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この捻れた世界にて、〜悪役令嬢は愛する者のために戦う〜  作者: 3色あんこ
第2部 命の泉の水龍

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第2話 月弓の継承者



翌朝。


ペリス共和国王都郊外、高台に位置する白亜の神殿。

古来より秘術の継承地として守られてきた聖域は、海風が強く吹き抜ける開放的な場所に建っていた。


白い大理石が陽光を反射し、青い空と紺碧の海を背景に、まるで絵画のように美しくそびえ立っている。

潮の香りと、微かに混じる香木の匂いが、訪れる者の心を清浄に洗うようだった。


イリシア一行は、国王アルフォンスの直接の案内でその神殿を訪れていた。

中央に広がる巨大な訓練場には、すでに十数名の術者たちが整然と並んでいた。


全員が白と青を基調とした、波を模した法衣を纏い、表情は厳粛そのもの。

年齢は様々だが、誰もが長年の鍛錬で培われた静かな威厳を湛えていた。


「こちらが、我が国が誇る秘術継承者たちです」


国王アルフォンスが、胸を張って紹介した。

術者たちは一斉に使節団へと深く一礼する。

使節団側も礼を返し、互いの敬意が静かに交わされた。


その中から、一人の老齢の女性が進み出た。

銀色の髪を長く背中に流し、深い皺の刻まれた顔には、歳月を重ねた強靭な意志が宿っている。


「それでは、ご覧ください」


彼女は静かに杖を掲げた。

瞬間、空気が変わった。

周囲の魔力が一気に収束し始め、目に見えない圧力が訓練場全体を包み込む。

イリシアの肌が、ぴりりと粟立つような感覚を覚えた。


膨大な魔力が渦を巻き、ゆっくりと圧縮されていく。光の粒が無数に集まり、きらきらと輝きながら空へ昇る。

やがて、その光は美しい弧を描き——三日月の形をした巨大な光の弓へと姿を変えた。


「おお……」


ミーナが思わず息を呑んだ。

隣のミレイユも、薄く目を見開き、椅子に座りながら身を乗り出すようにして見つめている。


老術者は深く息を吸い、弦を引いた。


その瞬間——。

光が凝縮され、一筋の矢となる。

放たれた矢は、音速を超える速度で遥か遠方の岩山を一直線に貫いた。


轟音。


白銀の閃光が空を裂き、岩山の一部が粉々に砕け散る。爆発の余波として、神聖な浄化の風が訓練場全体を優しく吹き抜けた。

穢れを知らない清らかな空気が、肺の奥まで染み渡るような感覚だった。


「素晴らしい……」


ヴィクトルが低く呟いた。

ミレイユも無言で深く頷く。

ルークやジュリアンも、明らかに圧倒された表情を浮かべていた。


しかし、イリシアだけは違った。

蒼い瞳が、一切の無駄なく術式の流れを追い続けている。

魔力の経路。

収束のタイミング。

圧縮率。

変換効率。

浄化因子の固定方法。

消費される魔力量と反動の分散——全てを、ゲーム知識と自らの魔法理論で精密に分析していた。


演武が終わり、老術者は膝をついた。

周囲の術者たちが慌てて彼女を支える。

顔色は真っ青で、額にはびっしょりと汗が浮かんでいた。

明らかに深刻な魔力枯渇の症状だ。

国王が苦笑しながら言った。


「これが、我が国秘術の最大の欠点ですな……」


イリシアが静かに尋ねる。


「魔力枯渇、ですか?」

「ええ。並の術者であれば一発が限界。優秀な者でも二発が精一杯です。その後は数日、床に臥せることも珍しくありません。最悪の場合……命を落とす者もおります」


周囲の術者たちの表情が、複雑に曇った。

国を守るための秘術。

しかし、その代償はあまりにも重すぎる。

彼らの誇りと、犠牲の歴史が、その沈黙の中に滲んでいた。

国王はそこで、イリシアへと視線を向けた。


「魔導公爵家の令嬢として、この魔法をどうご覧になりましたかな?」


一瞬、全員の視線がイリシアに集中した。

イリシアはわずかに考え、素直に答えた。


「大変素晴らしい術式ですわ。浄化魔法としての完成度は非常に高く、発想そのものが美しい。古の魔族との戦いで用いられたという歴史にも、納得がいく威力です」


術者たちの間に、ほっとしたような安堵の空気が流れた。

しかし、イリシアはそこで言葉を続けた。


「ですが」


その「ですが」に、場が一気に緊張した。


「少々、気になる点がございます」

「ほう……?」


国王が興味深げに身を乗り出す。

イリシアは真剣な表情になり、淡々と述べ始めた。


「術者の生存率ですわ。わたくしが確認した限り、この術式には27箇所ほど、改善の余地があります」

「に、27箇所!?」


術者たちがどよめいた。

ヴィクトルが思わず吹き出しそうになり、慌てて口元を押さえた。


(……始まったな)


完全に研究者気質に入ったイリシアを、内心で苦笑しながら見つめていた。

イリシアは周囲の反応など気づかず、続ける。


「ただし、いきなり全てを変えるのは危険ですので、まずは10箇所だけ提案させていただきますね」


訓練場に、完全な沈黙が落ちた。

イリシアは指を折りながら、明確に説明を始めた。


「第一に、魔力圧縮工程です。こちらの計算式を2箇所、数値を調整するだけで圧縮時の行程を約7%短縮できます。これにより、圧縮にかかる時間を約6秒短縮できるはずですわ。


第二に、浄化因子の固定化。現在の術式では弓と矢の両方に浄化因子を埋め込んでいますが、矢の方に集中させるため、弓側の因子術式を削除しましょう。そうすれば弓は純粋な『光の弓』となり、不要な魔力消費が大幅に削減されます。


第三に、余剰魔力の循環。出力が大きいため、矢の射出術式を二種類に分けましょう。低出力用の簡易術式と、高出力の従来型を状況に応じて使い分ける形です。


第四に、術式展開速度の分散。現在は順番に展開されていますが、最も時間のかかる圧縮術式を展開しつつ、片手間で可能な形状維持術式を並行処理するのが効率的かと——」


説明は続き、五つ目、六つ目……と進んでいった。


最初は半信半疑だった術者たちの表情が、次第に変わっていった。

驚き。

理解。

興奮。

この女性が、ただ目で見ただけで術式の根幹を正確に捉え、根本的な改善案を提示していることに、彼らは気づき始めた。

説明が終わった瞬間、一人の若い術者が勢いよく立ち上がった。


「お、お願いします! 教えてください!」


その声を合図に、堰を切ったように声が溢れた。


「私にも!」

「ぜひ、詳細を!」

「そんな方法があったなんて……!」

「今すぐ試したいです!」


訓練場が一気に騒然となった。

ヴィクトルは額を押さえ、ミーナは笑いを堪えきれずに肩を震わせ、ルークは「やっぱりな」と呟きながら苦笑していた。

そして当のイリシア本人は、首を傾げて不思議そうにしている。


「……?そんなに珍しいことでしょうか?」


全員が心の中で思った。

珍しい、などというレベルではない。

完全に異常だ、と。


その日、ペリス共和国の秘術継承者たちは、急遽予定を全て変更した。

東方交易使節団の一員であるはずのイリシア・ヴァルモンドは、なぜか一日限定の「特別講師」として、神殿に缶詰めになることとなった。




夜。


王都の宿舎で、ヴィクトルはワイングラスを傾けながら苦笑した。


「やっぱり君は規格外だな、イリシア」


それを聞いたイリシアは、本気で不思議そうな顔をした。


「そうでしょうか?ただ、効率化できるところを指摘しただけですのに……」

「そうだよ。全く自覚がないところも含めてね」


その言葉に、部屋にいた面々が小さく笑った。

旅はまだ始まったばかりだ。


しかし、この旅がやがて世界の運命すら変えるものになることを——

まだ、誰も知る由もなかった。

読んで頂きありがとうございます!

次回の投稿は明日の7時頃を予定しております!


本作品はカクヨム、アルファポリスにて同時投稿をしております。

気が向いたらいいね、ブクマ、よろしくお願いいたします。

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