第20話 王家の浄化魔法
静寂。
眠りの大結界に包まれたカント・マリスは、不気味なほど静まり返っていた。
雨上がりの石畳を踏みしめながら、ヴィクトルとルークは中央広場へと戻っていた。
広場の中心。
少女と人魚が手を取り合う、大きな石像。
その姿は本来ならば平和と友好の象徴であるはずだった。
しかし今は違う。
「……周囲を探してもやはり核はここしかなかったな」
ヴィクトルが静かに目を細める。
少女像の右目。
そこへ埋め込まれた黒い宝石。
禍々しい瘴気が内側から脈打ち、鼓動するように明滅している。
「これが……大元の原因か」
ルークも低く呟く。
「街中の糸は全部ここへ繋がってた」
「王子、どうするよ」
ルークが聞くと、ヴィクトルは静かに頷いた。
「手立てはある。王家に伝わる対精神魔法を使おう」
「それって催眠魔法を見破るための魔法じゃねぇのか?」
「通常ならば見破るための魔法だ、だけど本来は洗脳や精神干渉を解除するための術なんだ」
彼は剣を鞘へ納める。
代わりに右手をゆっくり前へ。
深く息を吸った。
「──清き光よ」
足元へ王家の紋章を描いた魔法陣が広がる。
黄金色の魔力。
柔らかな光が少女像を包み込み始めた。
「偽りの鎖を断ち切れ《レガリア・ディスペル》」
光が一直線に宝石へ届く。
その瞬間だった。
──ゴォォォォォンッ!!
街全体が震えた。
「!!」
少女像の瞳が赤黒く輝く。
同時に、広場中で眠っていた住民達が、一斉にゆらりと立ち上がった。
「……なっ!?」
ルークが目を見開く。
住民達の瞳はどこを映すでもなく虚ろだった。
「防衛機構か!」
ヴィクトルが叫ぶ。
次の瞬間、老人も、女性も、青年も、子供も全員が武器を拾い上げる。
包丁
銛
斧
木材
石
手に取れる物全てが武器となる。
そして全員が、ヴィクトルへ向かって走り出した。
「王子!」
ルークが前へ飛び出す。
ガギィン!!
銛を剣で受け流す。
返す刃で柄だけを叩き折る。
「悪い!眠っててくれ!」
峰打ち。
一人。
また一人。
正確に急所を外し、意識だけを刈り取っていく。
ヴィクトルもまた剣を抜いた。
「傷付けたくはない……!」
飛び込んできた男の手首を軽く払う。
武器だけを弾き飛ばす。
続けざま、柄頭で首筋を打つ。
男は静かに崩れ落ちた。
だが次から次へと住民が押し寄せる。
「数が多い!」
ルークが舌打ちする。
「全部街の人間だ!殺すわけにもいかねぇ!」
ヴィクトルも苦しい表情を浮かべた。
「核へ近付けない……!」
ようやく最後の一人を眠らせ、二人は大きく息を吐く。
「今だ!」
ヴィクトルが再び宝石へ向かう。
しかし少女像から再び瘴気が溢れた。
ゴォォォン!!
石畳に倒れていた住民達が、再びゆっくりと起き上がる。
「……またか!」
ルークが目を見開く。
今度は先ほどより人数が多い。
離れた路地
家屋
港
眠っていた住民達まで、糸に引かれる操り人形のように歩いて来る。
「無限かよ……!」
ルークが剣を構える。
ヴィクトルは少女像を睨み続けた。
(術式ではない。これは……宝石そのものが魔道具。近付く者へ反応して住民を操る、自律型防衛機構……)
「ルーク!」
「何か分かったか!」
「核そのものが防衛術式になっている!」
ヴィクトルは悔しそうに歯を食いしばる。
「解除を試みるたび、周囲の住民を操って時間を稼いでいる!」
ルークが周囲を見渡した。
「つまり、俺達だけじゃ近付けねぇってことか!」
「……ああ」
ヴィクトルは静かに頷く。
「核を止めるには、この防衛機構そのものをどうにかしなければならない」
二人は背中合わせになる。
再び住民達が迫る。
傷付けることも、殺すことも許されない戦い。
ルークは苦笑した。
「お嬢なら、この状況見て何て言うかな」
ヴィクトルも小さく笑う。
「きっと『まだ何か見落としていますわ』そう言うだろうね」
二人は再び剣を構えた。
少女像の瞳は、まるで嘲笑うように黒い光を放ち続けていた。
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