表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この捻れた世界にて、〜悪役令嬢は愛する者のために戦う〜  作者: 3色あんこ
第2部 命の泉の水龍

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
28/51

第5話 姉として



ルヴァン王城──第一王女宮、執務室。


深夜を過ぎても、部屋には柔らかな魔導灯の灯りが残っていた。


机の上には積み上げられた書類の山。

開かれたままの調査報告書。

フィリップの近況を克明にまとめた記録。

そして、数枚の古い肖像画。


シャルロッテ・フォン・ルーヴェンは、静かにそれらに目を通していた。


窓の外には、冷たい銀色の月が浮かんでいる。

王城の庭園は静まり返り、遠くで夜風が木々の葉を揺らす音だけが、かすかに聞こえてきた。


「……本当に馬鹿ね、貴方は」


呟きは、怒りというより深い悲しみと疲労を帯びていた。


彼女はゆっくりと一枚の肖像画を見つめた。

まだ幼かった頃の三兄妹が、庭園で笑っている絵。

ヴィクトルはすでに王子らしい落ち着きを見せ、シャルロッテは少し生意気そうに笑い、そして──

フィリップ。


あの頃の彼は、誰よりも優しい子だった。

鳥が傷ついているのを見れば泣き、虫を踏み潰すことすらできず、庭師の老人が腰を痛めたと聞けば、自分より小さな体で薬草を探しに行った。

温かく、純粋で、誰の心も自然と和ませる少年だった。


それなのに今はどうだ。

婚約者を一方的に断罪し、聖女に異常なまでに心酔し、王族としてあるまじき暴走を繰り返す。

まるで別人のようだ。


「貴方らしくないのよ……フィリップ」


ぽつりと零れた言葉が、静かな部屋に溶けていく。

その時、控えめなノックの音が響いた。


「殿下」

「入りなさい、ミモザ」


扉が静かに開き、筆頭侍女のミモザが入ってきた。

いつものように冷静で、洗練された立ち居振る舞い。

しかし、彼女が手にしている報告書の重みは、容易に察せられた。


「エレナ様の保護が、無事完了いたしました」

「そう……」


シャルロッテは小さく頷き、わずかに肩の力を抜いた。


「体調は?」

「予想以上に良好です。精神的な疲労は残っていますが、命に別状はありません。アイリス・コートでの休息で、すぐに回復に向かうでしょう」

「それなら安心ね」


ミモザは一瞬言葉を切り、表情を引き締めた。


「それと……フィリップ殿下の件ですが」


空気が、ぴんと張りつめた。

シャルロッテの金の瞳が、鋭く細められる。


「進展は?」

「宮廷魔術師団による極秘診察の結果です」


差し出された書類を受け取り、シャルロッテは素早く目を通した。

数秒後、彼女の眉がわずかに動いた。


「……やはり」

「はい。精神干渉系魔術の痕跡が、明確に検出されています。

催眠・魅了・記憶改竄の複合的な影響が濃厚です。術式は非常に巧妙で、長期にわたって施されていた形跡があります」


重い静寂が部屋を包んだ。

イリシアの指摘は、やはり正しかった。

いや──彼女は「勘」などではなく、ほぼ確信に近いものを感じていたのだろう。


「術者は?」

「不明です。痕跡は巧妙に消されています」

「厄介ね……」


精神操作。

王族に対して行われたとなれば、それは国家転覆レベルの重罪だ。

その中心にいるのは、おそらくクラリッサ。

そして背後で糸を引いているのは──


「……バルタザール」


保守派の枢機卿。

今、最も警戒すべき男。


「殿下」


ミモザが静かに尋ねた。


「どうなさいますか?」


シャルロッテはゆっくりと立ち上がった。

迷いはなかった。

決意は、すでに固く胸の内に据えられている。


「決まっているでしょう」


窓辺に歩み寄り、弟の宮殿が見える方向に視線を向ける。

今は謹慎処分を受け、誰とも面会を許されず、孤立しているはずの場所。


「私は姉よ」


静かで、しかし力強い声だった。


「王女である前に、王族である前に。

私は、フィリップの姉なの」


その瞳に宿るのは、揺るぎない決意の光。


「だから助ける。

どれだけ時間がかかっても、どれだけ面倒でも、どれだけ危険を伴っても──

必ず、正気に戻してみせるわ」


ミモザは優しく微笑んだ。

昔から変わらない。

面倒見が良く、責任感が強く、家族を決して見捨てられない。

それがシャルロッテ・フォン・ルーヴェンという女性だった。


「では、準備を進めます。

まずは面会許可の取得から。次に、フィリップ殿下が変わり始めた時期の記録を全て洗い出します」

「ええ、お願い。過去の侍従日誌、魔法診察記録、交友関係……全てよ」

「承知いたしました」


ミモザが一礼する。

その時、シャルロッテはふと思い出したように、わずかに表情を緩めた。


「そういえば……」

「何でしょう?」

「ヴィクトルったら、イリシアの名前を出した瞬間だけ、必死だったわね」


ミモザがくすりと苦笑した。


「あれは重症ですね」

「でしょう?婚約破棄なんて、絶対に認めない顔をしていたもの」


二人は顔を見合わせ、声を潜めて小さく笑った。

重苦しい空気が、一瞬だけ和らぐ。

だが、笑顔の奥には、確かな緊張が残っていた。

戦いは、これから本格的に始まる。


フィリップを蝕む魔術の影。

教会の闇。

そしてクラリッサとバルタザールの存在。

王国内部でも、静かな反撃が動き始めていた。




その頃──

王城、第二王子宮。


謹慎処分を受けたフィリップは、暗い部屋の奥で一人、椅子に深く沈んでいた。


灯りは最小限。

重いカーテンが閉め切られ、月光すらほとんど入らない。


虚ろな瞳。

こめかみを押さえる震える手。

そして、誰にも聞こえないはずの、甘く粘つく声。


『可哀想に……』

『皆がお前を責める』

『お前だけが正しいというのに』

『聖女様の愛だけが、お前を救う……』


フィリップは苦しげに頭を抱え、歯を食いしばった。


知らない。

この声が誰のものなのか。

どこから響いているのか。


だが、その囁きは確実に、彼の心を、魂を、ゆっくりと蝕み続けていた。


闇の奥で──

何かが、低く、嗤った。

読んで頂きありがとうございます!

次回の投稿は20時頃を予定しております!


本作品はカクヨム、アルファポリスにて同時投稿をしております。

気が向いたらいいね、ブクマ、よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ