表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この捻れた世界にて、〜悪役令嬢は愛する者のために戦う〜  作者: 3色あんこ
第1部 歪んだ世界

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/26

第5話 王子と黒い小鳥



春が訪れていた


ルヴァン王国の王都の街並みは、春の柔らかな風に包まれ始めていた。

街路樹の葉は緑を増し、市場では色とりどりの花と新鮮な果物が溢れ、貴族たちの装いも軽やかなものへと移り変わっていた。


その頃、イリシア・ヴァルモンドは社交界で妙に目立つ存在になっていた。

理由は単純だ。

彼女が最近、やたらと教会関係者に接触しているからである。

特に、保守派の重鎮である枢機卿バルタザール・グレゴリオの周辺に、頻繁に姿を現していた。


慈善事業の視察。

孤児院の訪問。

教会主催の晩餐会。

寄付者への感謝式典。


偶然とは到底思えない頻度で、イリシアは彼のいる場所に現れていた。


「さすがヴァルモンド家の令嬢ですな。神への敬虔な心をお持ちで」


バルタザールは白髪の髭を優雅に撫でながら、満足げに笑う。

権力と野心を隠しきれない、脂ぎった笑顔だった。


「光栄ですわ、枢機卿様」


イリシアは完璧な微笑みを浮かべて頭を下げる。

その裏で、彼女は冷たく思っていた。


(絶対に逃がしませんわ……)


初夏に開催される、フィリップ王子の生誕祭。


あの舞踏会で、この男を教会の中心から引きずり出さなければならない。

そのためなら、多少の時間と金銭の投資など惜しまない。

事業団から得た利益の一部を、惜しげもなく教会の慈善事業へ回しながら、イリシアは着実に距離を縮めていった。


同時に、もう一人の枢機卿にも接触を図っていた。


革新派の若き枢機卿、ラファエル・ドミニク。


直接顔を合わせることは避け、代わりに黒い影が夜の闇を舞う。

イリシアお気に入りの監視使い魔『小鳥』だ。

窓の隙間から音もなく入り込み、机の上に手紙を落として消える。


最初こそラファエルは驚愕し、警戒していたが、三回目にはすっかり慣れ、普通に返事をしたためていた。

慣れとは恐ろしいものだ。

手紙の内容は単純だった。


「教会内部に囚われた少女がいる」

「保守派が重大な秘密を隠している」

「夏の終わり、警備を一時的に薄くしてほしい」


ラファエルからの返事は短く、慎重だった。


「証拠を見せてください」


当然の反応である。

そこでイリシアは、少しずつ信頼できる資料を送り始めた。


クラリッサの素行を捉えた映像水晶。

購入記録の写し。

複数の証言。

そして──地下に囚われたミレイユの存在を示唆する情報。

すると、返事のトーンが変わった。


「本当なら、決して許せない。協力しましょう」


そこでようやく、イリシアは盤上に最初の駒を置くことに成功した。




そんなある日の午後。

王城の奥深くにある、薔薇の庭園。

定期的に行われる、婚約者同士のお茶会だった。


爽やかな初夏の風が、色鮮やかな薔薇の花弁を優しく揺らし、甘い香りを運んでくる。

白いパラソルの下、銀のティーセットが並ぶテーブルで、第一王子ヴィクトルは紅茶を優雅に口に運びながら、何気ない調子で言った。


「最近、ずいぶん忙しそうだね、イリシア」


イリシアの手が、わずかに止まった。


「そうでしょうか?」

「そうだよ」


ヴィクトルは穏やかな笑みを浮かべ、金色の瞳を細めた。


「それに、ずいぶんあちら側を構っているようだ」

「あちら側?」

「教会さ」


イリシアは小さく瞬きをし、ふっと微笑んだ。


「あら……ご存知でしたのね」

「僕以外の人ばかり構っているからね。少し嫉妬しているのかもしれない」

「まあ」

「冗談だよ」


ヴィクトルは肩を竦めて笑った。

しかし、その金色の瞳は真っ直ぐで、一切の遊びがなかった。


「でも、イリシア」


彼は少し声を低くした。


「君のことだから、何か理由があるんだろう?」


イリシアはカップを静かにソーサーに戻した。

やはり侮れない。

この人は、未来の国王となる男だ。


「あら……お分かりになりまして?」

「何年の付き合いだと思ってるんだい」

「それもそうですわね」


イリシアはくすりと笑った。

幼い頃から共に育った者同士だからこその、心地よい距離感だった。

少しの沈黙の後、イリシアは空を見上げた。

青い空を、黒い小さな影が横切っていく。

『小鳥』だ。遠くで旋回しながら、こちらを見守っている。


「ですが──」


彼女は静かに、しかしはっきりと言った。


「殿下ならば、お話してもよいでしょう」


ヴィクトルの表情が一瞬で変わった。

冗談めかした空気が消え、第一王子としての鋭い威厳が現れる。


「聞こう」


イリシアは深く頷き、これまで集めた全てを語り始めた。


教会の地下に囚われた少女。

本物の聖女ミレイユ。

偽りの聖女クラリッサ。

血を抜かれ続ける残酷な現実。

保守派の暗躍。

そして、夏の始まりに迫る危険。


話を聞くにつれ、ヴィクトルの表情は徐々に険しくなっていった。

紅茶のカップを持つ手が、わずかに強張る。

やがて、全てを聞き終えた時。

彼は静かに、しかし力強く言った。


「……助けるんだろう?」


イリシアは少し驚いた。

反対される可能性も、十分に考えていたからだ。

しかしヴィクトルは迷わなかった。


「当然ですわ」

「なら」


ヴィクトルは立ち上がり、金色の髪を初夏の風になびかせた。

王族として、そして未来の国王として、彼は静かに告げた。


「僕も協力しよう」


その言葉に、イリシアは胸の奥で初めて、ほんの少しだけ安心感を覚えた。

これで、彼女は完全に一人ではない。

救出作戦は、次の段階へと進み始めていた。


黒い小鳥が、再び空を舞う。

運命の歯車は、静かに、しかし確実に加速しようとしていた。

読んで頂きありがとうございます!

次の投稿は20時です!よろしくお願いいたします!


本作品はカクヨム、アルファポリスにて同時投稿をしております。

気が向いたらいいね、ブクマ、よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ