第11話 魔族の階級
応接室には、温かな紅茶の香りが静かに広がっていた。
ルークとミーナが交互に、街で得た情報を順に語り始める。
中央広場での異様な演説。
人魚族を「資源」と呼ぶ男たちの狂気。
街全体を覆う不穏な空気。
人魚族の連続失踪。
新たに売り出されたガラス工芸品と虹色に輝く丈夫な糸。
そして、鯨族までもが監視され始めているという事実──。
話を聞き終えた部屋には、重い沈黙が落ちた。
最初に口を開いたのはイリシアだった。
「……魔族」
その一言だけで、全員の視線が彼女に集中した。
「断定はできませんわ。ですが、この異常さを考えると、人間ではなく魔族が裏で糸を引いている可能性は十分にあります」
ヴィクトルも静かに頷いた。
「僕も同感だ」
イリシアは机の上で指を組み、慎重に言葉を続けた。
「ですが、現時点では敵の数も、目的も、実力も分かりません。そして何より──」
皆をゆっくりと見渡す。
「今のわたくしたちが、魔族を相手に正面から戦えるだけの力を持っているのか。それすら判断できませんの」
誰一人として反論しなかった。
軽率に飛び込めば、自分たちだけでなく、助けられるはずだった命まで失うことになる。
だからこそ、まずは敵を知ること。
それが最優先だった。
その時だった。
くいっ。
小さく袖が引かれる感触。
イリシアが振り返ると、少し遠慮がちな表情のミレイユがいた。
彼女は慌てて筆談用紙を取り出し、さらさらと文字を書き始めた。
書き終えると、そっと差し出す。
『バルタザールが魔族の種類について話してるのを聞いたことがあります』
イリシアは目を見開いた。
「魔族の……種類?」
ミレイユは小さく頷き、続けて書き込む。
『魔族には、ひょうい型と、じゅにく(?)型があるって』
最後の「受肉」の文字には自信がないのか、小さな「?」が添えられていた。
「受肉型……」
イリシアは静かにその言葉を繰り返した。
初めて聞く名称だった。
さらにミレイユは筆を走らせる。
『階級もあるみたいです』
『七級が一番弱くて、数字が小さくなるほど強くなるって』
全員が紙を覗き込む。
『憑依型は七級から四級』
『バルタザールは四級だと言ってました』
四級の文字の横に、小さく『バルタザール』と書き添えられる。
その瞬間──
「…………え?」
最初に声を漏らしたのはミーナだった。
ルークが目を丸くする。
「おい……今、何て?」
ジュリアンも珍しく目を見開いた。
ヴィクトルは紙を見つめたまま、低く呟いた。
「つまり……バルタザール本人が、自分を四級だと名乗っていたのか……?」
ミレイユはこくりと頷く。
応接室の空気が、一瞬で凍りついた。
イリシアも思わず息を呑む。
(バルタザールが……魔族……)
ゲームでは教団の枢機卿として登場しただけだった。
黒幕でありながら、その正体について深く語られることはなかった。
だがもし彼自身が魔族だったのだとしたら──
クラリッサへの異常な執着。
ミレイユを地下牢へ閉じ込めた理由。
数々の不可解な行動。
その全てに説明がつく。
ヴィクトルが険しい表情で呟いた。
「だから……あれほど大胆に動けたのか」
ルークが低く舌打ちする。
「教会の枢機卿が魔族だったとはな……」
ジュリアンも静かに息を吐いた。
「人間社会へ魔族が入り込んでいる。想像以上に厄介だ」
重い沈黙の中、ミレイユだけが不安そうに筆を走らせた。
『言わない方がよかったですか?』
その紙を見るなり、イリシアは即座に首を横へ振った。
「いいえ。教えてくださって本当にありがとうございます。この情報がなければ、敵の正体に気付くのはもっと遅れていたかもしれませんもの」
ミレイユはほっとしたように微笑んだ。
すると、オーリンが静かに尋ねる。
「それで、受肉型というのは?」
ミレイユは再び紙へ書き込んだ。
『三級と二級』
『受肉型』
そして、最後の一文だけはゆっくりと、一文字ずつ丁寧に書いた。
『一級 魔王』
応接室は再び静まり返った。
その二文字が持つ重みを、誰もが肌で感じていた。
イリシアは紙を見つめながら、思考を高速で巡らせる。
(ゲームにはありませんでしたわね……)
少なくとも彼女が知る本編にも、攻略資料にも、魔族の階級についての詳細な記述は存在しなかった。
だが──
(当然ですわ。ここはゲームではなく、現実)
ゲームでは敵には推奨レベルが表示される。
しかし現実では、生き物には分類があり、組織には序列がある。
その方が自然だった。
(これは大きな助けになりますわ)
敵の階級さえ分かれば、おおよその実力を推測できる。
ゲームでいう「敵レベル」の代わりになる。
戦うべきか。
退くべきか。
その判断材料が、一つ増えたのだ。
イリシアは優しく微笑み、ミレイユに向き直った。
「ありがとう、ミレイユ。とても大切なお話でしたわ」
ミレイユは少し照れたように笑うと、もう一枚の紙へ書き込む。
『でも、わたしは聞いただけなので、意味までは分からないんです』
『ごめんなさい』
イリシアは即座に首を横へ振った。
「謝る必要なんてありません。これだけでも十分すぎるほど価値のある情報ですわ」
ヴィクトルも穏やかに頷く。
「イリシアの言う通りだ。小さな情報が、大勢の命を救うこともある」
ルークが腕を組みながら笑った。
「要するに、まずは敵が何級か調べりゃいいってことだな」
ジュリアンも短く頷いた。
「情報戦だ」
オーリンは窓の外へ目を向ける。
雨はまだ止まない。
灰色の空の下で、海は静かに波を立てていた。
その向こうには、助けを待つ人魚族がいる。
そして、その背後には──
まだ姿を見せぬ魔族が、静かに牙を研いでいた。
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