第10話 海より来たる者
翌朝。
雨は止んでいたものの、灰色の雲は依然として空一面を覆っていた。
ウィンディッシュの港。
ヴィクトルたちは桟橋の先に集まり、静かに海を見つめていた。
ミレイユが不安げに波の向こうを眺め、イリシアも同じ方向へ視線を向け続けている。
ジュリアンがぼそりと呟いた。
「そろそろ着く頃か……」
「ルークもミーナも優秀ですもの。きっと無事ですわ」
口ではそう言うものの、イリシアの表情は晴れなかった。
ヴィクトルはそんな彼女を見て、優しく微笑む。
「心配なんだね」
「……当然ですわ。大切な仲間ですもの」
その言葉にヴィクトルは静かに頷いた。
やがて──
「おーい!!」
聞き慣れた大きな声が港に響き渡った。
「あっ!」
ミーナが馬の上から大きく手を振っていた。
その後ろにはルークが手綱を握っている。
「帰ってきたな!」
ジュリアンが手を振る。
イリシアの表情がぱっと明るくなる。
「ご無事で何よりですわ!」
ルークは軽く手を上げ、にやりと笑った。
「ただいま。面白ぇもん拾ってきたぜ」
「え?」
その言葉に全員が首を傾げた。
ジュリアンが海の方へ目を細める。
「……ん?」
「どうした?」
ヴィクトルが振り返る。
ジュリアンは眉を寄せた。
「海だ」
「海?」
次の瞬間だった。
沖合から一直線に、白い波が猛烈な速度で迫ってくる。
まるで巨大な魚雷が海中を疾走しているかのようだった。
漁師たちがざわつき始める。
「あれは何だ!?」
「魔物か!?」
水柱が一気に立ち上がる。
轟音と共に──
──ザバァァァァァッ!!
巨大な水飛沫が空高く舞い上がった。
「皆さん!」
イリシアが咄嗟に一歩前へ出る。
右手を前に掲げ、魔力を一気に解放した。
「下がってください!!」
透明な半球状の結界が瞬時に展開される。
激しい水飛沫が結界に叩きつけられ、バシャァァッ!と激しく弾けた。
水滴が結界の表面を雨のように流れ落ちていく。
ミレイユは思わずイリシアの背中を見つめた。
華奢なその背中は、誰よりも頼もしく見えた。
数秒後、水飛沫が晴れる。
そこに立っていたのは──二人の青年だった。
一人は紺碧の長髪を下ろした、大柄な美丈夫。
鍛え抜かれた体躯に、静かな威厳を纏っている。
もう一人は水色の長い髪を優雅に揺らす、端正な青年。
穏やかな笑みを浮かべながら周囲を見回していた。
港全体が静まり返る。
「……鯨族」
誰かが小さく呟いた。
オーリンは静かに一礼した。
「突然失礼した。海路の方が早かったのでな」
その横でサイラスも頭を下げる。
「驚かせちまってるじゃねぇか」
ルークが苦笑しながら近づいてくる。
「だから派手すぎるって言ったんだけどなぁ、兄さん聞かなくてさ」
サイラスも困ったように笑う。
「少しだけね」
「少しどころじゃありませんよ!」
ミーナが思わず突っ込む。
そのやり取りに、張りつめていた空気が一気に和らいだ。
イリシアは結界を解除し、小さく息を吐いた。
「……驚きましたわ」
ヴィクトルも苦笑する。
「僕も魔物かと思ったよ」
「それにしては一歩も動かなかったではありませんの」
イリシアがじとっとヴィクトルを睨むと、彼は肩を竦めた。
「だって君が守ってくれるんだろう?」
「それはそうですけれども……」
オーリンは申し訳なさそうに頭を下げた。
「すまない、悪気はなかった。海から来る方が都合が良かったもので」
「お気になさらないでください」
ヴィクトルは穏やかに微笑み、皆を紹介した。
「ようこそ、ウィンディッシュへ。私はルヴァン王国第一王子ヴィクトル。こちらは婚約者のイリシア。旅の仲間のジュリアンとミレイユ。そして護衛の皆です」
オーリンも静かに名乗り返した。
「鯨族の長、オーリン。こちらは弟のサイラス」
互いに一礼を交わす。
ルークが腕を組みながら言った。
「王子、お嬢。こいつらの話、聞いてやってくれ。
街でとんでもねぇもん見つけた」
その一言で場の空気が再び引き締まった。
ヴィクトルは真剣な表情で頷いた。
「分かった。ここでは人目につく。宿へ移動しよう」
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