴人、貴方のおかげですよ」


ヴィクトルが眉をひそめる。


「……僕か」

「ええ」


男は愉快そうに続ける。


「あなたが放った特殊な魔法で結界を操った瞬間。ほんの一瞬だけ、結界が弱まりました。その隙に外へ抜け出しましてね」


男は指先を軽く鳴らした。


「その後は簡単です。監視していた使い魔を始末し、結界の核となっていた魔鉱石を、一つずつ破壊して回りました」


イリシアは悔しげに拳を握る。


(やはり……統制で結界を制御された一瞬が、唯一の隙でしたのね)


男は楽しげに続ける。


「ですが、倉庫へ戻って驚きました。人魚が一人もいない、地下には穴、運び出したのがわかりましたよ」


男はニヤリと笑う。


「だから、掃除屋を放ったんです」


誰もが先程のグールを思い出す。


「少しは時間稼ぎに期待していたんですが……」


男は肩をすくめた。


「全滅でしたね」


その笑みが消える。


「なら、私が直接回収しましょう」


瞬間。

男の身体から黒い瘴気が噴き上がった。

瞳の色が変化し白黒反転した瞳になる。

空気が重く、海面がざわめき、朝焼けが黒く濁ったように見えた。

イリシアが叫ぶ。


「皆様、警戒を!」


ズズズズ……


地面の至る所から黒い霧が立ち上る。

海岸、岩陰、崖の上。

次々と人影が姿を現した。

5人。

全員が人間の姿。

しかし、その瞳だけが5級魔族と同じように白黒反転した色に染まっていた。

男は満足そうに両腕を広げる。


「紹介しましょう。私の部下、憑依型第7級。まだ未熟ですが、人間相手には十分でしょう」


5人が一斉に剣を抜く。


ギィン──ッ!


金属音が海岸へ響いた。

オーリンは巨大な槍を構える。


「……俺の同胞に手を出した報い、命で償ってもらう!」


サイラスも黄金の瞳を細めた。


「もう誰一人、奪わせない」


ジュリアンは剣を抜き放つ。


「ここが正念場だ」


ルークは口角を吊り上げた。


「やっと本命のお出ましか」


ヴィクトルも静かに剣を構える。


「イリシア、核はどうだ」


イリシアはミレイユへ視線を向ける。

黄金の光はなおも核を包み込んでいた。


「あと少しですわ!」


男は愉快そうに笑う。


「では、第2幕を始めましょう」


夜明けの光が海を照らす。

人魚たちを守るための、本当の戦いが、今始まった。

遂に敵が現れたぞぉ〜!


読んで頂きありがとうございます!

次回の投稿は明日の7時頃を予定しております!


本作品はカクヨム、アルファポリスにて同時投稿をしております。

気が向いたらいいね、ブクマ、よろしくお願いいたします。

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