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この捻れた世界にて、〜悪役令嬢は愛する者のために戦う〜  作者: 3色あんこ
第1部 歪んだ世界

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第19話 崩ゆく計画



国王アレクシス・フォン・ルーヴェンの一言により、煌びやかな夜会はその場でお開きとなった。

楽団は演奏を止められ、給仕たちは静かに下がらされ、色鮮やかなドレスをまとった貴族たちは、浮かれていた表情を強ばらせたまま立ち尽くしていた。


先ほどまで華やかな祝宴の舞台だった大広間には、今や重苦しく淀んだ空気だけが残っていた。

国王アレクシスは、集まった貴族たちをゆっくりと見渡した。

その視線は冷たく、しかし圧倒的な威厳を帯びている。


「本日の件については、王家預かりとする」


誰一人として声を上げる者はいなかった。


「ここにいる全員に命じる」


低く、重い声が広間に響き渡る。


「本件を外部へ口外することを禁ずる。

後日、改めて事情聴取を行う。証言の内容に虚偽があった場合、王家への反逆とみなす」


貴族たちの顔色が一斉に変わった。

単なる宮廷の醜聞では終わらない。

これは明確に国家案件へと格上げされたのだ。


「よいな?」


誰も逆らえなかった。

全員が深く頭を垂れる。


「御意にございます……」


こうして、第二王子フィリップによる婚約破棄騒動は、王家によって強制的に幕を閉じられた。


だが、それは終わりではなかった。

むしろ、新たな嵐の始まりだった。




王城からの帰路。


クラリッサは馬車の中で、爪が掌に食い込むほど拳を強く握りしめていた。

怒りで、悔しさで、そして底知れぬ恐怖で、手が小刻みに震える。


(どうして……どうしてこうなったの……!)


本来なら。

今頃はすべて計画通りのはずだった。

リリアナは失脚し、

フィリップは自分の婚約者となり、

自分は王族の座に一歩近づいていた。


なのに──

頭に浮かぶのは一人の女性。

月光のような銀髪。

冷たく澄んだ青い瞳。

優雅で、しかし底知れぬ計算を秘めた微笑み。

イリシア・ヴァルモンド。


クラリッサは奥歯を強く噛み締めた。

唇の端から、血の味が広がる。


「あの女……!」


爪が掌に深く食い込み、血が滲む。


「全部……全部あの女のせい……!」


怒りが収まらない。

しかし胸の奥にあるのは、怒りだけではなかった。

理解できないほどの恐怖。


まるで最初から全てを見通されていたかのような、あの女の動き。


一歩先、二歩先──

いや、もっと遥か先を読まれていたような感覚。

クラリッサは思わず身震いした。




やがて馬車は教会へと到着した。

夜更けの教会は、静まり返っていた。

最上階の豪奢な私室。


普段なら神聖さと権威を象徴する調度品で飾られた部屋だったが、今夜はその主の優雅さは欠片も残っていなかった。


「どうして……!」


ガシャンッ!


高価な花瓶が床に叩きつけられ、陶器の破片が飛び散った。

クラリッサは肩で荒く息をしていた。

美しい顔は怒りで醜く歪み、瞳には焦燥と狂気が浮かんでいる。


「どうしてあんなことになったのよ!」


机の上の銀杯を掴み、壁に向かって投げつける。

甲高い音が部屋に響き渡る。


フィリップとの計画は完璧だったはずだ。

公開での婚約破棄。

リリアナの断罪。

そして自分が新たな婚約者として脚光を浴びる──

その瞬間から、王族への道が開けるはずだった。


なのに、全てが壊された。

脳裏に浮かぶのは、再びあの銀髪の令嬢。

イリシア・ヴァルモンド。


「イリシア……!」


爪が掌に深く食い込み、血が滲む。

どうしてあの女は邪魔をするのか。

どうして皆、あの女ばかりを見るのか。

どうして、私じゃないの──

そんな時だった。


部屋の扉が、重々しく開かれた。

冷たい気配が、部屋に流れ込む。

クラリッサは慌てて振り返った。


「バルタザール様!」


現れたのは、保守派の頂点に立つ枢機卿バルタザール・グレゴリオ。

しかしその顔に浮かんでいたのは、慈愛などではなかった。

冷笑と、明らかな軽蔑だった。


「無様だな」


クラリッサの身体が凍りついた。


「え……?」

「計画は完璧だったのでしょう?」

「そ、それは……」

「なら何故、失敗した?」


淡々とした声。

しかし恐ろしいほど冷たい。

クラリッサは唇を震わせた。


「イリシアが……あの女が邪魔を──」

「言い訳か?」


一蹴された。


「違います!王族まで出てきて……想定外だったのです!」


バルタザールは鼻で笑った。


「想定外を想定できぬ者が、策など語るな」


クラリッサが言葉を失う。

バルタザールは彼女を見下ろすように、冷ややかに言った。


「失敗した理由は単純だ。

お前の采配が悪かった」


その瞬間、クラリッサの顔色が激変した。


「な……」

「フィリップは操りやすかった。

証人も用意した。舞台も整えた。

それを潰された」


冷たい瞳は、まるで虫を見るようだった。


「結局、お前が無能だったというだけだ」


クラリッサの肩が激しく震えた。

呼吸が乱れ、視界が滲む。

だがバルタザールは一切気に留めなかった。


「しばらく部屋から出るな」

「え……?」

「王家が動いている。余計な真似をされては困る」

「で、ですが──」

「黙れ」


低い、威圧的な声。

その瞬間、クラリッサは本能的に理解した。

逆らってはならない、と。


「お前はそこで大人しくしていろ。

必要になれば呼ぶ。それまで何もするな」


そう言い残し、バルタザールは冷たく去っていった。

扉が閉まる。


重い静寂が部屋を包む。

数秒。

十数秒。

そして──

ぷつりと、何かが切れた。


「……何よ」


小さな、掠れた声。


「何なのよ……!」


机の上のものをなぎ倒す。

椅子を蹴り倒す。

鏡を叩き割る。


「私が悪い!?」


呼吸が荒くなる。


「私が無能!?」


胸の奥が焼けるように熱い。


「全部あいつのせいじゃない!」


苛立ち。

焦り。

理由の分からない渇き。

喉の奥が、異様に熱い。


「……あれ?」


クラリッサは胸を押さえた。

最近、ずっと感じている感覚。

妙な飢え。

妙な渇き。

理由は分からない。


だが、日ごとに強くなっていた。

窓ガラスに映る自分の姿を見る。

乱れた紫色の長い髪。

歪んだ表情。

充血した瞳。

その姿は、聖女とは程遠かった。


「……嫌」


ぽつりと零れた声。

しかし、誰も答えない。

広い部屋には、彼女一人しかいなかった。

読んで頂きありがとうございます!

次回の投稿は20時頃を予定しております!


本作品はカクヨム、アルファポリスにて同時投稿をしております。

気が向いたらいいね、ブクマ、よろしくお願いいたします。

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