第12話 作戦会議
応接室。
窓の外では、雨が変わらず静かに降り続いていた。
卓上には湯気を立てる紅茶が並び、室内は暖かい空気に包まれている。
だが、その空気とは裏腹に、部屋の中を支配していたのは重苦しい沈黙だった。
先ほどミレイユから語られた、魔族の階級。
そして、バルタザールが魔族だったという事実。
誰もが頭の中で情報を整理していた。
やがて、オーリンが静かに口を開く。
「……相手が受肉型か、憑依型かさえ分かればな」
腕を組んだまま、低く呟く。
ルークも難しい顔で頷いた。
「魔族に関する文献は古すぎる。受肉型がどんな姿をしてるのかも分からねぇ」
ミーナも肩を落とす。
「もし憑依型と同じで、人間の姿に変装なんてできたら……」
その先を言い切れず、俯いた。
「……あたしたちに見分ける方法なんてありません」
再び静寂。
イリシアは顎へ手を添え、瞳を伏せたまま思考を巡らせていた。
雨音だけが静かに耳へ届く。
ふと、彼女は顔を上げた。
「……ミレイユさん」
優しく呼び掛ける。
ミレイユはすぐに顔を上げ、小さく頷いた。
「お伺いしたいことがありますの」
こくり。
「魔族の憑依型と受肉型について……バルタザール卿は、何か他に話しておりませんでしたか?」
ミレイユは「うーん」と首を傾げる。
懸命に記憶を辿るように目を閉じた。
やがて筆談用紙にさらさら、とペンが走る。
書き終えると、イリシアへ差し出した。
『バルタザールが言ってました。
我々、憑依型は対象の精神が弱まってる時ほど入り込みやすい。だから死に際に入り込むのが一番楽、と』
「死に際……」
ヴィクトルが眉をひそめる。
「随分と悪質だね」
ジュリアンも苦々しく呟いた。
「胸糞悪ぃ話だ」
ミレイユはさらに続きを書いていく。
『人間に乗り移るから人間社会へ溶け込むのは簡単、と』
そこで少しだけ手が止まり、次の一文を書き加えた。
『あと魔族なのに肩こりとかするみたいです』
「……肩こり?」
思わずルークが聞き返す。
ミレイユは頷いて、さらに書く。
『老体だと動きが鈍いから大変だって言ってました』
一瞬。
部屋の空気が止まった。
イリシアの瞳が細められる。
「……なるほど」
その小さな呟きに、全員が彼女を見る。
「有益な情報ですわ」
静寂。
誰も口を挟まない。
イリシアだけが考え続けていた。
そして、ゆっくりと顔を上げる。
「……一つ」
その蒼い宝石のような瞳が皆を見渡す。
「賭けに出ましょうか」
全員が息を呑んだ。
「賭け?」
ルークが眉を上げる。
「ええ」
イリシアは静かに頷く。
「ですが、勝算のある賭けですわ」
彼女は机の上へ一枚の紙を広げる。
そこにはカント・マリス周辺の地図だった。
「まず前提として」
地図の中央へ印を付ける。
「今回の事件を起こしている魔族が、憑依型であると仮定いたします」
オーリンが問い掛ける。
「理由は?」
「受肉型は未知数ですが、人間社会へ潜伏し、人を操るという点では憑依型の方が適しております」
イリシアは地図へ指を置いたまま続けた。
「そして、現状の情報では、その可能性が最も高いと判断できますわ」
全員が静かに頷く。
イリシアは続けた。
「そして、憑依型であるならば、おおよそ眠ります」
「……眠る?」
サイラスが目を丸くした。
「精神は魔族でも、肉体は人間」
イリシアは穏やかに説明する。
「ミレイユさんのお話によれば、肩こりをするほど肉体の疲労が現れる。つまり、肉体の生理現象からは逃れられません」
ヴィクトルが静かに頷く。
「睡眠も……ということか」
「ええ」
イリシアは微笑んだ。
「そこで一つ、やれることがありますの」
立ち上がる。
「少々お待ちくださいます?」
「ああ」
ヴィクトルが頷くとイリシアは足早に応接室を出て行った。
数分後。
小さな巾着袋を抱えて戻ってくる。
机の上へ置くと、中から六つの黒紫色の鉱石を取り出した。
陽の光を受け、透明感のある鉱石が妖しく煌めく。
「これは……」
オーリンが思わず呟く。
イリシアは一つ摘み上げた。
「わたくしの魔力で生成した魔鉱石ですわ。本来は通信魔導具の改良版を作るため、移動の片手間に作っていたものなのですが……」
「ああ……」
ヴィクトルが思い出したように笑う。
「立体投影式通信魔導具。まだ開発段階だったね」
「ええ」
イリシアは頷く。
「ですが、今回は別の用途に使います」
六つの鉱石を並べる。
「これを街の各地へ設置し」
地図の六箇所へ印を付けた。
「街全体を覆う結界を展開いたします」
全員が息を呑む。
「そして、結界内部へ眠り魔法を発動し、街中の住民を眠らせます」
「そんなことが……」
オーリンは魔鉱石を持ち上げ、光へ透かした。
黒紫の結晶が静かに煌めく。
「可能なのか?」
イリシアは微笑む。
「ええ、わたくしの魔力量ならば余裕ですわ」
その言葉には一切の慢心がない。
ただ事実を述べているだけだった。
「眠りの大結界は精神へ干渉する魔法ではありません。人間の肉体へ作用する魔法です。ですから、憑依型魔族は人間の身体を借りている以上、その肉体は眠りに抗えません」
ヴィクトルが静かに息を吐いた。
「なるほど……憑依型も眠っているのなら、調査は格段にしやすくなる」
「はい」
イリシアは頷く。
しかしその表情が少しだけ曇った。
「ですが、これは賭けです」
応接室が静まり返る。
「もし相手が受肉型だった場合、眠る確率は極めて低いでしょう」
全員が真剣な眼差しで耳を傾ける。
「さらに結界維持中のわたくしは、一歩も動けません」
静かな声が部屋へ響いた。
「術式制御に神経を集中させます。会話や通信、簡単な基本魔法程度なら可能ですが……完全な無防備になりますわ」
ジュリアンが腕を組む。
「つまり、術者を守る護衛が必要ってことか」
「ええ」
イリシアは力強く頷いた。
そして、六つの魔鉱石を、それぞれ三人の前へ置いた。
「ルーク、オーリン様、サイラス様。街に土地勘のある皆様方が、それぞれ二個ずつ。六ヶ所へ設置してくださいませ。これを基点に、眠りの大結界を展開いたします」
三人は静かに鉱石を受け取る。
ジュリアンが口元を緩めた。
「終わったら?」
「中へ潜入して調査をしてもらいます。」
イリシアは微笑んでから続ける。
「街中の住民は眠り、その間だけわたくしの魔力を分け与えた者だけが、結界内で通常通り活動できます」
ヴィクトルがゆっくりと顔を上げた。
「つまり潜入部隊だね」
「はい」
イリシアは静かに頷いた。
その瞬間ヴィクトルが穏やかに微笑んだ。
「ならば、僕が潜入しよう」
──その一言で。
イリシアの表情が固まった。
読んで頂きありがとうございます!
次回の投稿は明日の7時頃を予定しております!
本作品はカクヨム、アルファポリスにて同時投稿をしております。
気が向いたらいいね、ブクマ、よろしくお願いいたします。




