第16話 宝石の国の花たち
夜のオアシスは、昼間の灼熱とした輝きとはまるで別世界だった。
無数の灯籠が水面に優しく浮かび、ターコイズブルーの水を幻想的な光で染め上げる。
白と青を基調とした宮殿は、宝石のようにきらめき、風に揺れる音楽が異国の旋律を夜空に届けていた。
笑い声、歌声、焼かれる肉の香ばしい匂い、香辛料の甘い香り──アル=ジャウハル王国全体が、祝福と歓喜の祝祭に包まれていた。
水龍の異変は解決し、オアシスは再び命の水を取り戻した。
砂漠の民にとって、それは単なる出来事ではなく、生きる希望そのものが戻ってきたことを意味していた。
宴の中心では、ラシード国王がすでに出来上がっていた。
「飲めぇぇぇぇ!!」
「陛下、もう6杯目ですよ!」
「まだ6杯だろうが!!」
「十分多いです!!」
豪快に大笑いするラシードと、頭を抱えるファリスの姿が目立つ。
その周囲では、ヴィクトル、ルーク、ジュリアンが完全に巻き込まれていた。
「ジュリアン!」
「歌え!」
「え!?嫌だ!」
「歌えって!」
「なんでだよ!」
「英雄だろ!」
「意味わかんねぇ!!」
民衆の大爆笑が響く中、ヴィクトルも珍しく肩を震わせて笑っていた。
普段は王太子として完璧に振る舞う彼も、今夜だけは一人の旅人として、素の表情を見せていた。
そんな賑やかな会場の片隅で、女性陣は比較的穏やかに食事を楽しんでいた。
ミレイユはイリシアとミーナに挟まれる形で座り、静かに料理を眺めている。
体調はまだ万全とは言えないが、ある程度食事も取れるようになっている。
そんなミレイユの前に、
どんっ!
どんっ!!
どんっ!!!
大量の皿が次々と置かれた。
「ほら!これ美味しいよ!」
串焼きが置かれる。
「あとこれ!」
フルーツが置かれる。
「あとこれも!」
スープも置かれる。
「それとこれも!」
元気いっぱいのミーナだった。
ミレイユが目をぱちぱちと瞬かせる。
明らかに量がおかしい。
イリシアも苦笑しながらフォローに入った。
「ミーナ、そんなに食べられませんわよ」
「えー?だって全部美味しいんですもん!」
「それはわかりますけれど……」
イリシアはため息をつきながら皿を引き寄せ、少しずつ取り分けた。
「三人で分けましょう。これなら丁度よろしいでしょう?」
ミーナがぱっと笑顔になる。
「それだ!」
ミレイユも小さくこくこく頷き、小さな口で、本当に少しずつ。
焼いた魚、香辛料の効いた肉、甘い果実──
時折、美味しかったのか目を丸くする。
その表情を見るだけで、イリシアの胸は温かくなった。
(食べられるようになりましたのね……)
地下牢にいた頃は、まともな食事すら与えられていなかった。
それを思うと、今こうして笑顔で料理を口に運んでいるだけで、言葉にできないほどの喜びが込み上げてくる。
ミレイユが小さく皿を差し出してきた。
そこには、色鮮やかな果実のタルト。
どうやらイリシアにも食べてほしいらしい。
「あら、ありがとうございます」
イリシアが髪をかきあげながら一口食べると、優しい甘さが口いっぱいに広がった。
その瞬間、ミレイユが嬉しそうに目を細めて微笑んだ。
イリシアも自然と微笑み返す。
その様子を見ていたミーナが、ふと柔らかい声で言った。
「二人とも、本当に本物の姉妹みたいですね」
イリシアが少し驚いて、ふっと笑った。
「あら、もしかしたら前世で姉妹だったかもしれませんわね」
「ならあたしも!」
「では三姉妹ですわね」
その時だった。
「ふふ……仲が良いのね」
優しく上品な女性の声。
振り返ると、そこにはラシードの三人の妃が立っていた。
正妃アミーラ、知略を司る第二妃ライヤーナ、情熱的な第三妃ファリーハ。
三人とも美しく、親しみやすい笑顔を浮かべている。
「失礼しますわね」
アミーラが優雅に隣へ腰を下ろした。
「女性同士で少しお話をと思いまして」
ライヤーナも微笑む。
「男性陣は騒がしいですし」
向こうを見ると、ジュリアンが民衆に囲まれ、強制的に歌わされていた。
「助けてくれー!」
誰も助けない。
全員大笑いしている。
ミーナが吹き出した。
「なにやってんのあれ……」
ファリーハが楽しそうに身を乗り出す。
「そんなことより!恋のお話をしましょう!」
イリシアが嫌な予感を覚えた──案の定だった。
「イリシアさん!婚約者様のことどう思ってるの!?」
「んぐっ」
イリシアが紅茶を吹きそうになった。
「な、何故その話になりますの!?」
「気になるもの!」
「気になりますわね」
「気になります!」
三人揃って頷く完全包囲網。
イリシアは思わずヴィクトルの方を見てしまった。
向こうではラシードに肩を組まれ、困った顔を浮かべている。
その姿を見て、思わず口元が緩む。
アミーラは見逃さなかった。
「あら、今見たわね」
「見ましたわね」
「見たね!」
「っ」
イリシアの耳が赤くなる。完全に捕まった。
「……大切な方ですわ」
観念して、彼女は静かに答えた。
「信頼しておりますし、尊敬もしております。
それに……」
少し考えて、小さく微笑んだ。
「一緒にいると、安心しますの」
三人が顔を見合わせた。
「好きじゃない」
「好きね」
「完全に好きだわ」
「好きですね」
(こくこく)
「違いますわ!」
何故かミーナとミレイユも仲間に加わってる。
即座に否定したが、説得力は全くなかった。
ミーナは笑い、ミレイユも肩を震わせて笑っていた。
声は出ないけれど、確かに笑っていた。
ファリーハは次にミーナへ視線を移す。
「ミーナちゃんは?気になる人いないの?」
「ぜーんぜん!いません!」
即答だった。
「今そんなのに構ってる暇ないんですよねー。
仕事も楽しいし、旅も楽しいし、恋愛は後回しです!」
なんとも彼女らしい明快な答えに、ライヤーナが苦笑した。
「これはしばらく無理そうね」
最後に視線がミレイユに向けられる。
ミレイユは少し驚いたように目を瞬かせた。
「好きな人は?」
優しい問いかけ。
ミレイユはしばらく考え、ゆっくりと首を横に振った。
いない──そう答えている。
アミーラは穏やかに微笑んだ。
「そう、でもこれからよ。
貴女はまだ若いもの。これからたくさんの人と出会うわ」
優しく頭を撫でられ、ミレイユは少し恥ずかしそうに目を伏せた。
遠くでは、ついにジュリアンが歌わされ始め、民衆が大歓声を上げていた。
ルークは腹を抱えて笑い、ヴィクトルは頭を抱えている。
そんな賑やかな光景を見ながら、イリシアは静かに思った。
旅はまだ続く。
問題も山積みだ。
けれど、こういう時間も悪くない。
月明かりがオアシスを優しく照らす。
笑顔と音楽と歓声に包まれながら、宴は深夜まで続いていくのだった。
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