第14話 作戦決行
2時間後──。
ホテル一階、談話室。
ジュリアンたちは食後の紅茶を飲みながら、ゆったりとした時間を過ごしていた。
「……そろそろ戻ってくる頃か」
ジュリアンが懐中時計を閉じると、廊下の向こうから足音が聞こえた。
全員がそちらを見る。
最初に姿を現したのはヴィクトルだった。
「お待たせ」
──満面の笑み。
これ以上ないほど機嫌がいい。
対照的に、そのすぐ後ろを歩くイリシアは。
「…………」
両手で真っ赤になった顔を覆い、そのまま項垂れながら歩いてきた。
耳から首まで赤い。
歩幅まで小さい。
まるで魂が半分ほど抜け落ちてしまったようだった。
「「「「「……」」」」」
部屋が静まり返る。
最初に口を開いたのはルークだった。
「王子サマ……何やった?」
ヴィクトルは爽やかに笑う。
「秘密」
「秘密じゃねぇよ」
ジュリアンが額を押さえる。
ミーナが小声でミレイユへ耳打ちする。
「絶対あのあだ名呼びが原因ですよね」
ミレイユも小さく頷いた。
オーリンは咳払いを一つ。
「仲が良いのは結構だが、話を戻しても?」
「そっ、そうですわね!」
イリシアが弾かれたように顔を上げた。
「申し訳ありません!作戦会議でしたわ!」
だがまだ顔は真っ赤だった。
ヴィクトルは楽しそうに笑っている。
(完全に遊ばれたな)
ルークは心の中だけで呟いた。
これ以上触れたら面倒だ、そういう勘だけはよく働く。
ヴィクトルは咳払いを一つすると、すぐ王太子としての表情へ戻った。
「話し合いの結果、潜入部隊は三名。僕、ルーク、そして、ミーナ」
その言葉に全員が表情を引き締める。
ヴィクトルはテーブルへ地図を広げた。
「まず最優先事項だ。住民達は操られている可能性がある」
その言葉にオーリンとサイラスが頷く。
「……俺もそう思う」
サイラスが静かに言った。
「昔のあの街の人達は、あんな人達じゃなかった」
ヴィクトルも続ける。
「僕の弟──フィリップも精神干渉を受けていた。もし今回も同じような催眠なら、大元を壊せば解除できる可能性が高い」
イリシアも頷いた。
ヴィクトルは地図中央を指差す。
「僕は王家へ代々伝わる《対精神干渉魔法》を使う」
ミーナが首を傾げる。
「そんな魔法あるんですか?」
「ある」
ヴィクトルは静かに答えた。
「適性はあるけれども、王家は代々、精神干渉や呪詛への対抗術を受け継いできた。精神へ直接干渉するのではなく、魔力の流れを視る魔法だ」
ルークが腕を組む。
「つまり、催眠を掛けてる奴を見つけられるってことか」
「正確には」
ヴィクトルは指先で一本の線を描く。
「住民へ掛かった催眠魔法を逆流させる。糸を辿るように、大元の核を探す」
イリシアが微笑む。
「もし住民全員が同じ魔力へ繋がっていれば、核は一つ。そこを破壊すれば催眠は解除されますわ」
ジュリアンが静かに頷く。
「理にかなってる」
ヴィクトルはさらに続けた。
「そして、ミーナ」
「はい!」
「君は前回見つけた倉庫が怪しいと言っていたね」
「はい、窓を塞がれた建物で、排気口も一つだけ不自然でした」
ヴィクトルは頷く。
「ならば、君はそちらを調査してほしい」
イリシアも続ける。
「その際は、わたくしの使い魔を護衛として同行させますわ」
ミーナの表情がぱっと明るくなる。
「本当ですか!」
「ええ」
イリシアは微笑んだ。
「狐の使い魔、アンサーはミーナが今連れておりますのでいいでしょう。もう一つは上空の索敵に梟のノクトゥア、蛇のウヌクは周辺の警戒、猫のフェリスは街側の警戒に何体か放ちますわ」
サイラスが感心したように笑う。
「本当に何でもいるんだな」
イリシアは少し照れ笑いを浮かべた。
「用途ごとに契約しておりますので」
ヴィクトルはサイラスを見る。
「もし動けるなら、君はミーナと同行してほしい」
サイラスは迷わず頷いた。
「もちろんだ。地下水路も、倉庫街も、この街なら案内できる」
オーリンも腕を組む。
「なら俺は、結界外でイリシア嬢を守ろう。敵が結界へ近付けば迎え撃つ」
ジュリアンが笑う。
「俺も護衛だな、術者を死なせるわけにはいかねぇ」
ルークが拳を鳴らす。
「これで役者は揃ったな」
その時だった。
くいっ。
イリシアの袖が、小さく引かれる。
振り返ると、ミレイユが真剣な表情で筆談用紙へ文字を書いていた。
『わたしも、一緒に行かせてください』
部屋が静まり返る。
ミーナが少し驚いたように目を丸くし、サイラスとオーリンもミレイユを見る。
イリシアは紙を見つめたまま、しばらく考え込んだ。
今回の作戦は危険だ。
結界維持だけでも相当な負担になる。
まして戦闘になる可能性も高い。
だから本来なら、ホテルで残っていてもらうべきなのだろう。
しかし。
ミレイユの瞳は一歩も引くつもりがないことを物語っていた。
助けられるだけの存在ではいたくない。
自分にもできることをしたい。
そんな強い意思が、その若葉色の瞳に宿っている。
イリシアはふっと柔らかく笑った。
「……分かりました」
ミレイユの表情がぱっと明るくなる。
だが、イリシアは人差し指を一本立てた。
「ですが、わたくしから絶対に離れないこと。どんなことがあっても、お一人で行動しないこと。約束できますわね?」
ミレイユは何度も何度も頷いた。
「……!」
ぎゅっと筆談用紙を抱きしめる。
その姿にミーナも思わず笑みを零す。
「よかったですね、ミレイユさん!」
イリシアは優しく微笑みながら続けた。
「結界展開中は、わたくしの近くへ索敵に特化した使い魔を常に待機させます。ミレイユ様、少し窮屈かもしれませんが、あなたの安全を最優先させてくださいませ」
イリシアは全員の顔を見渡した。
それぞれが、自分の役目を理解している。
だからこそ、静かに頭を下げる。
「皆様。よろしくお願いいたします」
ヴィクトルは穏やかに微笑んだ。
「イリシア、結界は任せる。必ず全員で帰ろう」
その一言に、ルークが不敵に笑う。
「当たり前だ」
ミーナも拳を握った。
「助けられる人は、みんな助けます!」
サイラスとオーリンも静かに頷く。
窓の外では、まだ雨が降り続いていた。
だが、その雨の向こうには。
助けを待つ人魚族がいる。
そして今──
彼らはついに、カント・マリス奪還作戦へ向けて動き始めた。
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