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この捻れた世界にて、〜悪役令嬢は愛する者のために戦う〜  作者: 3色あんこ
第3部 泡沫の鎮魂歌

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第4話 静寂の港町



夜明け前。


灰色の雨雲が空を重く覆い尽くし、冷たい雨粒が街道を容赦なく濡らしていた。


蹄の音だけが、静寂の世界に響き渡る。

ルークが手綱を強く握り、借り受けた馬を駆る。

その後ろにはミーナ。


二人とも、ほとんど口をきかなかった。

潜入任務。

いつものことだ。

だからこそ、余計な会話は必要ない。

雨音と馬の息遣いだけが、二人の間を流れていた。

やがて──


東の空がわずかに白み始め、薄明かりが世界を淡く染めていく。


目的地。

海沿いの共生都市、《カント・マリス》。


その入口へと馬が辿り着いた。

ルークは周囲を素早く確認し、小さく頷いた。


「ここからだ」

「うん」


二人は人気のない林の中に馬を繋ぎ、街へと向かった。

歩きながら、ミーナが懐に手を入れる。


取り出したのは、金色に輝く小さな魔導具──懐中時計型の姿くらまし装置だった。

ルークも同じ物を取り出す。

二人は目配せを交わした。

ミーナが小さくカウントする。


「せーの」


つまみを右へ二回転半。

左へ一回転。

そして──


カチリ。


中央を押し込む。

静かな起動音が響いた瞬間、二人の姿が空気の中に溶けるように薄れ、完全に消え去った。


王国諜報部が極秘に使用する、高性能潜入魔導具。

目視による発見は極めて困難だが、完全無欠ではない。

嗅覚に優れた動物には通用しにくい。

物理的な接触があれば輪郭が露呈する。

そして何より──影だけは消えない。


だからこそ、暗闇、路地裏、人混みといった環境を巧みに利用する必要があった。


「予定通り」


ルークが小声で囁く。


「左右から分かれる」

「了解」


交差点で二人は別行動を取った。


ルークは港側へ。

ミーナは住宅街側へ。


互いの姿はもう見えない。

任務、本格開始だった。




街は、静かだった。

あまりにも、静かすぎた。

明け方だから──そう考えれば説明はつく。


だが、それにしても。

人の気配が、まるでない。

家々の窓は全て固く閉ざされ、灯り一つ漏れていない。

雨に濡れた石畳だけが鈍く光り、灰色の景色がどこまでも続いていた。


まるで。

街全体が息を潜め、死んだように眠っているかのようだった。


ルークは歩きながら、周囲へ鋭い視線を走らせる。

店も、民家も、酒場も、漁具店も──どこにも動きがない。

不自然すぎる。


一方、住宅街を進むミーナも、同じ違和感に胸をざわつかせていた。


(静かすぎる……)


眠っている時間だからかと思われるが、それにしても人気配が全くと言っていいほどない。

港町ならば漁に出る漁師の姿が見えてもいい頃だが、それすら見えない。

聞こえるのは、雨音だけ。




雨雲の隙間から、ようやく朝日が弱々しく差し込み始めた頃。

ルークは路地裏の影に身を潜め、壁に映る自分の影をできる限り小さくしながら通りを観察した。


……誰も来ない。


ミーナも別の路地から街を窺い、同じ結論に至っていた。


(何かある)


この街に、何かが起きている。

二人は別々の場所にいながら、まったく同じ直感を抱いていた。




さらに時間が経過した。


本来なら土産物屋、食堂、市場が次々と開き、街が活気づく時間帯だ。


しかし、どこも開かない。

人が現れない。


海沿いの港町だというのに、漁船の一艘すら動いていない。

ルークは息を潜めながら、街の中心部へと慎重に進んだ。


中央広場。


資料に記されていた通り──人魚族の少女と人間の少女が手を取り合う像が、共生の象徴として鎮座するはずの名所。


そのはずだった。

だが、広場に辿り着いた瞬間、ルークは思わず足を止めた。


「……っ」


人がいた。

大勢。

ようやく見つけたこの街の住民たち。

しかし、誰も笑っていない。


屈強な男たちばかりだった。

彼らは銛を担ぎ、縄を抱え、刃物を腰に差している。

まるで狩りへ向かうような、殺気立った装備だった。


その視線は、広場中央へと集中している。

木箱の上に、一人の男が立っていた。

年齢は四十前後か。

濡れた外套を羽織り、群衆を見下ろしている。

男は拳を高く掲げ、声を張り上げた。


「いいか!」


低い、しかしよく通る声が雨の広場に響き渡る。


「我々の収入源は──人魚だ!」

「「「おおっ!!」」」


男たちが野太い声で応える。


「奴らを生け捕りにしろ!」

「「「おう!!」」」

「鱗を剥ぎ取れ!」

「「「おう!!」」」

「髪を引き抜け!」

「「「おう!!」」」

「腹を裂け!」

「「「おう!!」」」

「そして!」


男は口角を不気味に吊り上げ、目を細めた。


「一滴残らず血を集めろ!!」

「「「おおおおおおおお!!!!」」」


歓声。

歓喜。

熱狂。


そこに罪悪感の欠片もない。

まるで、血に塗れた祭りが始まるかのような狂気。

その瞬間だった。

ルークの視線が、演説する男の顔を捉えた。


「……!」


息を呑む。


男の目。

その瞳が、ゆっくりと黒く染まっていく。

白目と黒目が反転し、深淵のような漆黒へと変わる。

全身を、強烈な悪寒が駆け抜けた。


(あの目……!)


ルークは文献でしか見たことのない記述を思い出した。

魔族に関する古い書に記されていた特徴。


──魔族に精神を侵された者。

──あるいは、魔族そのもの。


黒白反転の瞳。


ルークの喉が、ごくりと鳴った。

雨音だけが響く広場で、彼は誰にも聞こえないほど小さく、震える声で呟いた。


「……魔族、なのか……?」

読んで頂きありがとうございます!

次回の投稿は明日の7時頃を予定しております!


本作品はカクヨム、アルファポリスにて同時投稿をしております。

気が向いたらいいね、ブクマ、よろしくお願いいたします。

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