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この捻れた世界にて、〜悪役令嬢は愛する者のために戦う〜  作者: 3色あんこ
第2部 命の泉の水龍

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第11話 水龍の傷



イリシアが「魔族の仕業」と呟いた瞬間だった。


水龍の巨大な身体から、黒い瘴気が噴き出すように溢れ出した。

琥珀色の美しい瞳が、濁った深紅に染まる。


「グォオオオオオオオオオオオオオオッ!!」


凄まじい咆哮が、地下空洞全体を震わせた。

空気が爆発的に振動し、耳を劈くほどの轟音。

湖面が一瞬で荒れ狂い、巨大な波が四方へ押し寄せる。


「伏せろ!!」


ヴィクトルが即座に叫んだ。

ラシードが咄嗟に身を低くし、ジュリアンが近くの岩陰へ飛び込む。


次の瞬間──

巨大な尾が薙ぎ払われた。

岩壁が粉々に砕け散り、大量の岩片が爆発的に飛び散る。

普通の人間なら、即死は免れない破壊力だった。


「危ない!!」


イリシアが素早く右手を振り上げた。

蒼白い魔法陣が瞬時に展開され、強力な防御結界が一行を覆う。

砕けた岩石が結界に激突し、激しい衝撃音が連続して響いた。

結界全体が大きく震えるが、辛うじて耐えきる。


「相当、興奮しておりますわね……!」

「興奮どころじゃない!」


ラシードが歯を食いしばって叫ぶ。


「完全に俺たちを敵だと認識しているぞ!」


再び水龍が咆哮を上げた。

その紅く濁った瞳には、理性の欠片も残っていない。

ただ、怒り、苦痛、そして狂気が渦巻いているだけだった。

その時、ジュリアンが何かに気づいた。


「待て」


低い、緊張した声。


「イリシア嬢」

「どうしましたの?」

「あいつの……首だ」

「首?」

「ああ。首の付け根辺りに、何か刺さってる」


全員が息を呑んだ。

イリシアも即座に魔力を瞳に集中させ、視力を強化する。


そして、はっきりと見えた。

巨大な青の鱗の隙間──

そこに、黒い杭のようなものが深々と突き刺さっていた。

杭自体が黒い瘴気を絶え間なく吐き出し、水龍の魔力を腐食させている。

イリシアの顔色が一変した。


「……呪具ですわ」

「確かかい?」


ヴィクトルが眉をひそめて確認する。


「ええ、間違いありません。

魔力を蝕み、痛みと狂気を増幅させる強力な呪具……」


その瞬間、全ての点が繋がった。

オアシスの水位低下。

水龍の異常行動。

凶暴化。

そしてこの黒い瘴気。

誰かが意図的に、水龍を苦しめている──

そう考えるのが、最も自然だった。

ラシードの表情が、怒りと悲痛で険しく歪んだ。


「何者だ……この国を守ってきた守護者を、こんな目に遭わせるなど」

「まだ分かりませんわ」


イリシアは首を振りながらも、冷静に答えた。


「ですが、確実に人為的なものです。

水龍様は被害者……いえ、利用されているのかもしれません」

「くそっ……!」


ラシードが拳を強く握りしめた。

この国にとって水龍は、ただの伝説ではない。

数百年にわたり、砂漠に命の水を与え続け、民を支えてきた聖なる守護者だ。

その存在が、誰かに苦しめられている事実に、国王としての誇りと怒りが爆発しそうになっていた。

その時だった。


「グォオオオオオオオッ!!」


今度はいっそう近い、圧倒的な咆哮。

巨大な身体が湖面を爆発させ、こちらに向かって突進してくる。


「来ます!!」


イリシアが叫んだ。

湖面が爆ぜ、巨大な顎が牙を剥き出しにして迫る。

ヴィクトルが即座に剣を抜いたが、イリシアがその腕を強く掴んだ。


「駄目ですわ!」

「しかし!」

「今ここで戦っても倒せません!相手は被害者ですのよ!」


その一言で、ヴィクトルも状況を理解した。

確かに、今戦う意味はない。

あの巨体をこの密閉された空洞で本気で相手にすれば、たとえ勝てたとしても、落盤で全員生き埋めになる可能性が極めて高い。

ジュリアンも即座に頷いた。


「撤退だ!まずは呪具の正体と除去方法を探す!

情報が足りなすぎる!」


ラシードも歯を食いしばりながら同意した。


「くそ……だが正しい判断だ。

ここで水龍様をさらに傷つけるわけにはいかない!」


再び尾が薙ぎ払われ、岩壁が大規模に崩壊する。

落石が雪崩のように降り注ぎ、地響きが空洞全体を悲鳴のように震わせた。


「急ぎますわよ!」


イリシアが転移魔法を発動した。

蒼い光の魔法陣が四人を包み込む。


直後──

巨大な顎が、彼らがいた場所を文字通り噛み砕いた。

凄まじい轟音と岩屑の爆発。

光が弾け、四人は水中通路近くまで強制転移していた。


「走ってください!」


全員が全力で駆け出した。

暗い水中通路を、背後から響く咆哮と地響きを振り切るように。


冷たい水を掻き分け、オアシスの水面へと飛び出したとき──

四人とも肩で息をしていた。


護衛船に乗っていたファリスがイリシア達を引き上げる。


「王、何があったのですか」

「悪い、少し状況を整理させてくれ」


ラシード王が言うとしばらく、誰も言葉を発しなかった。

聞こえるのは、ただ風の音と、穏やかに揺れる水面のさざ波だけ。

やがて、ラシードが静かに、しかし重く口を開いた。


「……守護者は、生きていた。だが、苦しみ続けている」


ジュリアンも険しい顔で頷いた。


「しかも、何者かの手によってな」


イリシアは静かにオアシスの水面を見つめた。

表面は穏やかだが、その奥底では巨大な守護者が、黒い呪具に蝕まれながら苦しみ続けている。

ヴィクトルが彼女の隣に立ち、低い声で尋ねた。


「どうする?」


イリシアはわずかに考え、静かに答えた。


「まずはあの呪具の正体を調べますわ。

素材、術式、作成時期……全て。

無理に引き抜けば、水龍様の命に関わる可能性がありますもの」


ジュリアンが腕を組んで続ける。


「誰が刺したかも、かなり気になる。

龍に近づいて、あんな杭を打ち込めるような奴は限られるはずだ」


ラシードの表情がさらに暗く、険しくなった。


「国内の犯か……それとも、国外の勢力か」


誰も即答できなかった。

だが、ひとつだけ確かなことがある。

これは自然現象でも、偶然の事故でもない。

明確な事件であり、その背後には、相当に大きな陰謀が隠れている。

イリシアは空高く照りつける太陽を見つめながら、小さく呟いた。


「呪具……黒い瘴気……まるで……」


脳裏に、クラリッサの顔、バルタザールの影、そして魔族の存在がよぎる。

まだ確たる証拠はない。


しかし、前世の記憶が、強く警鐘を鳴らしていた。

──この事件は、ただの地方の異変ではない。


もしかすると、ルヴァン王国で起きている出来事とも、深く繋がっているのかもしれない。


イリシアたちは一度王城へ戻り、情報を集めることを決めた。

守護者を救うために。

事件の黒幕を暴くために。

読んで頂きありがとうございます!

次回の投稿は20時頃を予定しております!


本作品はカクヨム、アルファポリスにて同時投稿をしております。

気が向いたらいいね、ブクマ、よろしくお願いいたします。

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