第19話 救出作戦
白銀の狐、アンサーがイリシアの影から姿を現した。
その瞬間、イリシアは静かに目を開いた。
「ご主人様。倉庫にて地下を確認いたしました」
巨大な結界を維持し続けるイリシアの周囲には、ジュリアン、オーリン、ミレイユ、そしてイリシアの使い魔達が上空と一番傍には白銀の大きな馬、ホマムが警戒に当たっている。
アンサーは一礼して報告を始めた。
「地下には巨大な水槽がございます。中には約20名ほどの人魚族。全員、重傷。衰弱しております。現在は、ご主人様の眠りの結界により静かに眠っております」
その言葉にオーリンが拳を握った。
「……生きているのか」
「はい。ですが、一刻を争います」
イリシアは安堵するように小さく息を吐いた。
「よかった……」
そしてアンサーは続ける。
「倉庫内には見張りと思しき男性三名。魔族反応なし。現在も眠っています」
イリシアは頷き、サイラスへ付けている使い魔との通信を繋いだ。
魔力が細い糸となって伸び、離れた場所にいるサイラスへ届く。
「サイラス様、聞こえますか?」
『ああ、聞こえる。地下に人魚族が20名ほど確認できた。ちょうど救出方法について相談したいと考えていた所だ』
少しの沈黙。
サイラスが答える。
『巨大水槽ごと外へ運べれば一番なんだが……』
その言葉へジュリアンが口を挟んだ。
「転移魔法は?」
イリシアはゆっくり首を横へ振る。
「難しいですわ」
「どうして?」
「衰弱した状態の人魚族を一斉転移させるだけでも危険ですの。ましてや巨大な水槽となると重量も質量も桁違い」
イリシアは静かに説明する。
「転移途中で術式が僅かでも乱れれば。水槽だけが先に転移したり。人魚だけが取り残されたり。最悪の場合、空間の歪みに身体が巻き込まれます」
その場の空気が重くなる。
ジュリアンが眉をひそめた。
「……それは駄目だな。だが、安全な場所へ運ばなければ助からない」
その時だった。
オーリンが静かに口を開く。
「入江がある」
全員が彼を見る。
「ここへ来る途中で見つけた。人目につかない小さな入り江だ。結界の範囲にも近いんだが、何か利用できないか?」
その一言で、イリシアの瞳が僅かに見開かれた。
「……それですわ」
全員の視線が集まる。
「地下を掘ればよろしいのです」
「……地下?」
サイラスが聞き返す。
「土魔法で倉庫地下から入江まで一本道の避難路を作ります。人魚族を一人ずつ運び出せば、安全に救出できますわ」
オーリンが感心したように頷く。
「なるほど……だが誰がそんな大規模な土魔法を?」
イリシアは少しだけ微笑んだ。
「わたくしは結界維持がありますので動けません、ですが」
左手を静かに前へ差し出す。
ぱちん。
指が鳴る。
次の瞬間。
地面から巨大な影がゆっくりと姿を現した。
ずしん──。
人の背丈ほどもある巨大な蜘蛛。
黒曜石のような八本脚。
赤色に輝く複眼。
巨大な牙。
「……!」
思わずミレイユがイリシアの後ろへ隠れる。
ジュリアンも一瞬だけ目を丸くした。
ルーク達がいたなら間違いなく驚いていただろう。
しかし巨大蜘蛛はイリシアを見ると嬉しそうに身体を低くした。
イリシアは優しく頭を撫でる。
「安心してくださいませ。この子はアルガスティ、アルちゃんですわ。土魔法が得意な、とても良い子なのですよ」
巨大蜘蛛はまるで褒められた犬のように前脚を軽く上下させた。
「キチチッ」
「ええ……」
ジュリアンが思わず呟く。
「可愛いですよね」
イリシアが少し誇らしげに笑う。
「……」
オーリンは反応に困っていた。
「……蜘蛛を見て可愛いと思ったのは初めてだ」
ジュリアンが苦笑する。
イリシアの傍にいた馬の使い魔、ホマムが身を低くさせるとイリシアはそこへ跨った。
「ジュリアン様。ミレイユ様をこちらへ乗せて頂けますか?」
「了解」
ジュリアンは優しくミレイユを抱き上げ、ホマムへ乗せる。
ミレイユはまだ少しだけアルガスティを警戒しながらも、小さく頭を下げた。
「では参りましょう」
オーリンを先頭に、一行は静かに森を抜けていく。
結界を維持したまま。
ホマムはイリシアを気遣うようにゆっくり歩き出す。
やがて木々が開け、そこには岩壁に囲まれた静かな入江が広がっていた。
波は穏やかで、人の気配はない。
「ここですわね」
イリシアはアルガスティへ視線を向ける。
「アルちゃん、人魚様達が休めるよう、大きな窪地を作ってくださいまし。海水も引き込めるようお願いいたします」
「キチチッ!」
次の瞬間、アルガスティの前脚が地面へ触れる。
どごごごごご……
大地が唸った。
岩が滑らかに削られ、砂が左右へ流れ、巨大な窪地があっという間に出来上がっていく。
さらに海側へ一本の溝を掘ると、海水が静かに流れ込み澄んだ水が窪地を満たしていった。
その様子を見たオーリンが思わず息を呑む。
「……見事だ」
「ありがとうございます」
イリシアは微笑み、続いてアルガスティに新たな指示を出した。
「それでは次ですわ。ここから倉庫地下まで。人が一人通れるくらいの大きさで、崩れない丈夫なトンネルをお願いいたします」
アルガスティは大きく頷くと、迷うことなく地面へ潜っていった。
ずん、と土が震える。
その振動は真っ直ぐ地下へと伸び、
人魚たちを救うための命の道が、静かに掘り進められていくのだった。
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