第18話 王族の裁定
王城の大広間は、異様な静寂に包まれていた。
つい先ほどまで、第二王子フィリップによる華やかな断罪劇の舞台だった場所。
しかし今や、その流れは完全に反転していた。
フィリップは言葉を失い、顔を青ざめさせている。
クラリッサは血の気を失い、唇を震わせている。
貴族たちは誰一人として軽率な発言をしようとせず、息を潜めて成り行きを見守っていた。
そんな中、国王アレクシス・フォン・ルーヴェンがゆっくりと口を開いた。
「第二王子フィリップ・フォン・ルーヴェン」
その声音は冷たく、重く、会場全体に響き渡った。
王としての、絶対的な威厳を帯びた声だった。
「今回の件について、正式な調査が終了するまで、お前の公務を停止する」
会場がざわついた。
公務停止──それは王族に対する事実上の謹慎処分に他ならない。
「父上……!」
フィリップが血相を変えて声を上げかけたが、国王は冷ややかに遮った。
「発言は許しておらぬ」
フィリップは言葉を失った。
国王は淡々と、しかし容赦なく続けた。
「王族としての自覚を欠き、国家的重要案件を独断で扱った。
調査終了まで、自室にて待機せよ」
「……はっ」
震える声で、フィリップはかろうじて答えた。
その様子を見た王妃カタリナは、わずかに目を伏せた。
母として心を痛めているのが、はっきりと分かった。
しかし今は、王妃として立たねばならない。
国王の視線が、次にクラリッサへと移った。
その瞬間、彼女の肩がびくりと大きく震えた。
「聖女クラリッサ」
「は、はい……!」
「本件について、教会にも正式な調査協力を要請する」
「っ……!」
クラリッサの顔から、完全に血の気が引いた。
調査──その言葉の重みを、彼女は誰よりも理解していた。
国王はさらに冷徹に告げる。
「また、調査完了まで王城への自由な出入りを禁ずる」
「そ、それは……!」
「異議は認めぬ」
ぴしゃりと言い切られた瞬間、クラリッサは初めて理解した。
今夜は──少なくともこの場では、完全に負けたのだと。
その時、ソフィア・リュシアンが静かに一歩前に出た。
「陛下」
「発言をお許しいただけますか」
「許可する」
ソフィアは優雅に一礼し、落ち着いた声で続けた。
「今回の件につきまして、証言者達への事情聴取も必要かと存じます」
国王が頷く。
「当然だ。証言者全員を王城へ招集せよ」
近衛騎士たちが即座に動き出す。
それを見た数人の証言者たちの顔色が、真っ青になった。
もう、逃げられない。
イリシアはその様子を静かに見守りながら、扇子をそっと閉じた。
(これでよろしいでしょう)
彼女の本来の目的は、断罪劇を完全に覆すことではなかった。
ただ、時間を稼ぐこと。
それだけだった。
そして、もう十分な時間を稼げた。
耳元で影の使い魔『小鳥』が、再び小さな報告を囁く。
『診療所到着。対象保護完了。治療開始』
イリシアはわずかに目を伏せた。
胸の奥で、張り詰めていた糸が少しだけ緩む。
(無事でしたのね……本当によかった)
その時、国王が再び口を開いた。
「リリアナ・ヴァルモンド」
突然名前を呼ばれたリリアナが、びくりと顔を上げた。
涙で濡れた瞳。
それでも必死に立とうとする姿が、痛々しい。
「今回の件について、王家としてお前を罪人とは認めぬ」
リリアナが息を呑む。
「正式調査が終了するまで、婚約は保留とする。
また、必要であれば王家直属の保護も与える」
優しく、しかし確かな言葉だった。
リリアナの瞳から、再び大粒の涙が零れ落ちた。
その細い肩を、そっと支える人物がいた。
セドリック・リュシアン。
彼は何も言わず、ただ静かに寄り添っていた。
それだけで十分だった。
イリシアはその光景を見て、小さく微笑んだ。
隣のソフィアも、同じように優しい笑みを浮かべている。
(本当に分かりやすい弟ですこと)
視線を感じて横を見ると、ヴィクトルが静かにこちらを見つめていた。
全てを察しているような、金色の瞳。
イリシアは扇子で口元を隠した。
ヴィクトルは苦笑を浮かべる。
──上手くいったのだろう?
声には出さない問い。
イリシアも何も答えず、代わりにほんの僅かだけ頷いた。
ヴィクトルは安堵したように息を吐く。
大広間では、誰も気づかぬまま──
王国の運命を変える最初の一手が、静かに、しかし確実に打たれていた。
本物の聖女は救われた。
偽りの聖女は追い詰められた。
そして今、次なる舞台は教会へと移ろうとしている。
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