第24話 崩れゆく結界
夜明け前。
東の空が僅かに白み始めていた。
入江では、救出された人魚たちが静かに身を寄せ合っている。
そこへ、ルークとヴィクトルが駆け込んできた。
「戻った!」
「なんとか無傷だ!」
イリシアは安堵の息を吐いた。
「ご無事で何よりですわ」
ヴィクトルは胸元から一つの球体を取り出す。
透明な結界球。
その中心には黒色の宝石。
禍々しい瘴気を絶えず放ち続ける催眠の核。
「これが……」
オーリンも息を呑む。
「街を操っていた元凶か」
球体の中で核は生き物のように脈打っていた。
鼓動。
まるで心臓だった。
イリシアはゆっくりと近付く。
「5分ほどあれば以前の水龍の時のようにこの核の構造を解析して、ゼロ・レイで破壊が可能ですわ」
ルークが辺りを見回した。
「5分か」
ジュリアンも険しい顔になる。
「その間は結界の維持ができないんだろ?敵へ気付かれたら終わりだ」
「たしかにそうですわ」
イリシアも頷く。
「だからこそ急がなくては──」
その時だった。
小さな手が球体へ伸びた。
「……ミレイユ様?」
ミレイユだった。
彼女は何も言わない。
そっと核へ触れる。
その瞬間、眩い金色の光。
「!?」
全員が目を見開く。
聖女の魔力。
最後の力。
それを全て核へ流し込んでいた。
「ミレイユさん!」
ミーナが慌てて駆け寄る。
「やめてください!」
しかしミレイユは首を振る。
離さない。
まだ、まだ終われない。
人魚たちを苦しめた原因。
自分の手で終わらせたい。
その一心だけだった。
金色の光がさらに強くなる。
核も抵抗するように黒い瘴気を噴き出した。
光と闇。
二つの魔力が激しくぶつかり合う。
「無茶です!」
イリシアが叫ぶ。
「その核は聖属性を拒絶しています!」
ヴィクトルも手を伸ばす。
「ミレイユ嬢!」
その瞬間だった。
──パキン。
小さな音。
誰もが空を見上げる。
結界を支えていた光の柱。
その一本が音もなく消えた。
「……え?」
イリシアの顔色が変わる。
すぐに影へ呼びかける。
「使い魔達!」
返事はない。
「監視担当!」
沈黙。
嫌な汗が背中を流れる。
「応答してくださいませ!」
返答はなかった。
そして──二本目。三本目。
光柱が次々と消えていく。
「そんなっ……」
イリシアが結界全体を見渡す。
「まさか……」
ヴィクトルも息を呑んだ。
「どうした!」
イリシアは叫んだ。
「魔鉱石です!誰かが魔鉱石を破壊しています!監視に置いた使い魔も……全滅ですわ!」
その言葉に空気が凍る。
「結界が……!」
ルークが空を見上げる。
眠りの大結界。
巨大な銀色の膜。
それが音もなく崩れ始める。
「皆さん!警戒態勢を!結界が解けます!」
最後の一本。
光柱が砕け散った。
同時に。
バリンッ!!
空を覆っていた結界が硝子のように砕け散る。
静寂。
そして。
ヒヒヒヒヒ……
どこか遠くから聞こえる。
耳障りな笑い声。
その直後だった。
グルルルル……
アルガスティが唸った。
普段は温厚な巨大蜘蛛。
その八本の脚が地面へ深く突き刺さる。
ホマムも前脚を高く上げ、主人を庇うようにイリシアとミレイユの前へ躍り出た。
二体とも毛を逆立てている。
「……アルちゃん?」
イリシアが息を呑む。
これほど警戒する姿を見るのは初めてだった。
二体が見つめる先。
地下へ続くトンネル。
そこから。
ぐちゃり。
ぐちゃり。
水と泥を踏み潰すような音が響く。
暗闇の奥で、無数の赤い瞳がゆっくりと開いた。
「……なんだ」
ルークが剣へ手を掛ける。
次の瞬間。
腐臭。
血臭。
そして、四肢の長い動物のような”何か”が四つん這いで這い出してきた。
裂けた口。
鋭い牙。
灰色に腐敗した皮膚。
人魚の鱗を噛み砕いたままの口元。
オーリンの瞳が大きく見開かれる。
「……まさか。グール……!」
暗闇の奥。
まだ終わりではなかった。
一体。
二体。
三体。
……十体。
さらにその向こうからも、飢えた怪物たちが、ぞろぞろと姿を現し始めていた。
恐ろしいですね〜
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