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この捻れた世界にて、〜悪役令嬢は愛する者のために戦う〜  作者: 3色あんこ
第3部 泡沫の鎮魂歌

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第18話 地下水層



眠りの大結界に包まれたカント・マリス。

静まり返った街を、二つの影が音もなく駆け抜けていた。


ミーナとサイラス。


二人が向かった先は、昼間にミーナが目を付けていた倉庫だった。

雨に濡れた木壁。

窓だけが、板で何重にも塞がれている。

周囲の倉庫と比べても、その異様さは一目で分かった。


「……やっぱりここですね」


ミーナが小さく呟く。

サイラスも静かに頷いた。


「確認しよう」


二人は物音一つ立てず扉の前へ移動する。

サイラスが耳を当てる。

しばらくして、小さく息を吐いた。


「寝息だ、三人。おそらく全員眠っている」


眠りの大結界は確かに機能している。

サイラスは取っ手を握り、ゆっくり押した。

だが。


「……鍵が掛かってるな」


ミーナは周囲を見渡す。


「確かこっちに……ありました!」


視線の先。

建物の隅。

昼間に見付けたものと同じ、不自然な位置にある排気口。


「ここから入れそうです」


しゃがみ込み、鉄格子へ手を掛ける。

しかし。


「待って」


サイラスが静かに肩へ手を置いた。


「君は小柄だけど、それでも危険だ。もし中で出口を塞がれたら逃げられない」

「……確かに」


ミーナも手を止める。


「じゃあどうしましょう……」


二人が考え込んだ、その時だった。


ふわり。


ミーナの影が揺れる。


「?」


影から白い耳が現れる。

続いて、ふさり、と柔らかな尾がゆっくり姿を現した。

イリシアの使い魔、白銀の狐のアンサーだった。


「発言の許可をお願いいたします」


凛とした女性のような落ち着いた声。

ミーナはぱっと笑顔になる。


「アンサーちゃん!」


アンサーは優雅に一礼した。


「中の潜入ならば、私が参りましょう。狭い場所の偵察は得意です」


サイラスも目を丸くする。


「喋る……」


アンサーは少しだけ首を傾げた。


「はい、使い魔ですので」


その返答にミーナは思わず苦笑する。


「お願いします!」


アンサーは小さく頷いた。


「承知しました」


その身体が音もなく縮み、排気口の隙間へ滑り込んでいく。

数秒。

やがて姿は完全に見えなくなった。

静寂。

二人はただ待った。


……

……


数分後。

再び白い尾が排気口から現れる。

アンサーは軽やかに出てきた。


「報告いたします」


いつも通り落ち着いた声音だった。


「地下へ続いておりました」

「地下?」


ミーナが目を丸くする。

アンサーは頷く。


「巨大な地下空間があります。中央には木枠で組まれた大型水槽。その中に、多数の人魚族を確認しました。数はおおよそ20」


サイラスの顔色が変わる。


「生きているのか?」

「はいりですが非常に衰弱しております。全身に傷、魔力枯渇、栄養失調。ご主人様の眠りの魔法が作用しておりますので、現在は全員眠っています」


サイラスは拳を強く握り締めた。


「……間に合ってくれ」


震える声だった。

ミーナも表情を引き締める。


「倉庫の中は?」


アンサーは即答する。


「男性が三名、全員眠っています。魔族反応なし、人間のみです」


その言葉に二人は安堵した。


「ありがとう、アンサーちゃん」


ミーナはしゃがみ込み、優しく頭を撫でる。

アンサーは少しだけ目を細めた。


「もう一つお願いがあります」

「なんなりと」

「この情報をお嬢様へ届けていただけますか?正面突破ができるなら、入口は私が開けます」

「かしこまりました」


アンサーは静かに一礼する。


「ご主人様へ伝達いたします」


その姿は白い霧へ溶けるように消え、次の瞬間には夜の闇へ駆け出していた。


「よし」


ミーナは懐から細い針金を取り出す。


「久しぶりですが」


サイラスが少し驚く。


「鍵も開けられるのか」

「これでも潜入担当なので」


にっと笑う。

針金を鍵穴へ差し込む。

耳を澄ませる。

小さな金属音。


かち。


「開きました」

「……見事だ」


二人はゆっくり扉を開く。

倉庫の中は静まり返っていた。

木箱。

樽。

縄。

積み上げられた荷物。

その中央で三人の男が眠り込んでいる。

眠りの大結界はここでも十分な効果を発揮していた。

足音を殺しながら奥へ進む。


すると。


「……あった」


床。

木製の大きな扉。

取っ手が付いている。

そして、その周囲には。

無数の擦れた跡。

何度も。

何度も。

重い何かを引きずった痕跡が、地下への扉まで続いていた。

サイラスの表情が険しくなる。


「ここだな」


しゃがみ込み、耳を当てる。

目を閉じる。

鯨族特有の音波探知。

地下へ意識を集中させる。

しばらくして静かに目を開いた。


「……近くには誰もいない、行こう」


ゆっくり取っ手を持ち上げる。


ぎぃ……


古い蝶番が小さく軋んだ。

地下へ続く石階段。

ひんやりとした空気が流れ出す。

湿った潮の匂い。

そしてどこか鉄錆にも似た、生臭い臭い。

サイラスが腰の剣へ手を添えた。


「俺が先に行く。音波で索敵するから後ろは任せたよ」

「はい」


二人は一段ずつ慎重に降りていく。

階段の先には、頼りなく揺れる一本の蝋燭。

その小さな炎だけが、地下空間をぼんやりと照らしていた。

そして。

階段を降り切った二人は、思わず息を呑む。

巨大な木枠で組まれた水槽。


その中には。

幾人もの人魚族が、まるで荷物のように押し込められ、

互いの身体を支え合うように折り重なって眠っていた。

色鮮やかだったはずの尾びれは傷だらけ。

鱗は剥がれ落ち、長い髪は無残に切り取られ、痩せ細った身体には無数の傷跡が残っている。


蝋燭の淡い灯火に照らされたその光景は、あまりにも痛々しく、あまりにも静かだった。

サイラスは震える声で、小さく呼ぶ。


「……みんな」


その声は誰にも届かない。

深い眠りに落ちた人魚たちは、ただ静かに救いの手が差し伸べられる時を待ち続けていた。

読んで頂きありがとうございます!

次回の投稿は明日の7時頃を予定しております!


本作品はカクヨム、アルファポリスにて同時投稿をしております。

気が向いたらいいね、ブクマ、よろしくお願いいたします。

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