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最愛の貴公子様へ、忘れられた花嫁ですが、忘れた貴公子を保護しております  作者: 西野 歌夏
第四章 こんなにも愛されていたのを、初めて知った
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百合乃Side 帝都の貴公子に弟はいない

エンジ色の体に密着したワンピースは、腰回りでぎゅっと絞られている。


そして、リボンのついた帽子をまぶかに被り、青眼鏡をして、私は西洋の小説から学んだ探偵を気取っていた。


一色財閥の高級自動車の座席はレースの縁取りがされたカバーがされており、花房の屋敷の大きな門から少し離れたところに車を停めさせて、私は後部座席から辺りを見張っていた。


藤色の洒落た傘を握り締め、何か事が起きればその傘をさして、顔を隠して跡をつけるつもりだった。


目的はもちろん、帝都の貴公子だ。わたくし、一色百合乃は、今世最大のモダンガールを自負しており、振られたままで終わるなんてできなかったのだ。


こうして、毎日花房の屋敷の周辺を見回りしていた。


貴公子が花房の結界の中に匿われているのは、もちろん把握済みだ。


結界の中には入れないのは確認済みだった。最近、花房の結界が強化されたらしく、帝都の貴公子を目的に近づく者は一切締め出されていると、鹿乃子様が嘆いていらした。


「あっ!あの者は何者かしら?」


私は小さく叫んだ。


「雅親様お付きの『ばあや様』の後ろを付ける者がいますね……」


この秘密の探偵ごっこに連日付き合わせされて、最近、探偵ごっこがすっかり板についてきた運転手の古賀が私に囁いた。


「誰かしら?」


――雅親さんのばあや様に悪さをするなど、あってはならないわ……。


「古賀、ちょっと私、様子を見てきます」


ばあや様の後ろを、黒づくめの人影がつかず離れず付いて行くのを眺めて、私は決心した。


「お、お嬢様っ!危ないかもしれません。あの者が何ものかまだ……」

「古賀、大袈裟よ。ちょっと見てくるだけよ」


私は古賀の言葉を遮り、すっと自動車からおりた。藤色の素敵な色の傘がここで役に立った。


私は傘をさっとさし、青眼鏡をしたまま、すました顔で黒づくめの人影の跡をつけ始めた。


――ふふっ。本物の探偵さんみたい!


私は最初のうちこそ、秋の紅葉の美しい帝都の街並みをすまして歩くことに喜びを感じていた。だが、小さな路地に入ったところで、パタリと「ばあや様」も怪しい人影も消えてしまったのだ。


「あっ!どこに行ったの?」


私は慌てた。


小走りに小さな路地を、お洒落なアンクルストラップ付きシューズで走り出した。カツカツと音を立てて通りを走り、その姿を誰かに見られている事に全く気づかなかった。


通り過ぎようとした建物から腕が伸びてきて、私はあっけなく引きずり込まれた。口を塞がれ、あっというまに後ろ手に両手を縛られ、男の肩の上に担がれた。


声にならない叫び声をあげたが、お尻を叩かれ、足をガッチリと掴まれてしまった。暴れれば暴れるほど、男にお尻を叩かれて、私は辱めを受けた。


――古賀っ!助けて!!!!


涙が溢れた。

男の顔を見る前にいつの間にか目隠しをされて、どこかに運ばれた。自動車に乗せられたと思った。


――敵はお金持ちのようだわ。身代金誘拐ではないわ。


私はお金目的ではない誘拐が逆に怖いことを知っていた。


――人攫いに、売り飛ばされてしまうのかしら。


震え上がった私は、自動車から降ろされ、また男の肩に担がれて運ばれた。気づいたら、椅子に縛り付けられていた。


ゆっくりと目隠しが取られた。


目の前には、雅親さんの「ばあや」様が同じように椅子に縛りつけられて座っていた。どこかの邸宅の応接室のような雰囲気の場所だったが、部屋が狭く小さかった。誰かの隠れ家のような場所かもしれない。


「ばあや様っ!」

「あなたは……」

「私は、一色財閥の一人娘です。雅親さんに恋焦がれて、花房の屋敷の周りを見張っていたら、ばあや様の跡をつける怪しい者を見かけたのです。その跡をついてきたのです」

「まあっ」

「ここは一体どこなのでしょう?」

「わからないのですよ。私も急にここに担ぎ込まれたと思ったら、椅子に縛り付けられていて」


赤い絨毯の上を椅子ごと移動しようとしたその時、扉が開いて、髪を伸ばして髭も長い和装の男が入ってきた。


見たことのない男だが、なぜか背筋が凍るほど恐怖が湧き起こった。


「早速始めよう。私の目を見てください」


男がそう言った瞬間、ばあや様が悲鳴をあげた。


「水鏡院様っ!」

「よく覚えてましたね、タエさん」


――水鏡院?あの記憶を読む家の……。


「さあ、もう一度確認します。2年前、あなたに近づいたが、あなたは何も知らなかった。だが、あなたの記憶がどうしてももう一度確かめたいのです」



「何も知りませんから」


ばあや様はきっとした表情で威圧的な態度の男に言った。


「いつまでそんなことを言っていられるのか」


男はすっとばあや様の目の前まで膝を落とし、じっと目を見ようとした。ばあや様が目を瞑った。


――そうなのね……目を瞑ると、記憶が読めなくなるの?


「鷹条雅親のそばには、詰襟の男がいた」


水鏡院は、ばあや様の顔から目を離さずにそう言った。


「違うわっ!その人は弟さんよ!」


「弟?」

「目的の人が誰だか分からないけど、無害な、ただの弟さんなのよ!」


私は否定しようとしたのだ。


「だから放っておいてあげて!」


水鏡院が何を探ろうとしているのか分からなかったが、雅親さんのそばにいた誰かを探ろうとしているのなら、その人は目的の人ではないと庇おうと思ったのだ。目を瞑っても、記憶を盗み読めると分かって絶望した。


「面白い」


水鏡院は初めて笑った。


「なるほど。ようやく見つけた」


彼は嘲笑うように言った。


「丸眼鏡の詰襟の男は2年半前にも存在し、今も存在する」


水鏡院の目がすっと細くなった。


「それが帝都の貴公子のそばにいる」


独り言のように水鏡院が言った。


「それが偶然と言うのですか?」


私は悲鳴をあげた。


「違うっ!何を目的にしているのか分からないけれど、単に弟さんなのよっ!」

「帝都の貴公子には弟はいない」


ゾッとする口調で水鏡院は言った。


――帝都の貴公子に弟はいない?

私の背筋が凍った。


――まさか。

――まさか私……。

――言ってはいけないことを言ったの?



私は自分の発言で、雅親さんのそばにいた詰襟の男性に水鏡院が執着し始めた事に、責任を感じた。


こんな恐ろしい真似をする華族は、何をしでかすか分からない。立場を悪用し、高貴な生まれを盾に何をしてもいいと思っている輩がいるとすれば、目の前の男のような人を言うのだ。


「待って。私が勘違いして言っている言葉を鵜呑みにしないで!」


そこに、拳銃を構えた古賀が飛び込んできた。あとから、一色財閥の者たちが雪崩れ込んだ。


水鏡院は、薄く笑いながら壁に消えた。 まるで最初からそこにいなかったように。隠し扉のような仕掛けになっていたのか、その扉が反転し、水鏡院の体を飲み込んだのだ。


古賀はすぐさま私の縄を解いて、他の者がばあや様の縄を解いてくれた。


「ばあや!」


雅親さんが部屋に飛び込んできて、私がいるのに驚いた様子だった。


「ぼっちゃま、私は無事でした。こちらの方々が助けてくださいまして」


ばあや様が雅親さんに説明をしている間に、私は後悔の波に襲われて、雅親さんに駆け寄った。


「ごめんなさいっ!私が弟さんのことを話してしまったから……丸眼鏡に詰襟を着た弟さんのことを水鏡院が執着してしまって……」


私は泣きじゃくって、雅親さんの肩を叩いた。


「お願いします!弟さんを守って……私のせいで、弟さんに危険が及ぶわっ!」


私は泣き崩れた。


雅親さんの顔色が変わった。


「……詰襟に丸眼鏡?」

「2年半前のばあや様の記憶と、私の今の記憶に同じ人物が雅親さんのそばにいると言い出したの。私が弟さんよといったばっかりに」


雅親さんは、ばあや様の顔をハッとして見た。


「後輩さんのことですよ」


ばあや様は雅親さんに穏やかにそう言った。


「後輩さん?」


雅親さんは、何かが頭に引っかかる様子で、ばあや様に聞き返していた。


私は無事に家に帰れた。父にはひどく怒られた。華族様に目をつけられて面倒な事に巻き込まれて、嫁の貰い手がなくなる、政治に巻き込まれるな、色々なお叱りを受けた。


だが、その間中、私のせいで、あの恐ろしい水鏡院に弟さんが巻き込まれてしまう事に、私は後悔をし続けていた。



――私のせいだ。私が軽はずみなことを言ったから。


あの時、水鏡院が笑った理由が、今なら分かる気がした。




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