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最愛の貴公子様へ、忘れられた花嫁ですが、忘れた貴公子を保護しております  作者: 西野 歌夏
第四章 こんなにも愛されていたのを、初めて知った

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鷹条Side 忘れていて、ごめん

私は慌てていた。

タエさんがどこに連れて行かれたかを教えてくれたのは、三田公彦だった。慌てて花房の屋敷に舞い戻った私に情報を教えてくれたのだ。


ちょうど、帝都新聞の記者が、私を記事にしようとして花房の屋敷の周りで張り込みをしていたらしい。そして一部始終を目撃したようだ。


「一色財閥のお嬢様も連れて行かれたようだ」


記者から情報をもらって、月岡の屋敷から花房の屋敷まで駆けつけたという三田は、血相を変えて走ってきた私に教えてくれた。


「こっちです!」


帝都新聞の記者が手招きし、私たちは新聞社の自動車に乗り込んだ。そして、記者が突き止めたという敵の隠れ家に向かった。


車を降りて屋敷に入る直前、私たちの前を一色財閥の集団が走っていた。無言で必死に走る彼らを見て、本当に一色百合乃さんがさらわれたのだと悟った。



結局、タエさんことばあやは無事だった。

だが、一色百合乃さんはひどく取り乱していた。


「お願いします!弟さんを守って……私のせいで、弟さんに危険が及ぶわっ!」


百合乃さんに泣きながらそう言われた時、彼女の言う「弟」が、りんちゃんだと私は分かった。


「水鏡院は、2年半前のばあや様の記憶と、私の今の記憶に、同じ人物がいると言い出したの。雅親さんのそばに」


百合乃は泣きながら言った。

「私が弟さんよといったばっかりに」


――ばあやが知っている2年半前の詰襟に丸眼鏡の人物は、百合乃さんが言う「弟」と同じ人物?


「後輩さんのことですよ」


タエさんが私に言った。


タエさんも百合乃さんも何を言っているんだ、と私は思った。


――後輩……?


――りんちゃんの昔の恋人は「先輩」。


――先輩と後輩……?


――ただの偶然だろうか……?


――2年半前、私のそばに「後輩」と呼ばれる丸眼鏡に詰襟姿の人物がいた?


――水鏡院は、その人物が私の能力を覚醒させたと思ったのか?



混乱する私に、三田は見せたいものがあると言った。


私たちはひとまず、花房の屋敷に戻ることにした。一色百合乃さんは、泣きながら一式財閥の自動車に乗って、戻って行った。


花房までの帰りの車の中で、三田は私に言った。自動車の後部座席には私と三田とタエさんが座っていた。


「帝都新聞が保管している写真があるんだ。それを見せたくて花房の屋敷に行こうとしていた」


三田は、4枚の写真を見せた。


「こっちの2枚は、3年前ぐらいに撮影されたものだ。そしてこっちの1枚は今年撮影されたものだ」


私は4枚の写真を受け取り、見つめた。


わけが分からなかった。最初の2枚の写真には、髪が短く、帝大の詰襟を着た私と、もう一人帝大生が写っていた。


丸眼鏡と詰襟を着た人物が桜の木の下で、私と共に笑っている写真。もう一枚は、かき氷屋でかき氷を食べている写真。



最後の1枚には、今年、りんちゃんと新宿御苑に行った時の、私とりんちゃんがベンチに座っている写真だった。私の髪は長髪だった。



両方で、私には差があった。最初の2枚は私は詰襟を着ていて短髪だった。最後の1枚は、私は長髪で洋装していた。


だが、私の隣には、3枚とも同じ人物が写っていた。


丸眼鏡に詰襟姿。


「ばあや、菖蒲の家によくやってきていたと言うのは、この人か……?」

「そうですよ。後輩さんですね。まぁ2人とも楽しそう」


タエさんは、私から渡された3年前の写真を見て微笑んだ。


「……え?だって……これは……」


私は混乱した。

――だって、3枚の写真に写っているのは、りんちゃんじゃないか。


「ばあや、これはどういうことなんだ?」


私の中にとてつもない、衝撃が走った。


――私だけが知らない何かがあるのか?


――いや、私だけが記憶を失って覚えていないのだから、それはそうなのだが。




花房の屋敷に戻り、離れに私は走った。三田がタエさんと一緒に後からついてきてくれた。


「あ、月岡沙千代さん」

「こんばんは。タエさんは無事だったのですね?良かった!」


りんちゃんの親友だと聞いた月岡沙千代さんが、離れの入り口に立っていた。


「りんちゃんはどこにいますか?」

「母屋に行っているみたいです。家元が襲われて怪我をされたとか。家元は無事だったのですが、様子を見に行っているようです」



その時、後ろからゆっくりとタエさんと三田がやってきて、皆で一緒に離れの居間に上がった。沙千代さんはテキパキとお勝手で動き周り、皆にお茶を入れてくれた。


私は呆然とした気持ちだった。


私だけが知らない何かがある。


りんちゃんが走ってきたらしく、玄関を開けて、「タエさん!」と呼びかけていた。タエさんが無事だった事に安堵している様子の声が聞こえてきた。



私は立ち上がって、お勝手まで行った。三田もついてきた。


「りんちゃん、ちょっと話したいんだけど」


私の姿を見ると、りんちゃんはホッとした表情になり、「はい」とうなずいた。


「……あの詰襟は、私がりんちゃんに渡したものですね?」


りんちゃんは、ハッとした表情で私を見つめた。


――やっぱりそうなのか!?でも思い出せない。


「詰襟を見せてくれないか?」


私の声は掠れていた。


「はい」


そう言ったりんちゃんは、居間の奥の、いつもりんちゃんが詰襟に着替える時に使っている部屋に向かい、詰襟を持ってきた。


私は震える指で、その詰襟の裏地を確かめた。


薄紫色の小さな紫陽花の花が刺繍してあった。


「……これは……母がいつも私の持ち物に刺繍をしてくれたお守りの刺繍だ。この詰襟にこの刺繍があるということは、これは母が私に仕立ててくれたものだ」


私は愕然として言った。



――怖い…何がどうなっているのか分からない。



「なぜ、これをりんちゃんが持っている?」


私は自分に聞いた。


私の亡くなった母は、持ち物に毎回お守り代わりに紫陽花の刺繍をしてくれた。詰襟にもそうだ。


「これを、私が3年前りんちゃんに渡したと言うことになるのだな?」


「はい」


りんちゃんはそう囁くように言った。ずっと下を向いている。


そのりんちゃんの姿に、何かの時の姿が重なった。



――りんちゃんが、着ている詰襟は私があげたもの?



――3年も前から、私とりんちゃんは、特別な関係だった?


あぁ、桜を見ている詰襟姿のりんちゃんが浮かんだ。


ぐるぐる何か、頭が回るような感じだ。


桜の季節に、りんちゃんと出掛けていないのに、りんちゃんは私の横で、桜並木を見上げていた。 


――綺麗な人だと思った。心から素敵な可愛いい人だと…。



――これは、今の感情は、いつの感情なんだ?



――今年、帝都を歩いた季節は初夏から夏、そして秋なのに、春の映像、初雪にはしゃぐりんちゃん、真冬のお汁粉屋で、眼鏡を曇らせて温かいお汁粉を食べているりんちゃんが浮かんだ。いつも、詰襟姿のりんちゃんが私の横にいてくれる幸せなこの記憶はなんなんだ?



――あっ!土砂降りの日?


私は、今頭に浮かんだ映像に、腰が抜けたように座り込んだ。記憶の中で泣くりんちゃんを追いかける自分がいた。


「りんちゃんの先輩って、私のこと?」


私は掠れる声でりんちゃんに聞いた。


「はい」


そう答えたりんちゃんは涙をこらえているような表情だった。タエさんも沙千代も涙ぐんでいた。


「……忘れていて、ごめん」


私は泣いた。


「今まで辛い思いをさせてごめん」


夜中に先輩を求めて取り乱すりんちゃんの姿を思い出した。


「ほっんとうにごめん。りんちゃん、すまない。ずっと辛い思いをさせていた」


胸が張り裂けそうだった。


りんちゃんは泣き出した。


「……先輩っ」


私はりんちゃんを抱きしめた。


「ごめんよ」


先輩は私だった。

あれほど、りんちゃんを泣かせた張本人は、自分だったのだ。


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