表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この捻れた世界にて、〜悪役令嬢は愛する者のために戦う〜  作者: 3色あんこ
第2部 命の泉の水龍

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
24/32

第1話 月弓の国



ルヴァン王国を出立してから4日目。


夏の名残を惜しむように、昼間の陽射しはまだ強く照りつけていたが、朝夕の風は明らかに涼しさを増し始めていた。

木々の葉が微かに色づき、道沿いの野花も少しずつ姿を潜めていく。長い旅路の始まりを、季節が静かに告げていた。


東方交易使節団は、街道を順調に進み、最初の目的地であるペリス共和国へと到着した。


ペリス共和国——海と交易によって栄える中規模の海洋国家。

ルヴァン王国とは古くから固い友好関係を築いており、東方諸国へと向かう旅人たちにとって、文字通りの「中継地点」として欠かせない存在だった。


港湾都市が連なる海岸線、風に靡く白い帆、塩の香りと香辛料の匂いが混じり合う活気ある街並み。

それがペリスだった。


今回ここに立ち寄った最大の理由は、ミレイユの療養にある。


地下牢で長年、暗く冷たい石の床に囚われ続けていた彼女の身体は、想像以上に衰弱していた。

長旅の馬車の揺れに耐えられる状態ではなく、数日間の休息を挟みながら進む計画が立てられていた。


そして、その療養計画を最初に提案したのは、意外にもヴィクトルだった。




出発前のルヴァン王城、馬車整備所。


「寝台を作る?」


イリシアは目を丸くして聞き返した。

ヴィクトルは当然のように頷いた。


「普通の馬車では身体への負担が大きすぎる。ミレイユ嬢はまだ回復途中だ。無理をさせて再び倒れられたら、元も子もない」

「それは……確かにそうですが」

「簡易的でいい。横になれる場所を作ろう。緩衝魔法を仕込んだ寝台と、振動を吸収する魔道具を追加する。女性陣の馬車を優先的に改造だ」


結果、女性陣の馬車は大幅な改装を施された。

座席を一部撤去し、ゆったりとした寝台を設置。

魔力で空気を柔らかく包む緩衝結界を張り、床には高級な羽毛布団と、微かな癒しの香りを放つ魔石を忍ばせた。

馬車の天井には光量を調整できる魔導灯を付け、窓には厚手の遮光カーテンも追加された。

決して豪華とは言えない。

しかし、長旅における「快適さ」という点では、充分以上に配慮されていた。


もちろん、カモフラージュのために男性陣の馬車にも同等の改造が施されたが、中身の快適さは明らかに女性陣の方が上だった。




現在、その寝台の上ではミレイユが静かに横たわっていた。


向かい側にイリシア、その隣にミーナ。

ミレイユは念のため、まだエレナの姿に変身したままだったが、頰の血色は出発前とは比べ物にならないほど良くなっていた。

紺色の髪が寝台に広がり、薄く開いた瞳には穏やかな光が宿っている。


『そちらの様子はどうだい?』


通信魔道具から、ヴィクトルの声が響いた。

イリシアは思わず苦笑した。


「殿下、一日に何回確認するおつもりですの?」

『心配なんだから仕方ないだろう』

「4回目ですわよ。そろそろ信じてくださっても……」

『まだ4回だ』

「十分多いですわ!」


通信越しに、ジュリアンのくすくすという笑い声が聞こえてきた。


『俺もそう思いますよ、殿下。過保護すぎませんか?』

『うるさいぞ、ジュリアン』


今度はルークが吹き出した。


『いやでもマジで4回目だからな。俺らまで笑うわ』

『黙れ』


馬車の中に、小さな笑いの波が広がった。

ヴィクトルのため息が聞こえ、イリシアは思わず頰を緩めた。

普段は冷静沈着な彼が、こうして素直に心配を口にする姿は、まだ少し新鮮だった。


そんな穏やかな時間を過ごしながら、使節団はペリス共和国の王都へと入った。




到着したその日の午後。


イリシアとヴィクトルは、正式な使節として王城を訪れていた。

海洋国家らしい白と青を基調とした宮殿は、豪奢というより洗練された美しさを持っていた。


高い天井の応接間からは、遠くに広がる紺碧の海と、白い波がはっきりと見渡せる。

ルヴァン王国の重厚な石造りの城とは、まるで違う開放的な景色だった。


「ようこそ、ペリス共和国へ」


穏やかな笑みを浮かべて迎えたのは、ペリス国王アルフォンスだった。

白髪交じりの穏やかな初老の王。

目尻に刻まれた皺が、温和な人柄を物語っている。


表敬訪問は滞りなく進んだ。

貿易協定の確認、文化交流の可能性、東方交易路の安全確保——形式的な話題を一通り済ませた後、夜には盛大な歓迎の食事会が催された。


大きな円卓には、新鮮な海産物を中心とした豪華な料理が並ぶ。

ペリス特有の香辛料を効かせた白身魚のカルパッチョ、香草と貝類の蒸し物、サフランライスに彩られた海鮮パエリアなど、ルヴァン王国では見慣れない品々が次々と運ばれてきた。

空気には塩気とスパイスの香りが混じり、食欲を刺激する。

談笑が和やかに続く中、国王がふと思い出したように口を開いた。


「そういえば、ルヴァン王国には聖女様が現れたという話ですな」


その瞬間、イリシアとヴィクトルは、ほんのわずかに視線を交わした。

表情は完璧に平静を保ったまま。


「ええ。現在は教会を中心に活動しております」


ヴィクトルが穏やかに答える。

国王は感慨深げに頷いた。


「羨ましいことです。我が国には聖女のような存在はおりませんが……」

「ですが?」


イリシアが自然に首を傾げた。

国王は少し誇らしげに、目を細めて笑った。


「代わりに、我が国には古来より伝わる秘術があります」

「秘術……?」

「『三日月の弓矢』です」


その名を聞いた瞬間、イリシアの脳裏で前世の記憶が鮮やかに弾けた。


(——三日月の弓矢)


ゲーム知識が、瞬時に蘇る。

ペリス共和国の重要イベント。

強力な浄化魔法。

魔を討つための最終兵器級の秘術。

確か物語の終盤近くで登場し、魔族との決戦で大きな役割を果たしたはず——。


「どのような術なのですか?」


ヴィクトルが興味深げに尋ねた。

国王はゆっくりと説明を始めた。


「魔を祓う浄化の秘術です。古くは魔族との大戦で用いられました。巨大な魔力を圧縮し、一筋の矢として放つ。命中した対象の穢れや呪い、邪気を根源から浄化する力があります。使い手には並々ならぬ魔力制御と精神集中が求められますが……その威力は本物です」


イリシアの瞳が、わずかに細められた。


(やっぱり、ゲームと同じ……)


同時に、頭の中で様々な可能性が駆け巡る。

今後の旅路。

魔族の影。

教会の動き。

バルタザールやクラリッサの存在。

もし本当に魔族が関わっているのなら、この秘術は強力な切り札になるかもしれない。


「ぜひ、拝見したいですわ」


思わず口に出していた。

国王は驚いたように目を瞬かせ、それから嬉しそうに笑った。


「ほう、興味がおありかな?」

「はい。大変興味深いです」


イリシアは素直に頷いた。

するとヴィクトルが、優雅に微笑みながら付け加えた。


「彼女は我が国の三大公爵家の一つ、魔導公爵ヴァルモンド家の令嬢です。しかも公爵家随一の魔法才能の持ち主と評されております」

「ほう……!」


国王の目に、明確な興味の光が宿った。


「それは素晴らしい!ならばぜひ、神殿にてご覧ください。明日にでもご案内しましょう。優秀な魔術師の率直なご意見を伺いたいくらいです」

「本当によろしいのですか?」

「もちろんですとも。秘術は、実際に目にした方が早い」


食事会はその後も和やかに続いたが、イリシアの胸の内では、別の熱が静かに燃え始めていた。


(三日月の弓矢……)


ゲームでは、ただの強力イベントアイテムだった。

だが今は違う。

これは現実。


そして、もしこの秘術が想像通りの力を発揮するなら

将来、必ず役立つ。

そんな確信に近い予感が、彼女の心を満たしていた。


窓の外では、細く美しい三日月が、静かに夜空に浮かんでいた。

まるで、これから始まる長い旅路を、穏やかに見守るかのように。

第2部始動です!

これからも応援をよろしくお願いいたします!

次回の投稿は20時頃を予定しております!


本作品はカクヨム、アルファポリスにて同時投稿をしております。

気が向いたらいいね、ブクマ、よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ