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この捻れた世界にて、〜悪役令嬢は愛する者のために戦う〜  作者: 3色あんこ
第2部 命の泉の水龍

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第21話 月光の贈り物

作品の話数の都合上本日の投稿はこの1話のみになります。ご了承ください。



同時刻──


ルヴァン王国・王城。

第二王子フィリップの私室。


部屋は、底冷えのするほど暗かった。

厚い黒いカーテンが隙間なく閉ざされ、魔導灯も灯されていない。


窓の外では満月が美しく昇っているはずなのに、その光さえ拒絶するように、部屋は深い闇に包まれていた。


フィリップは一人、背もたれの高い椅子に深く沈むように座っていた。


最近、ずっとこうだった。

王命による謹慎処分。

王族としての公務停止。

連日の事情聴取。

毎夜見る悪夢。

そして、何より自分自身でさえ説明できない、胸の奥底を掻きむしるような焦燥感。


苛立ち。

怒り。

不安。

罪悪感。


理由のわからない黒い感情が、絶えず渦を巻き続けていた。

まるで心の中に、得体の知れない何かが巣食っているかのようだった。


そんな時だった。


かたん。


小さな、しかしはっきりとした音が響いた。

フィリップがゆっくりと顔を上げる。

窓だった。


わずかに開いた隙間から、黒い影がするりと滑り込んでくる。

羽ばたきの音。


そして──


ぽとり。


一通の手紙が、机の上に落ちた。


「……?」


フィリップは思わず身を起こした。

そこには、一羽の小さな黒い鳥がいた。


真っ赤な瞳。

艶やかな黒い羽。


見覚えのある使い魔だ。


「イリシア嬢の……」


小鳥はぴょんぴょんと机の上で跳ね、手紙をつついた。

また跳ね、またつつく。


早く見ろ。

早く読め。


そう言わんばかりの仕草だった。

フィリップは、久しぶりに頰が緩むのを感じ、苦笑した。


「分かったよ」


手紙を手に取る。

封蝋には見慣れた紋章。

宛名は自分宛て。

差出人を見て、フィリップの目が見開かれた。


「兄上……?」


ヴィクトルだった。

震える指でゆっくりと封を切る。


すると、便箋と共に、ころり、と小さな青い石が転がり落ちた。

月の雫を閉じ込めたような、透明で美しい輝きを放つ石だった。


フィリップはそれをそっと拾い上げ、掌に載せる。

冷たく、しかし不思議と温もりを感じる石。


そして、便箋を開いた。

そこに書かれていたのは、どこまでも兄らしい、温かな言葉だった。



アル=ジャウハル王国への無事到着。

果てしなく広がる巨大なオアシス。

空よりも青い湖。

夜空を映したような宝石の街並み。

旅の途中で見た壮大な景色。

出会った人々。

食べた異国の料理。

そして、水龍騒動の顛末。

最後に、こう書かれていた。

『いつか君にも、この景色を見せたい』



読み進めるうちに、フィリップの胸の奥が、じんわりと温かくなっていく。

最後の方には、同封された青い石についての説明があった。


『ラシード王によれば、水龍の加護が宿る石らしい。

持ち主を守る力があるそうだ。

君なら剣の柄に付けても似合うと思った。

自分で研磨して、組紐も自分で選んで結ぶ体験があったのやってみた。

正直あまり上手く結べなかったが、そこは許してほしい。』


そこで、フィリップは思わず吹き出した。

視線を石へ落とす。

確かに、石は少し歪で、結び目がところどころ不格好だった。


兄は昔からそうだった。

剣の腕は王国随一。

政治的手腕にも優れ、人を動かす力を持っている。


だが、細かい手作業だけは驚くほど不器用だった。

そちらの分野は婚約者であるイリシア嬢の方が得意であることも。

だからこそ分かる。

これは誰かに作らせたものではない。


ヴィクトル自身が、不器用な指で、一生懸命に選び、研磨し結んだものだ。

自分のために。

その事実に、胸が強く締め付けられた。

気付けば、視界が滲んでいた。


「……兄上」


小さく、掠れた声で呟く。

手の中の青い石を、そっと握りしめる。


フィリップはゆっくりと立ち上がった。

何日ぶりだろうか、窓辺に近づくのは。

指先で厚いカーテンを掴み、思い切って開ける。


しゃあっ。


銀色の月光が、部屋の中に一気に流れ込んだ。

柔らかく、優しい光。

久しぶりの光だった。


青い石がその光を受け、まるで小さなオアシスを閉じ込めたように、静かに輝きを増す。


フィリップは石を胸元に抱き寄せ、ぎゅっと握った。

壊さないように。

大切なものを守るように。


その瞬間、胸の奥と頭の奥にまとわりついていた黒い霧が、ほんのわずかだけ薄れた気がした。


手紙の最後に、たった一文だけ、兄の字で書かれていた。


『早く君と、一緒に笑える日が来ることを願う。』


その文字を見た瞬間、フィリップは目を閉じた。

一筋の涙が、頰を伝って落ちた。


窓辺には、黒い小鳥が首を傾げてこちらを見ていた。

右へ、左へ、また右へ。

心配そうに。


フィリップは屈んで、そっと小鳥の頭を撫でた。

小鳥は目を細め、気持ちよさそうに羽を震わせる。


「……手紙の返事は」


掠れた、弱々しい声。

だが、それは確かにフィリップ自身の声だった。


「明日でもいいかい?」


小鳥はぷるるっ、と羽を震わせた。

そしてその場にちょこんと座り込む。

まるで「待っている」と言っているかのように。

フィリップは、本当に少しだけ、自然な笑みを浮かべた。

それは、何ヶ月ぶりか分からないほど穏やかな笑みだった。


寝台へ向かい、青い石を握ったまま横になる。

月明かりが部屋を優しく照らす。

小鳥は枕元へ飛び乗り、護るように寄り添う。


フィリップは目を閉じた。

胸の奥に残る温もり。

兄の言葉。

不器用な贈り物。

そして、自分を心配してくれる人々の存在。


それらを大切に抱きしめながら、彼は深い眠りへと落ちていった。


それは、数ヶ月ぶりの、

本当の意味で安らかな眠りだった。

ついに第2部完結!ここまでお付き合いいただきありがとうございます!

次回から第3部です!

家族はフィリップのことを見放してないんだよって内容を書きたかったんです!!ヴィクトルはものづくりに関して不器用な一面があるといいかなって思って!!!

ちなみに箱の中から好きな石選んでから研磨します、みたいな感じで、多くある石の中から本当に加護がついてる石選んだ強運ヴィクトルさんです。


本作品はカクヨム、アルファポリスにて同時投稿をしております。

気が向いたらいいね、ブクマ、よろしくお願いいたします。

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