第12話 天才の5分
アル=ジャウハル王国王城、ターコイズブルーの装飾が施された会議室。
豪奢でありながら、どこか神聖さを感じさせる部屋に、今は重く淀んだ空気が満ちていた。
大きな円卓の上には、オアシス周辺の詳細な地図が広げられ、水龍の首に刺さっていた黒い杭の簡易スケッチが置かれている。
青白い魔導灯の光が、皆の深刻な表情を浮かび上がらせていた。
ラシード王
参謀ファリス
ヴィクトル
ジュリアン
ルーク
ミーナ
そしてイリシア。
使節団の主要メンバーと王国側首脳が、揃って席についていた。
最初に口を開いたのは、ラシードだった。
「つまりだ……」
彼は腕を組み、低く唸るように言った。
「我が国の守護龍が暴れている原因は、あの黒い呪具にある可能性が高い……ということだな?」
「ええ、現時点ではほぼ間違いないかと」
イリシアは静かに頷いた。
ファリスが腕を組んだまま、鋭い視線を向ける。
「問題は取り除けるかどうかです。
無理に引き抜けば龍が死ぬ可能性もあります。
放置すれば瘴気がさらに広がり、オアシス全体が枯れてしまう。どちらも最悪の結果ですね」
重い静寂が部屋を包んだ。
誰もが軽々しく答えを出せない。
その時、ヴィクトルが隣のイリシアに視線を移した。
「君の新しい浄化魔法だったね。
あれでどうにかできないのかい?」
全員の視線が一斉にイリシアに集中した。
しかし、イリシアは静かに首を横に振った。
「現状では不可能ですわ」
ラシードが眉をひそめた。
「なぜだ?」
「呪具の構造が分かりませんもの」
イリシアは細い指先で机を軽く叩きながら、淡々と説明を始めた。
「浄化魔法というのは、ただ光を当てればよいというものではありません。
毒の成分が分からないまま解毒薬を作れないのと同じですわ。
まずは解析……呪具が何でできていて、どんな術式で構築されているのか、それを完全に理解する必要があります」
ファリスが深く頷いた。
「なるほど……では、その解析にはどれほどの時間がかかるのですか?」
その問いに、イリシアはあっさりと答えた。
「普通の術者なら早くて10日ほどですわね」
場が凍りついた。
10日。
その間にも水龍は弱り続け、オアシスはさらに枯れていく。
誰もがその数字の重さを痛感した。
イリシアはそこで言葉を続けた。
「わたくしなら、分ですわ」
沈黙。
数秒の間を置いて、ジュリアンが素で反応した。
「は?」
「5分?」
「ええ。5分ですわ」
「いや待て、今10日って言ったよな?」
「言いましたわ」
「5分?」
「5分ですわ」
ラシードが思わず吹き出した。
「ははははは!面白い冗談だ!」
「冗談ではありませんわ。本気ですの」
イリシアの表情は、一切の揺るぎもない真顔だった。
ラシードの笑いが徐々に止まる。
ファリスが額を押さえ、苦々しく呟いた。
「……本気なのですか」
「本気ですわ」
イリシアはさらりと言った。
「術式解析は情報量との勝負ですもの。
わたくしの演算速度と記憶保持能力なら、5分で十分ですわ」
ミーナが小声で呟く。
「出ました、いつもの……」
ルークも苦笑しながら頷いた。
「完全に慣れた顔してるな、お前ら」
ヴィクトルはただ、優しく苦笑していた。
完全に慣れている。
ラシードだけが頭を抱え、呆れたように言った。
「待て、それは天才とかいう次元じゃないぞ……」
「ありがとうございます」
「褒めてない!」
即答だったが、その声音には驚嘆と信頼が混じっていた。
しかし、イリシアの表情がそこでわずかに真剣味を帯びた。
「ただし」
全員が顔を上げた。
部屋の空気が、再び引き締まる。
イリシアは静かに説明を続けた。
「使い魔を呪具に直接接触させます。
その瞬間、呪具に刻まれた術式情報が全て、使い魔を通じてわたくしへ流れ込みます。
膨大な量ですわ──おそらく基礎を含めて数万行規模の術式情報になるでしょう」
ジュリアンが顔を引きつらせた。
「数万……それを5分で処理するのか?」
「ええ、できますわ」
当然のように答えるイリシア。
しかし、彼女はそこで核心を告げた。
「その代わり、解析中のわたくしは完全に動けません。
5分間、無防備になりますわ。視界も聴覚もほぼ外界を認識できなくなり、意識の大半を演算に回します」
ラシードが理解した。
つまり、暴れる水龍のすぐ傍で、五分間守られながら解析を行うということだ。
ファリスが低く呟いた。
「非常に危険ですね……」
「ええ、認めますわ」
イリシアはあっさりと頷いた。
その青い瞳が、一人ひとりを順番に見つめる。
「だから、皆様にお願いがあります。
わたくしが解析している間、どうか時間を稼いでくださいませ」
静寂。
だが、最初に破ったのはジュリアンだった。
「なんだ、そんなことか」
彼はにやりと笑った。
「5分守ればいいんだろ?楽勝だ」
ヴィクトルも静かに、しかし力強く頷いた。
「任せてくれ。
君を守るくらいなら、どれだけでもやる」
ルークが剣の柄に手を置き、余裕の笑みを浮かべた。
「お嬢の命令なら当然だな」
ミーナも胸を張った。
「5分どころか、十分でも守りますよ!」
ラシードが豪快に笑い、拳をテーブルに軽く叩いた。
「よし!ならば決まりだ!俺たちが水龍様を引き付ける!」
ファリスも静かに頷き、鋭い眼光を光らせた。
「護衛戦なら、俺の得意分野です」
その瞬間、イリシアは小さく、しかし心から嬉しそうな微笑みを浮かべた。
信頼。
仲間たちの確かな絆が、そこにあった。
だからこそ、彼女も覚悟を決めた。
「解析が終われば、呪具の術式を逆算し、《ゼロ・レイ》に浄化術式を組み込みますわ。
そして——杭ごと、浄化いたします」
青い瞳が、静かに、しかし強く輝いた。
ゲームでは、邪龍になるまで待つしかなかった。
弱体化させ、聖女の浄化を待つしかなかった。
だが今は違う。
本物の聖女は療養中。
そして、イリシアがいる。
未来を知り、運命を変えるために戦う少女が。
「では皆様」
イリシアは静かに立ち上がった。
その表情は、自信と決意に満ち溢れていた。
「明日、水龍様を助けに参りましょう」
こうして、水龍救出作戦は正式に決定した。
そして翌日──
アル=ジャウハル王国を揺るがす、激しい戦いが始まることになる。
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