第15話 月光の追求
王城・大広間。
重苦しい静寂が、華やかな会場を覆っていた。
シャンデリアの光が宝石のように輝く中、誰もが気づき始めていた。
これは単なる断罪劇ではない。
何か、決定的におかしい。
フィリップは苛立った様子で声を荒げた。
「イリシア・ヴァルモンド!先程から何が言いたいのだ!
リリアナの罪は明白だ!証人もいる!
彼女も被害を訴えているではないか!」
イリシアは優雅に扇子を口元に添え、くすりと笑った。
その笑みは完璧に優雅で、しかしどこまでも冷たい。
「殿下、わたくしは何も申し上げておりませんわ。ただ、確認しているだけですのよ」
「確認、だと?」
「ええ」
イリシアはゆっくりと一歩前に出た。
月光を思わせる銀髪が、燭光を受けて幻想的に揺れる。
「例えば──」
彼女はクラリッサへと視線を向けた。
「聖女様」
クラリッサの肩が、わずかに震えた。
「先程、リリアナが何度も貴女様を『偽物』と呼んだと仰いましたわね?」
「え、ええ……」
「いつ頃からでしょう?
半年ほど前?一ヶ月前?あるいは、もっと最近のこと?」
クラリッサは答えられない。
本当は一度も言われていないのだから。
「お答えいただけませんの?」
「そ、それは……」
「記憶が曖昧なのですわね」
イリシアは静かに頷いた。
「なるほど。では別の質問をさせていただきますわ」
クラリッサの顔色が明らかに変わった。
嫌な予感がしたのだろう。
「聖女様は浄化の奇跡をお使いになりますわね?」
「もちろんですわ」
「素晴らしいことですわ」
イリシアは微笑んだ。
「ちなみに、先月の南部で発生した瘴気汚染はどのように浄化なさいましたの?」
「っ……!」
クラリッサが固まった。
その場にいた数名の貴族が顔を見合わせる。
南部の瘴気汚染は確かに教会が対応した案件だった。
しかし実際に現場へ赴いたのは下級聖職者たちで、クラリッサ本人は一度も動いていない。
「どうしたのです?
聖女様であれば当然ご存知でしょう?」
「それは……その……」
答えられない。
会場の空気が、さらに冷たく変わっていく。
疑念、不信、ざわめきが徐々に広がり始めた。
イリシアはそこで追撃を止めた。
本当ならもっと追い込める。
だが今は違う。
目的は時間稼ぎ。
ジュリアンたちが無事に脱出するまで。
あと少し。
あと少しだけ。
「まあ、よろしいですわ」
にっこりと微笑む。
「わたくしも、細かなことを責めたいわけではございませんもの」
クラリッサがほっと安堵しかけたその瞬間、別方向から落ち着いた声が上がった。
「では、私から質問してもよろしいでしょうか」
ソフィア・リュシアンだった。
会場の端から、知的な雰囲気を纏って歩み出てくる。
知恵の公爵家令嬢。
未来の女宰相候補と称される才女。
その一言だけで、広間の空気がぴんと張りつめた。
「ソフィア様……」
クラリッサの顔が青ざめる。
ソフィアは穏やかに微笑んだ。
しかしその目は、一切笑っていない。
「聖女様、王国法典第127条をご存知ですか?」
「え?」
「王族と三大公爵家の婚約成立、並びに婚約解消には、国王陛下および両家当主の正式な承認を必要とする、とあります」
会場が大きくざわついた。
フィリップの顔色が一気に悪くなる。
「つまり」
ソフィアは淡々と、しかし容赦なく続ける。
「本件が正式手続きを経ていないのであれば、婚約破棄そのものが法的に成立しておりません」
「なっ……!」
フィリップが声を荒げた。
「そんなものは後で──」
「後では成立しません」
ソフィアが即座に切り返す。
「婚約は契約です。
王族だからといって、勝手に破棄できるものではありません」
その一言で、会場は完全に揺れた。
貴族たちが次々と囁き合う。
「確かに……」
「法的にはそうだ……」
「正式文書は?」
「国王陛下の署名は?」
イリシアは内心で深く感心した。
(流石ですわね、ソフィア嬢)
完璧な援護だった。
その時、イリシアの耳元で影の使い魔『小鳥』が再び囁いた。
『対象保護完了、脱出開始』
胸の奥に、熱い安堵が広がる。
(間に合いましたわね……)
だがまだ終わらない。
ここからさらに時間を稼がなければならない。
フィリップが顔を真っ赤にして怒鳴った。
「黙れ!私は第二王子だぞ!
私の決定は王家の決定だ!」
その瞬間だった。
大広間の巨大な両開き扉が、重々しい音を立てて開かれた。
ざわめきが一瞬で止まり、誰もが振り返った。
イリシアは静かに、しかし深く微笑んだ。
(ようやくですのね)
王城の別室から報告を受けた者たちが、ついに動き出したのだ。
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