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この捻れた世界にて、〜悪役令嬢は愛する者のために戦う〜  作者: 3色あんこ
第3部 泡沫の鎮魂歌

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第2話 雨宿りの忠告



「ごちそうさまでした」


アフタヌーンティーを終えたイリシアは、優雅に席を立ち、給仕をしてくれた若いウエイターへ柔らかな微笑みを向けた。


「特にフルーツのケーキが絶品でしたわ。本当に素晴らしい味でした」


その言葉に、ウエイターの顔がぱっと明るくなった。


「ありがとうございます!あれに使われている果物は、この街の名物なんです」

「まあ、そうなのですの?」

「ええ。地元のテディ農園で採れた果物ですよ。甘くて香りが強くて、僕も子供の頃から大好きなんです」


少し誇らしげに胸を張るウエイターの様子に、イリシアは目を丸くした。


「農園の主人は熊みたいに大きい人なんですけど、とっても優しい方なんですよ。有名な愛妻家でもあります」


隣で聞いていたヴィクトルが、くすりと笑った。


「それはまた、特徴的だね」

「はい。本当にいい方なんです。季節によってはフルーツ狩り体験もやっていますので、ぜひ……と言いたいところなんですが」


ウエイターは窓の外に目をやり、残念そうに肩を落とした。

激しい雨が、容赦なくガラスを叩いている。


「この天気では、しばらく難しそうですね……」


イリシアも残念そうに微笑んだ。


「仕方ありませんわ。シェフの方にも、とても美味しかったとお伝えくださいませ」

「はい!ありがとうございました!」


丁寧に一礼するウエイターを見送り、一行はロビーを後にして部屋へと戻り始めた。




「お嬢様は、ご家族にお土産を買うんですか?」


ミーナが楽しげに尋ねる。


「そうですわね」


イリシアは少し考えてから答えた。


「リリアナとお母様にはアクセサリーを。兄様にはカフスボタン、お父様には上品なネクタイピンが良さそうですわ」

「わぁ!それ絶対喜びますよ!」


ミーナが目を輝かせる。

隣ではミレイユも嬉しそうに何度も頷いていた。

その時だった。


「あ」


ルークが足を止めた。


「どうした?」


ジュリアンが振り返る。


「馬車に忘れ物した。取ってくる」


ヴィクトルが頷いた。


「ああ、雷も鳴っているから気をつけるんだよ」


ジュリアンがにやりと笑う。


「お前、一番背が高いもんな。避雷針になったりして」

「縁起でもねぇこと言うなよ!」


苦笑しながらルークは車庫の方へと向かった。




馬車置き場。


屋根を激しく叩く雨音が、絶え間なく響いている。

交代で警備をしていた護衛騎士がルークに軽く敬礼した。


「お疲れ様です」

「おう、お疲れさん」


馬車の中から忘れ物を探し出し、騎士と少し雑談していると──

ばたばたと雨を蹴散らす足音が近づいてきた。

入口から、一人の大柄な男が小走りで駆け込んできた。


熊のような逞しい体格。

日に焼けた褐色の肌。

人の良さそうな丸い顔。


男はルークと騎士を見るなり、慌てて頭を下げた。


「す、すみません!アンタ達……カント・マリスへ向かう貴族の方々ですよね?」

「……そうだけど?」

「少しだけ、お時間をいただけませんか」


男は拳を強く握りしめ、必死の表情で言った。


「どうしても話しておきたいことがあるんです。カント・マリスに行くのを……やめていただけませんでしょうか?」


ルークは男をじっと観察した。

呼吸の乱れ、視線の揺れ、手の震え。

武器は持っていない。

目線は真っ直ぐで、敵意は感じられない。


(……嘘をつき慣れた奴じゃねぇな)


ルークは短く息を吐いた。


「分かった。俺だけで判断できる話じゃねぇ。一緒に来てくれ」




ホテルの応接室。


大柄な男──ドガーは、恐縮しながら椅子に腰を下ろした。


「俺はドガーって言います。果樹園を営んでおります」


深々と頭を下げる。


「カント・マリスへ果物を卸しているんですが……最近、どうにも様子がおかしいんです」


部屋の空気が一瞬で引き締まった。


「俺の果物は、人魚族の皆さんへの報酬として渡されることが多くて。皆さん、いつも美味しいって喜んでくれるんですよ」


少し照れくさそうに笑うドガー。


「昔はお礼に珊瑚のブローチまで貰ったこともありましてね。もう長い付き合いなんです」


しかしその笑顔はすぐに曇った。


「ですが、ここ2ヶ月ほど……人魚族の姿を、ほとんど見なくなりました」


全員が息を呑む。


「街の人達も、どこか余裕がなくて、皆、笑わなくなったんです。何かあったんじゃないか……そう思えて仕方ないんです」


ヴィクトルが静かに尋ねた。


「それで、私たちを?」


ドガーは頷いた。


「はい、商店街で皆さんの立派な馬車を見かけまして。貴族様なら観光に向かうんじゃないかと思い、危険な目には遭ってほしくなくて……どうか、時期を改めていただけませんか」


深々と頭を下げるドガー。

ミーナが腕を組んで小声で呟く。


「……嘘ついてる可能性は?」

「と、とんでもありません!そんな大それたこと、俺にできるわけが!」


その時、イリシアが静かに口を開いた。


「この方は嘘をついておりませんわ」


視線が一斉に集まる。


「身分の高いわたくしたちを前に怖気づいてはおりますが、お話の最中、一度も視線を逸らしませんでした。我々の反応を真っ直ぐ確認しながら話しておられましたもの」


ドガーが驚いたように目を見開く。


「それに」


イリシアは柔らかく微笑んだ。


「ドガー様。あなたの果樹園は、テディ農園ではありませんこと?」

「な、なぜそれを?」


イリシアは先ほどのケーキを思い出すように目を細めた。


「ホテルで頂いたスイーツに使われていた果物が、テディ農園のものだと伺いましたの」


ヴィクトルも思い出したように笑う。


「ウエイターが言っていたね。熊のように大きくて、とても優しい主人だと」


ドガーは照れ臭そうに頭を掻いた。


「……そのウエイター、うちの息子です」

「「「…………え?」」」


一同の声がぴったりと揃った。

ミーナが勢いよく立ち上がる。


「この大きなお父さんから!?さっきの細身のお兄さんが生まれたんですか!?」


ルークが腹を抱えて大笑いした。


「そりゃ面白ぇ!」


ジュリアンも信じられない顔で笑う。


「本当に!?嘘だろ!?」


ミレイユまで目を丸くして驚いていた。


「……!?」


ヴィクトルが苦笑しながらフォローする。


「……お母様似だったのかもしれないね」


ドガーは乾いた笑いを漏らすしかなかった。


「……ええ。妻にそっくりなんですよ」


部屋に一瞬の和やかな笑いが広がった。

しかし、その笑いの裏側で、カント・マリスに漂う不穏な気配は、誰の胸にも重く残っていた。




ドガーをロビーまで見送った後、ルークが部屋に戻ってきた。


「戻ったぞー」

「おう」


ジュリアンが顔を上げる。


「どうする?」


ヴィクトルは腕を組んで考え込んだ。


「勘違いの可能性もある。だが、嘘をついているようには見えなかった。確認する術がないのが難しいね」


イリシアが静かに提案する。


「わたくしが使い魔を飛ばしましょうか?」


しかしミレイユが首を横に振り、筆談帳に短く書いた。


『危険なら、行かなくていいです』


ヴィクトルは優しく微笑んだ。


「まだ確定したわけじゃないからね」


するとルークが口を開いた。


「いや、この天気でお嬢の使い魔を飛ばしたら雷に撃たれるぞ。それより、適任がいるだろ」


ミーナが勢いよく胸を張る。


「はいはいはーい!あたしとルークで先に潜入できます!」


ルークも頷いた。


「変装も潜入も俺らの本職だ。馬一頭借りりゃ今日中にも街へ入れる」


イリシアは心配そうに眉を寄せた。


「もし本当に危険でしたら?」


ミーナは明るく笑う。


「いつもの任務ですよ。慣れてます!」


イリシアは額に手を当て、ため息をついた。


「お兄様は一体、どんなお仕事を任せておりますの……」


ヴィクトルが苦笑しながら提案した。


「イリシア、使い魔を直接飛ばせないなら、二人の影に潜ませて護衛させればいい」


ルークが目を輝かせた。


「おっ!王子様、名案だね〜!」


ミーナも嬉しそうに拳を握る。


「やったー!一度でいいから影に使い魔潜ませてみたかったんですよ!」


ジュリアンが呆れたようにため息をつく。


「おもちゃじゃねぇんだから……」


部屋中に、再び軽やかな笑いが広がった。

だがその笑顔の裏で、ルークとミーナは静かに表情を引き締めていた。


二人の潜入任務が、今、静かに始まろうとしていた。

読んで頂きありがとうございます!

次回の投稿は明日の7時頃を予定しております!


本作品はカクヨム、アルファポリスにて同時投稿をしております。

気が向いたらいいね、ブクマ、よろしくお願いいたします。

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