鷹条Side 私の花嫁になってくれる?
湯上がりのりんちゃんは、あの夜と同じだった。
濡れた髪、火鉢、浴衣、ほつれた髪、白いうなじ……。
「おりん、こっちにおいで」
私は頬を上気させたりんちゃんをそっとそばに呼んだ。
「ごめん。愛していたんだ。だから、忘れていたのは、おりんを捨てたからじゃない。愛していたから、大事にしたかったから、誰にも渡したくなかったから……」
それ以上、声が震えて言えなかった。
桜の花見、夜の縁日、河原で夕涼み、花火、かき氷、お汁粉などの甘い物巡り、全部思い出した。
私のそばで、丸眼鏡に詰襟姿のおりんが、いつもニコニコして一緒にいてくれた。私は目の前の女性がずっと大好きだった。
記憶を失っていて、自暴自棄になっていたあの時期、自分が何を求めていたのか、ようやく分かった。
「ずっと会いたかったんだと分かった。俺は、おりんにずっとずっと会いたかったんだ」
おりんは目を見開いて、私を見つめた。
「先輩が戻ってきてくれた……」
信じられないといった表情で、私を見つめるおりん。
「本当に……ごめん」
「謝らないでください……戻ってきてくれて、嬉しいです」
おりんは、泣いているのか、笑っているのか分からないような表情で、顔をくしゃくしゃにして私の胸に顔を埋めた。
「ごめんよ。ただ忘れただけじゃなくて、全部を私にくれたのに、捧げてくれたのに、忘れられたと思って苦しかっただろう」
私はりんちゃんを抱きしめた。
「違うんだ。愛していたんだ。私は、あの時、本当におりんと結婚すると父と母には伝えたんだ。私は自分の意志を貫こうとしたんだ」
りんちゃんは、私の胸に顔を埋めた。
「先輩の胸は温かい。何も変わってない」
そして私をキラキラした瞳でまっすぐに見あげて、囁いた。
「これからは、私がずっとおそばにいますから。お守りしますから」
私はおりんから、そっと唇に口付けされた。
「思い出してくれてありがとうございます、先輩」
「虹を一緒に見て、りんちゃん綺麗だなと思ったんだ。桜の花見に誘った時から、ずっと、そばにいてほしいと思っていた。後輩だなんて言ってごめん。私は自分が恥ずかしくて、誤魔化した。おりんは、私の初恋の人で、生涯の花嫁にしたかったんだ」
私は真剣な表情でおりんに言った。
「私の初恋は、おりんだ」
「私の花嫁になってくれる?」
「はい」
この夜、私はただただ、帝都の逢瀬が洪水のように押し寄せてくるのに、身を任せた。
私とおりんの幸せな記憶だった。
楽しくて、ささやかな幸せがどれほど尊いのか、私は身に沁みた。
ただ、彼女がそばにいてくれるだけで、何も要らないと思った。
もう、二度と離さない。今度こそ守り抜く。




