第6話 雨音が繋ぐ縁
雨は、まだ降り続いていた。
灰色の空。
灰色の海。
その景色を横目に、サイラスは静かに歩きながら語り始めた。
「……人魚族が姿を消し始めたのは、およそ2ヶ月前だ」
ミーナは隣を歩きながら、慎重に耳を傾ける。
「最初は1人だった。海へ出たまま帰ってこない。家族は事故だと思っていた」
サイラスは自嘲するように苦く笑った。
「けれど、1人、また1人と増えていった。今では10人以上が消息不明だ」
ミーナの表情が曇る。
「そんなに……」
サイラスは頷いた。
「人魚族は陸へ自由に上がれない。
体内に流れる血液と魔力の性質上、人間の姿になるには特別な変身薬が必要なんだ。薬なしでは長時間陸で生活することはできない」
雨粒が石畳を激しく叩く。
「だからこそ、おかしいんだ。勝手に姿を消せるはずがない。最初は海賊か密猟者を疑った。俺も兄も、鯨族総出で海を探した。だが、手掛かりは一つも見つからなかった」
サイラスは拳を強く握りしめた。
「その後、密猟者崩れから妙な噂を聞いた。この街が、新しい名産品を売り始めたと」
「ウロコのように薄いガラス細工。そして、光を通すと虹色に輝く、丈夫な糸」
ミーナは息を呑んだ。
「……。」
「そんな物、以前はなかった。嫌な予感がした。だから一昨日から、この街へ潜入している」
サイラスは自嘲気味に笑った。
「もっとも、散々だったよ。
観光客として街へ入ったが、誰ともまともに話せない。街の代表らしい男には『観光客は邪魔だから帰れ』と言われる始末だ……だから夜になってから密かに調査を始めた。
本当なら俺の得意なエコーで街中を探れるんだけどね」
サイラスは灰色の空を見上げた。
「この雨だ。
雨音が多すぎて反響が全部かき消されてしまって、耳が全く役に立たない」
少し肩をすくめる。
「困っていたところへ、明け方に馬の蹄の音が聞こえたんだ。誰だろうと思って見に行ったら──」
そこでサイラスはミーナを見て、柔らかく笑った。
「君と、もう一人の背の高い男が目の前で消えた」
ミーナは思わず苦笑する。
「見られてたんですね」
「いや、見えなくなったんだ。だから慌てたよ。足音もほとんどしないし、追い掛けるのは本当に苦労した」
ミーナは少しだけ笑ってしまった。
「それはすみません。任務用ですから」
二人は自然と小さく笑い合う。
少しだけ、重苦しい空気が柔らかくなった。
ミーナは内心で判断を下した。
(この人なら……)
そう思い、ゆっくり口を開いた。
「実は私たち、旅人なんです。
東へ向かう途中で、隣町に滞在していました。
本当はこの街へ観光に来る予定だったんですが……隣町で親切な方に、『今は近付かない方がいい』って忠告されまして」
サイラスが静かに頷く。
「それで?」
「私たちの主が気にしていたので。私ともう一人の仲間で、一足先に調査へ来ました」
少しだけ間を置いて続ける。
「もし良ければ……私たちの主と、お話ししていただけませんか?」
サイラスは少し驚いたような顔をした。
そして、ふっと優しく笑う。
「それは願ってもない提案だ」
ミーナも安心したように微笑み返した。
しかし、サイラスの次の一言で、その笑みが凍りついた。
「その影に潜んでる使い魔の主が、君たちの主なんだろう?」
「っ!」
反射的にミーナは後方へ飛び退き、腰から短剣を抜き放った。
鋭い切っ先がサイラスに向けられる。
「……」
サイラスは困ったように両手を上げた。
「待ってくれ。敵なら、さっき君を拘束したまま仲間を呼んでいる。
今こうして話している理由を考えてほしい」
ミーナは短剣を構えたまま、鋭く睨む。
「……どうして、使い魔が分かったんですか」
サイラスは肩をすくめた。
「鯨族だからさ、俺たちは”音”を見る」
「音……?」
「魔力も音になる。君の影だけ、波紋が二重だった」
ミーナの瞳が大きく見開かれる。
(音で……魔力を感知?)
イリシアの使い魔は超一流の隠密性能を誇る。
普通の魔術師ではまず見破れないはずだ。
(この人……本物だ)
サイラスは静かに続けた。
「安心してくれ、誰にも言っていない。それどころか──」
少し照れくさそうに笑う。
「その使い魔のおかげで、君を信用しようと思った」
「……え?」
「魔力が綺麗で澄んだ音だった。君も、その主も、だから助けた」
雨音だけが二人の間を流れる。
やがてミーナはゆっくりと短剣を納めた。
「……ごめんなさい。仕事柄、人を疑う癖がついてしまって」
サイラスは穏やかに笑う。
「気にしないさ、俺も同じだから」
二人はようやく、互いに笑顔を交わした。
サイラスは改めて真剣な眼差しになる。
「君の主に会わせてほしい。正直、一人では限界だった。人魚たちを助けたい、力を貸してくれ」
ミーナは迷わず頷いた。
「分かりました。主はきっと、そのお願いを断りません。困っている人を見捨てられない人ですから」
サイラスは安堵したように深く息を吐いた。
「ありがとう、案内してくれ。俺も知っていることを、全部話そう」
そのやり取りを、影の奥から白銀の狐、アンサーが静かに見つめていた。
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