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この捻れた世界にて、〜悪役令嬢は愛する者のために戦う〜  作者: 3色あんこ
第3部 泡沫の鎮魂歌

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第5話 雨の港で出会う者



一方、その頃──。


倉庫街。


ミーナは雨を避けるように建物の影を伝いながら、慎重に進んでいた。


(こういう街なら……絶対に何かある)


潜入任務で培った勘が、鋭く彼女に囁いていた。


港町。

物資の集積地。

船の出入り口。

そして、人目につかない大型の建物。


密輸、誘拐、不正取引──倉庫は常にそうした闇の舞台となる。

だからこそ、ミーナは一棟ずつ丁寧に調べ始めた。


窓から中を覗く。

空っぽ。

次。


漁具が積まれただけの倉庫。

次。


木箱が山積み。

……。

そして。


「……あれ?」


一つだけ、明らかに不自然な建物があった。

窓という窓が、内側から厚い板で完全に塞がれている。


(なんで?)


営業中ならまだ分かる。

荷物を守るためかもしれない。

しかし、この街は今日一日、人の気配すらほとんどない。

それなのに、この倉庫だけは「見られたくない」という強い意志を感じさせた。

雨が激しく屋根を叩き、匂いも音も掻き消される。


「うーん……」


ミーナは小さく頰を膨らませた。


(雨の日は本当に苦手なんだよねぇ……)


鼻も耳もほとんど役に立たない。

目と勘だけで探るしかない。

建物の周囲をゆっくりと回る。

すると──


「あ」


壁際、足元近くに鉄格子を見つけた。


(排水溝……?)


しゃがみ込み、そっと格子を持ち上げる。

意外にも簡単に外れた。

中を覗き込む。


「……違う」


排水路ではない。

細い通気路──排気口のようだ。


(こんな所に?)


念のため周囲の他の倉庫も確認したが、同じ造りのものは一つもなかった。


(ここだけ特別……)


ますます怪しい。

ミーナは身体を滑り込ませようと腰を落とした。

その瞬間だった。


ぐっ。


「っ!?」


突然、背後から両腕ごと抱え込まれる。

身体がふわりと浮いた。


「んっ──!」


叫ぼうとした口が、大きな手で素早く塞がれた。

耳元に、低く抑えた声が落ちる。


「……しーっ」

「…………」

「静かに」


その声と同時に、雨音の向こうから話し声が聞こえてきた。


……しまった。

雨音に紛れて近づかれていた。


男はミーナを抱えたまま、素早く近くの茂みへと身を滑り込ませる。

草葉がわずかに揺れ、二人は完全に身を伏せた。

すぐ近くを、二人組の男が歩いてくる。


「観光地だろうと、ここまで入り込む奴がいるか?」

「仕方ねぇだろ。代表の新事業の大事な品がここにあるんだからよ」

「にしてもすげぇよな、ウロコみてぇな薄いガラスを工芸品にしちまうなんて」

「ああ」

「あのキラキラした糸だって特別製なんだろ?色が豊富でよ、なんか人魚族の髪みてぇだったな」

「たしかに」

「そういや最近、人魚族見ねぇな、前はもっと泳いでただろ?」

「知らねぇ」

「あ、この前息子がいなくなったって探しに来てた母親の人魚いたな、次の日から来なくなったし」

「見つかったんじゃねぇか?」

「まあ、見つかったならいいけどよ」


乾いた笑いが雨に混じる。

やがて足音が遠ざかっていった。

完全に聞こえなくなるまで、二人は動かなかった。


……

……


「……行った」


男が小さく呟く。

ミーナもようやく息を吐いた。


「はぁ……」


緊張が解け、男もゆっくりと立ち上がる。

ミーナは懐に手を忍ばせ、姿くらましの魔導具を解除した。

空気が揺らぎ、彼女の姿が現れる。

目の前の男も、ようやくその姿を見てわずかに驚いた様子だった。


水色の長い髪。

雨に濡れた前髪を無造作に掻き上げる仕草。

整った顔立ちと、鋭いながらも静かな雰囲気を纏った目。

年齢は二十代半ばといったところか。


「……もう大丈夫だ」


低く、よく通る声だった。

ミーナは深く頭を下げた。


「助けてくださってありがとうございました」


男は少し困ったように笑う。


「礼を言われるほどじゃない。見つかっていたら、君も捕まっていた」


ミーナの表情が引き締まる。


「やっぱり……あの人たち、おかしいですよね」


男はすぐには答えず、雨だけが降り続ける中、静かに海の方を見つめた。

やがて、小さく問いかける。


「君、旅人か?」

「……東へ向かう途中なんです。寄り道をしようと思って」


男は苦笑した。


「運が悪かったな。今、この街には近付かない方がいい」

「理由を聞いても?」


男は辺りを素早く見回し、誰もいないことを確認してから頷いた。


「その前に、名前くらい聞いてもいいか?」

「……ミーナです。」


男も軽く頭を下げた。


「俺はサイラス。この辺りの者だ」

(この辺りの者……?)


ミーナは密かに観察する。


歩き方、周囲への目配り、物音への反応──普通の漁師とは違う。

訓練を積んだ者の動き。

そして、どこか育ちの良さも感じさせる。


「サイラスさん。この街で何が起きてるんですか?」


サイラスは灰色の海を見つめたまま、静かに答えた。


「……少し長くなる。歩きながら話そう」

「はい」


二人が歩き始めたその時、サイラスの視線がふとミーナの影へ落ちた。

ほんの一瞬、目が細められる。


「……面白い」

「え?」

「いや、気のせいだ」


もちろん、彼が見ていたのは──

影の中で赤い瞳を静かに光らせる、白銀の狐。

イリシアの使い魔、アンサーだった。


(魔力を宿した獣……この娘は、ただの旅人ではないな)


サイラスもまた、ミーナという少女に強い興味を抱き始めていた。

歩きながら、ミーナは自然を装って尋ねる。


「サイラスさんは漁師さんなんですか?」

「いや、もっと海に近い仕事だ」

「海に近い……?」


サイラスは少しだけ微笑んだ。


「鯨族をまとめる一族の者なんだ」


ミーナの足が止まる。


「えっ……!じゃあ、あなたが族長さん……?」

「いや」


サイラスは静かに首を振った。


「兄が族長だ。俺は、その弟」


その言葉に、ミーナの胸がどくりと高鳴った。


(族長の弟……!こんなに早く重要人物に会えるなんて……!)


サイラスは灰色の海を見つめたまま、静かに続けた。


「そして──」


その瞳に、深い憂いが宿る。


「俺も、この街がおかしくなった理由を探している。君たちと、同じようにな」

読んで頂きありがとうございます!

次回の投稿は20時頃を予定しております!


本作品はカクヨム、アルファポリスにて同時投稿をしております。

気が向いたらいいね、ブクマ、よろしくお願いいたします。

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