第5話 雨の港で出会う者
一方、その頃──。
倉庫街。
ミーナは雨を避けるように建物の影を伝いながら、慎重に進んでいた。
(こういう街なら……絶対に何かある)
潜入任務で培った勘が、鋭く彼女に囁いていた。
港町。
物資の集積地。
船の出入り口。
そして、人目につかない大型の建物。
密輸、誘拐、不正取引──倉庫は常にそうした闇の舞台となる。
だからこそ、ミーナは一棟ずつ丁寧に調べ始めた。
窓から中を覗く。
空っぽ。
次。
漁具が積まれただけの倉庫。
次。
木箱が山積み。
……。
そして。
「……あれ?」
一つだけ、明らかに不自然な建物があった。
窓という窓が、内側から厚い板で完全に塞がれている。
(なんで?)
営業中ならまだ分かる。
荷物を守るためかもしれない。
しかし、この街は今日一日、人の気配すらほとんどない。
それなのに、この倉庫だけは「見られたくない」という強い意志を感じさせた。
雨が激しく屋根を叩き、匂いも音も掻き消される。
「うーん……」
ミーナは小さく頰を膨らませた。
(雨の日は本当に苦手なんだよねぇ……)
鼻も耳もほとんど役に立たない。
目と勘だけで探るしかない。
建物の周囲をゆっくりと回る。
すると──
「あ」
壁際、足元近くに鉄格子を見つけた。
(排水溝……?)
しゃがみ込み、そっと格子を持ち上げる。
意外にも簡単に外れた。
中を覗き込む。
「……違う」
排水路ではない。
細い通気路──排気口のようだ。
(こんな所に?)
念のため周囲の他の倉庫も確認したが、同じ造りのものは一つもなかった。
(ここだけ特別……)
ますます怪しい。
ミーナは身体を滑り込ませようと腰を落とした。
その瞬間だった。
ぐっ。
「っ!?」
突然、背後から両腕ごと抱え込まれる。
身体がふわりと浮いた。
「んっ──!」
叫ぼうとした口が、大きな手で素早く塞がれた。
耳元に、低く抑えた声が落ちる。
「……しーっ」
「…………」
「静かに」
その声と同時に、雨音の向こうから話し声が聞こえてきた。
……しまった。
雨音に紛れて近づかれていた。
男はミーナを抱えたまま、素早く近くの茂みへと身を滑り込ませる。
草葉がわずかに揺れ、二人は完全に身を伏せた。
すぐ近くを、二人組の男が歩いてくる。
「観光地だろうと、ここまで入り込む奴がいるか?」
「仕方ねぇだろ。代表の新事業の大事な品がここにあるんだからよ」
「にしてもすげぇよな、ウロコみてぇな薄いガラスを工芸品にしちまうなんて」
「ああ」
「あのキラキラした糸だって特別製なんだろ?色が豊富でよ、なんか人魚族の髪みてぇだったな」
「たしかに」
「そういや最近、人魚族見ねぇな、前はもっと泳いでただろ?」
「知らねぇ」
「あ、この前息子がいなくなったって探しに来てた母親の人魚いたな、次の日から来なくなったし」
「見つかったんじゃねぇか?」
「まあ、見つかったならいいけどよ」
乾いた笑いが雨に混じる。
やがて足音が遠ざかっていった。
完全に聞こえなくなるまで、二人は動かなかった。
……
……
「……行った」
男が小さく呟く。
ミーナもようやく息を吐いた。
「はぁ……」
緊張が解け、男もゆっくりと立ち上がる。
ミーナは懐に手を忍ばせ、姿くらましの魔導具を解除した。
空気が揺らぎ、彼女の姿が現れる。
目の前の男も、ようやくその姿を見てわずかに驚いた様子だった。
水色の長い髪。
雨に濡れた前髪を無造作に掻き上げる仕草。
整った顔立ちと、鋭いながらも静かな雰囲気を纏った目。
年齢は二十代半ばといったところか。
「……もう大丈夫だ」
低く、よく通る声だった。
ミーナは深く頭を下げた。
「助けてくださってありがとうございました」
男は少し困ったように笑う。
「礼を言われるほどじゃない。見つかっていたら、君も捕まっていた」
ミーナの表情が引き締まる。
「やっぱり……あの人たち、おかしいですよね」
男はすぐには答えず、雨だけが降り続ける中、静かに海の方を見つめた。
やがて、小さく問いかける。
「君、旅人か?」
「……東へ向かう途中なんです。寄り道をしようと思って」
男は苦笑した。
「運が悪かったな。今、この街には近付かない方がいい」
「理由を聞いても?」
男は辺りを素早く見回し、誰もいないことを確認してから頷いた。
「その前に、名前くらい聞いてもいいか?」
「……ミーナです。」
男も軽く頭を下げた。
「俺はサイラス。この辺りの者だ」
(この辺りの者……?)
ミーナは密かに観察する。
歩き方、周囲への目配り、物音への反応──普通の漁師とは違う。
訓練を積んだ者の動き。
そして、どこか育ちの良さも感じさせる。
「サイラスさん。この街で何が起きてるんですか?」
サイラスは灰色の海を見つめたまま、静かに答えた。
「……少し長くなる。歩きながら話そう」
「はい」
二人が歩き始めたその時、サイラスの視線がふとミーナの影へ落ちた。
ほんの一瞬、目が細められる。
「……面白い」
「え?」
「いや、気のせいだ」
もちろん、彼が見ていたのは──
影の中で赤い瞳を静かに光らせる、白銀の狐。
イリシアの使い魔、アンサーだった。
(魔力を宿した獣……この娘は、ただの旅人ではないな)
サイラスもまた、ミーナという少女に強い興味を抱き始めていた。
歩きながら、ミーナは自然を装って尋ねる。
「サイラスさんは漁師さんなんですか?」
「いや、もっと海に近い仕事だ」
「海に近い……?」
サイラスは少しだけ微笑んだ。
「鯨族をまとめる一族の者なんだ」
ミーナの足が止まる。
「えっ……!じゃあ、あなたが族長さん……?」
「いや」
サイラスは静かに首を振った。
「兄が族長だ。俺は、その弟」
その言葉に、ミーナの胸がどくりと高鳴った。
(族長の弟……!こんなに早く重要人物に会えるなんて……!)
サイラスは灰色の海を見つめたまま、静かに続けた。
「そして──」
その瞳に、深い憂いが宿る。
「俺も、この街がおかしくなった理由を探している。君たちと、同じようにな」
読んで頂きありがとうございます!
次回の投稿は20時頃を予定しております!
本作品はカクヨム、アルファポリスにて同時投稿をしております。
気が向いたらいいね、ブクマ、よろしくお願いいたします。




