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最愛の貴公子様へ、忘れられた花嫁ですが、忘れた貴公子を保護しております  作者: 西野 歌夏
第五章 先輩の花嫁になる日

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世界で一番、幸せな妻

帝都に、初雪が降った朝だった。帝都には雪がうっすらと積もり、太陽がそれを照らして光り輝くような朝を迎えていた。新年を迎えた離れは、大忙しだった。雪帽子をかぶった門松は、静かに私たちの喧騒を見つめていた。


角餅、鰹節と昆布の澄まし汁、小松菜、鶏肉、かまぼこを入れたお雑煮をタエさんと私が準備して、家元のところで、先輩と私は祝い酒を頂いた。


タエさんと私は年末はおせちの準備に明け暮れ、離れの来客の準備は万端だった。


黒豆、数の子、田作り、伊達巻、栗きんとん、昆布巻き、海老、鯛の姿焼き。


タエさんと二人で一生懸命作ったおせちは、花房の母屋のおせちにも負けない程だと私は自負していた。花房では、毎年、女中さんたちが何十人もかかって一生懸命作るのだが、今年は離れで私はタエさんと初めて作った。


午前中のうちに、帝に呼ばれて出かけた先輩は、理人さんと一緒に離れに戻ってきた。冬の凛とした空気の中で、濃紺の燕尾服の礼服を着た先輩が颯爽と現れると、私は思わず胸に手を当てて、身惚れてしまった。先輩は、エナメル靴を履いて、勲章を胸につけ、金銀の刺繍の入った服に身を包んでいた。雪を反射して輝く陽の光に照らされて、キラキラとして見えた。


朝、花房家に新年の挨拶をした時は黒紋付羽織袴だったのに、帝に呼ばれて行く時に着替えて行かれたのだ。


理人さんも、同じように黒い燕尾服を召されていて、とても素敵だった。


「あけましておめでとうございます」

「まぁ、理人さん」

「りんさんとタエさんのおせちを楽しみにしてまいりました」

「どうぞ、どうぞ。召し上がっていってくださいな」


タエさんも理人さんがいらして嬉しそうだった。


「お姉様、あけましておめでとうございます!」


そこに、美しい晴れ着姿で、鈴乃が飛び込んできた。理人さん目当てだと私は思っているが、言葉には敢えてしなかった。


理人さんと鈴乃は、仲良くおしゃべりしながら居間に座り込んでおしゃべりに興じていた。


今度は、沙千代と三田さんが一緒にいらした。


「あけまして、おめでとうございます」

「あ!さっちゃん!」

「りんちゃん」


二人はとても幸せそうな顔をしていた。


「実は、ご報告があるのよ、私たち」

「婚約したのよ」


私と先輩は驚いたが、2人の幸せを心から喜んだ。


「おめでとうございます!」

「おめでとう」


「まだまだ、波乱万丈だけれどねぇ」

「はい、まだまだ両家説得中ですが」


三田さんと沙千代は、互いに顔を見合わせて笑いながらも、とても幸せそうだった。


次に、タエさんを救い出したことで、すっかりタエさんと仲良しになった百合乃さんがお見えになった。


「あのぉ、あけましておめでとうございます!」

「百合乃さん?」

「あ、ばあやさま!お元気でございましたか?」

「おかげさまで」


百合乃さんは、一色財閥からの巨大な菓子折り持ってきてくれた。使用人数人を連れてきて、「一色からのお年賀でございます」と運びこんでくれたのだ。



こうして、離れの初めてのお正月は、ご挨拶に来てくれた皆さんのおかげで賑やかな時間が過ぎていった。


凛と澄んだ冬の空気の中、最後に訪ねてきてくれたのは、九重鹿乃子様だった。ふわりと羽織るショールに施された刺繍が、キラキラと雪に反射して輝いて見えた。


「雅親さんを任せた相手の顔を——新年ぐらいは見ておきたいわ」


それだけ言うと、私の顔を眺めて、お茶を飲んで帰って行かれた。外まで見送りに出た私に、鹿乃子様はそっと耳打ちした。


「私ね、お見合いするのよ」


鹿乃子様は小さな声で打ち明けた。


「あなたにだけはお伝えしようかと思って。御香宮(みかのみや)様のお屋敷で、あなた達出会ったでしょう?」


「はい」


私はうなずいた。私と先輩が初めて出会った場所は、御香宮(みかのみや)様のお屋敷で開かれた香席だった。


「私、この前、聞いちゃったのよ」


私は鹿乃子様の顔を見つめた。


御香宮(みかのみや)様が、月岡さんに見合いを持ち込んだらしいのよ」


私は何の話かわからずに、鹿乃子様の言葉を待った。


「あなたが月岡沙千代さんの代わりに香席にくると思っていたんですって」


――えっ?あの最初の香席のことでしょうか。


鹿乃子様は、驚いた私の顔を見て、ふっと笑った。


「だからね」


「はい」


「私がどれほど想っていても、頑張っても、最初からあなた達は出会う運命だったのよ」


あの香席は——偶然ではなかったのかもしれない。


呆然とする私の顔に、「ね?」と意味ありげに美しく微笑むと、鹿乃子様は帰って行かれた。その美しい後ろ姿を見つめて呆然と佇む私のそばに、雅親さんが寄り添うように立った。


「おりん、帝が会いたいそうだ。明日、帝の新年の宴に参加しようか」


私は先輩の顔を見上げた。


――帝が……私に……ですか?



私の夫は、鷹条雅親さま。

香りの力で帝をお支えするお方だ。


私は夫を守る妻だ。


一瞬、戸惑った私は、しっかりと先輩を見つめて答えた。


「はい、喜んで」


私はダメな人間だったと思う。ただ、奪うだけで忘れられたと嘆き悲しむだけの人間だった。でも、今度こそは、夫を皆を守れる人間になりたい。鹿乃子様から大事なものを奪ったのかもしれない。でも、だからこそ、皆の幸せに貢献できるような、守れるような人間になりたいと切に思った。私の力は、そのために使うのだ。



あの日、香席で出会った先輩の妻になれた。

私はきっと世界で一番、幸せな妻なのかもしれない。今があるのは奇跡だから。




3年前、帝都に初雪が降った日、私たちは仲良く詰襟姿でお汁粉屋にいた。今日、帝都に初雪が降った日、私たちは新婚夫婦となって新年を迎えた。


私たちの未来を明るく照らすかのように、うっすらと雪をまとった屋根の上に月が登った。



――どうか、この先も皆さんとと幸せに暮らせますように。皆の幸せが続きますように。



       

         完



お読みいただきまして本当にありがとうございます。

感謝申し上げます。


稚拙な物語にお付き合いいただきまして、本当にありがとうございました。心残りだった鹿乃子の幸せも見届けて下さったら、嬉しいです。少しだけ番外編に載せました。よろしくお願いします。


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