第7話 港に響く銛
広場を離れたルークは、足早に港の方へと向かっていた。
(これは一人で判断する案件じゃねぇ……)
あの異様な演説。
狂気じみた熱狂。
そして、黒く染まった男の瞳。
文献でしか知らなかった現象が、現実として目の前で起きていた。
(情報が圧倒的に足りねぇ。まずは街全体を把握しねぇと)
冷たい雨が港を白く煙らせている。
その時だった。
「逃がすな!!」
「囲め!!」
鋭い怒号が雨音を切り裂いた。
続いて、金属が激しくぶつかる音。
ルークは咄嗟に駆け出した。
港の桟橋近くに飛び出した先で見た光景に、彼は思わず息を呑んだ。
一人の男を、十数人の男たちが巨大な銛で囲んでいる。
男は背が高く、鍛え抜かれた大柄な体躯をしていた。
濡れた紺色の長い髪を払いながら、静かに周囲を睨みつけている。
その立ち姿だけで分かる。
(強ぇ……)
しかし、相手は多勢。
「捕まえろ!!」
「鯨族だ!!」
男は小さく舌打ちした。
(まずい。ここで暴れれば一般人まで巻き込む)
そう考えた瞬間──
「……ちっ」
ルークは姿くらましを解除した。
「誰だ!」
男たちが一斉に振り返る。
その隙だった。
ルークは地面を強く蹴り、一瞬で懐へ滑り込む。
1人目のみぞおちへ容赦のない拳。
「がぁっ!」
2人目の銛を蹴り上げ、軌道を乱し頭に蹴りを入れる。
「ぐぁっ!」
3人目の顎へ鋭い肘打ち。
「ぐえっ!」
4人目を肩で吹き飛ばす。
「うわっ!?」
ルークは雨に濡れながら苦笑した。
「悪いが──」
振り返ることなく片手を後ろへ向ける。
「その人、借りるぜ」
残る男たちが怒声を上げて一斉に襲い掛かる。
しかし、勝負は1分もかからなかった。
雨の中、港の桟橋には気絶した男たちが無残に転がっていた。
ルークは拳を軽く払い、息を整える。
「ふぅ……最近はお嬢の護衛ばっかやってたから、鈍ってるかと思ったぜ」
背後から、静かで低く響く声が聞こえた。
「……助かった」
振り返る。
先ほど囲まれていた男だった。
近くで見ると、その体格はルークより一回り以上大きい。
濡れた紺色の長髪が肩に張り付き、整った顔立ちに海の王者らしい威厳が宿っていた。
男は右手を胸に当て、深く頭を下げた。
「俺はオーリン。鯨族の長だ」
ルークは一瞬だけ目を丸くし、次の瞬間、豪快に笑った。
「はっ……当たり引いたな」
オーリンもわずかに口元を緩めた。
「君は?」
「ルーク。旅の護衛兼、潜入担当だ」
「潜入……」
「ああ。で、お互い同じ目的みたいだな」
オーリンは静かに頷いた。
「君もこの街の異変を調べているのか」
「そういうこと」
2人は人気のない建物の軒下へ移動した。
雨音だけが辺りを包む。
オーリンが低い声で語り始めた。
「ここ2ヶ月、人魚族が次々と姿を消している。
俺たち鯨族も全力で調査を続けてきた。だが、決定的な証拠が掴めない」
ルークも広場で見た出来事を簡潔に話した。
黒く染まった瞳。
狂気じみた演説。
人魚族を「資源」と呼ぶ男たちの熱狂。
話を聞き終えたオーリンの表情が、ますます険しくなった。
「やはり……街の中で何かが起きている。俺一人では、もう限界だ」
ルークは腕を組み、少し考えてから笑った。
「だったら簡単だ」
「ん?」
「うちの主に会ってくれ」
オーリンは眉を上げた。
「主?」
「俺なんかより何十倍も頭が切れる。しかも──」
ルークはどこか誇らしげに笑った。
「困ってる奴を見捨てられねぇ、お人好しだ。事情を話せば、絶対に力を貸してくれる」
オーリンは静かにルークの目を見つめた。
その瞳に、嘘や計算はない。
しばらくの沈黙の後、小さく頷いた。
「……分かった。会わせてくれ」
ルークはにっと笑う。
「交渉成立だ。仲間のところへ案内するぜ」
港にはなおも冷たい雨が降り続いていた。
だがその雨の中で、人魚族を救うための新たな縁が、静かに、しかし確かに結ばれようとしていた。
読んで頂きありがとうございます!
次回の投稿は20時頃を予定しております!
本作品はカクヨム、アルファポリスにて同時投稿をしております。
気が向いたらいいね、ブクマ、よろしくお願いいたします。




