第22話 聖なる力
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それから、数日。
ミレイユの声のリハビリは、順調に進んでいた。
「では、今日は昨日より少しだけ長く声を出してみよう」
薬玄の言葉に、ミレイユは頷く。
椅子に座り、背筋を伸ばす。
ゆっくりと息を吸う。
「……おはよう、ございます」
「……!」
イリシアの目が輝いた。
先日のように、一音ずつ途切れることはない。
まだ声量は小さく少し掠れてもいる。
だが、短い言葉ならば、最後まで途切れずに声を出せるようになっていた。
「素晴らしいですわ……!」
イリシアが嬉しそうに微笑むと、ミレイユも嬉しそうに笑った。
「……ありがと、ございます」
その声も、ちゃんと最後まで続いた。
「おお……」
ミーナが感動したように口元を押さえる。
「もう普通に会話できそうですね!」
「まだ短い言葉だけだ」
薬玄が釘を刺す。
「長時間の会話はまだ禁止だ、やらせるなよ」
「はーい!」
ミーナが元気よく返事をする。
ミレイユはそんなミーナを見て、くすりと笑った。
その笑い声も、以前よりずっと自然だった。
「……順調すぎるな」
薬玄がぽつりと呟く。
ミレイユの声帯を妖術で確認する。
淡い光が、指先から喉へと流れ込んでいく。
「術後の経過としては、かなり良好だしそれに、早い」
薬玄の視線が細くなる。
隣で記録を取っていた翠翔も、頷いた。
「僕もそう思います」
「傷の治癒速度もそうだが、声帯の機能回復も早すぎる」
「通常なら、もっと時間がかかりますよね」
「ああ」
薬玄は妖術の光を少し強めた。
「もちろん個人差はある。だが……ここまで早いのは、何か別の要因があるはずだ」
翠翔が首を傾げる。
「薬や薬膳の効果では?」
「薬だけなら、ここまで説明がつかん」
「では、治癒術?」
「それも違う」
薬玄は首を振った。
「一日に10分程度しか使っていない。患者の負担を考えれば、それ以上は使っていないからな」
翠翔は記録を見直す。
「栄養状態も問題ありません。睡眠も取れていますし、術後の経過も安定しています」
「それでも説明がつかない」
二人がミレイユの喉を見つめる。
薬玄はしばらく考え込んでいた。
「……もしかして」
イリシアが口を開いた。
「何か思い当たることがあるのか?」
薬玄が振り返ると、イリシアはミレイユを見る。
ミレイユは不思議そうに首を傾げていた。
「ミレイユ様には、とても強い聖魔力があります」
「聖魔力?」
薬玄が聞き返す。
イリシアは頷いた。
「ええ、癒しや浄化の力を持つ魔力なのですが」
「ああ」
薬玄が腕を組む。
「我々の医術とは違った力だな?確か……祝詞を唱えるとか、そういうものだったか」
その言葉にヴィクトルが静かに頷いた。
「はい、我が国の伝承では、聖女の資格を持つ者は高い聖魔力を保持するとされています」
「聖女……」
翠翔が呟く。
ヴィクトルは続ける。
「そして、その力を歌に乗せることで、あらゆる負の事象を浄化してきた、と」
薬玄が眉を上げる。
「歌に?」
「はい」
イリシアが答えた。
「聖女は、祈りや歌を通して聖魔力を外へと届けると伝えられています」
そしてイリシアは、静かにミレイユを見つめた。
「ですが……ミレイユ様は、少し違うのです」
ミレイユが目を瞬く。
「ミレイユ様は、とても高い聖魔力を保持しております」
ヴィクトルも頷いた。
「それだけではありません。言葉にせずとも、祈ることで周囲の者の傷を癒すことができた」
ジュリアンが思い出すように言う。
「カント・マリスでのことだな」
「ああ」
ヴィクトルが頷く
その瞳に、確信が宿る。
「そして、魔族が作った呪具を、浄化したこともあります」
薬玄の表情が変わった。
「……呪具を?」
「はい」
「ええ」
ヴィクトルとイリシアは同時に頷く。
「ミレイユ嬢は、声を出さなくても祈るだけで聖魔力を使えます」
「それも通常よりも強い魔力ですわ。」
「……」
薬玄はミレイユを見る。
そしてもう一度、妖術で彼女の喉を調べた。
光が喉の奥へと入り込む。
声帯。
周辺組織。
血流。
細胞の状態。
それらを一つずつ確認していく。
「……なるほど、もしかすると」
薬玄が小さく呟いた。
翠翔が顔を上げる。
「先生?」
「自己治癒そのものを、聖魔力が補助している可能性がある」
「聖魔力が……?」
「ああ」
薬玄はミレイユの喉を見つめた。
「我々の治癒術は、傷ついた組織の再生を促す」
自分の指先に灯る妖術の光を見る。
「だが、これは外部から働きかける力だ。聖魔力は……本人の生命力そのものに近いのかもしれん」
イリシアが目を見開く。
「つまり……」
「本人が意識していなくても」
「傷ついた場所へ、常に聖魔力が働き続けている」
ミレイユは驚いたように自分の喉へ触れた。
「……わたし、が……?」
「ああ」
薬玄は頷いた。
「お前自身が、自分を治している可能性がある」
その言葉にミレイユは目を丸くした。
今まで自分は助けられる側だった。
誰かに治療してもらい、守ってもらい、手を引いてもらって、ようやくここまで来た。
けれどもしかしたら、自分自身の中にもずっと自分を支えていた力があったのかもしれない。
「……すごいですわ」
イリシアが微笑む。
「ミレイユ様の聖魔力が、ずっと頑張ってくださっていたのですね」
「……わたしも……頑張って、た……?」
ミレイユは喉に触れたまま、少しだけ笑った。
イリシアの胸が締めつけられる。
「ええ」
優しく頷く。
「ずっとですわ」
ミレイユは少しだけ目を伏せ、小さく笑った。
薬玄はそんな彼女を見て、ふっと息を吐いた。
「まあ、理由が分かったところで無理をしていいわけじゃない」
ミレイユが顔を上げる。
「聖魔力が強いからといって、傷が一瞬で治るわけではない」
「……はい」
「声帯は繊細だ。調子がいいからといって、喋り続ければまた負担がかかる」
「……はい」
薬玄は少しだけ目を細める。
「だからこれまで通り、医者の言うことを聞け」
「はい」
ミレイユの返事に薬玄が僅かに口元を緩める。
翠翔も嬉しそうに笑った。
「ミレイユさん、ちゃんと声が戻ってきましたね」
「……はい」
ミレイユは翠翔を見る。
「翠翔様も……ありがとう、ございます」
「えっ」
翠翔の目が丸くなる。
「僕……?」
「もちろんですわ」
イリシアが笑う。
「翠翔様も毎日一生懸命治療を手伝ってくださっていますもの」
「そ、それは……弟子として当然です」
翠翔が少し照れながら答える。
薬玄はそんな二人を横目に見て。
「……お前もまだまだ覚えることが多いぞ」
「はい!」
翠翔が元気よく返事をした。
その様子を見ながら、ヴィクトルが静かに微笑む。
「聖魔力か……」
「ええ」
イリシアが頷く。
「ミレイユ様の力は、わたくしたちが思っていた以上に強いのかもしれません」
その言葉にミレイユは少しだけ考えるように、自分の胸元へ手を当てた。
自分の中にある力、それが何なのかまだ完全には分からないけれど、少なくともその力は、自分を守ってくれていた。
そして今、失った声を取り戻すためにも、静かに働いている。
「……ありがとう」
ミレイユが、自分自身へ向けるように小さく呟いた。
小さい声は誰かへ向けた言葉ではなく、長い間、傷つけられ続けた自分自身へ、初めて伝える「ありがとう」だった。




