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最愛の貴公子様へ、忘れられた花嫁ですが、忘れた貴公子を保護しております  作者: 西野 歌夏
第四章 こんなにも愛されていたのを、初めて知った
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鷹条Side 失いたくなかった人

「帝、なんと今おっしゃいましたか?」


私はハッとして帝を見つめた。


「水鏡院家が花房の令嬢を正式に嫁に迎えたいと言ってきた。次期当主である二十六歳の澄哉君の本妻だ。澄哉(すみや)君はドイツに留学していたな」


私は頭の奥をガツンと何かに殴られたような衝撃を覚えた。


「私が帝に今、花房の令嬢と婚姻したいと相談したばかりでございます。その前に、水鏡院家から帝に申し出があったということですか?」


「そうだ」


――くっそ……遅かった。


私の手落ちだ。夏に帝にご招待いただいた葉山の別荘で結婚を決意してから、既に季節は秋も深まる頃になってしまっている。


私が記憶を取り戻して完全な状態になって、『先輩』とやらに打ち勝てるようになってからと、無意味な葛藤を繰り広げて記憶を取り戻そうとしている間に、完全に先を越された。


「遅かったな、雅親。既に花房の家には婚姻申込みがされたそうだ」

「えっ!」

「敵の動きが早いぞ」


私は奈落の底に落ちたように感じた。


――りんちゃんを失うわけにはいかない。


だが、その時だ。その感覚は初めてではないという気がした。


「どうした?」



帝が私の顔をのぞき込んだ。心配げな表情だ。


「いや……前にもこの感情を持った気がして……この強烈に失いたくないという感情を前にも持ったと思いまして」


「それだっ」

帝は、両手を叩いた。


「前からちょっと思っていたのだが、相手は記憶を読む家だ。あの時、2年半前のことだが、私に鷹条を退けなければならないと迫ってきたのは水鏡院だ。雅親は、水鏡院と一戦交えたのではないか?」


私はドキッとした。


帝に言われればそんな気もしなくもない。


「誰かを強烈に失いたくないと思った。それは、能力が覚醒した相手をお前が水鏡院に知られてさらわれると思ったからじゃないか?」


私は崩れ落ちそうになった。足がよろけた。覚えていないが、帝の言葉にはそうだと思える何かが感じられた。



――蛍狩りの日、鹿乃子さんはなんと言った?


『私が恋をしたのは別の方でしたって、2年前も私にあなたはそう言ったのよ……』


確かにそう彼女は私に教えてくれた。

――恋した別の人……?


――その人が、私の持つ鷹条の持つ香りの力を覚醒させたとしたら……?


「水鏡院はお前の能力が覚醒したことを知った。鷹条家を当然探るだろう。そして、なぜか、その後お前に何かが起きて、お前は記憶を失った。お前、まさかっ?」


帝は青ざめて私の顔を見た。

「……なんでしょう?」


「お前が仮にその女性とその……そういう関係になったから、能力が覚醒したのだとしたら、だぞ?水鏡院は、力づくでお前の力が覚醒した理由を再現しようとするのではないか?」


私は腰から崩れ落ちた。頭の中で、何かがもつれている。帝の言葉が真実に聞こえる。


「だから、愛する女性を守るために、お前は自分の力を自分に向けたんだ。記憶を読まれてその女性のことがバレないようにするために」


「私が……私の力を私に向けた?」

「水鏡院の力を使って、自分の記憶を読ませないようにしようと思ったら、雅親、お前はどうする?」


「私なら」


私はここでりんちゃんの顔を思い浮かべた。


――水鏡院がりんちゃんを奪うと分かっていたら、力づくで関係を迫ると分かっていたら。


「私は自分の記憶を消しますね」


口にした瞬間、自分でもぞっとした。


まるで、かつて本当にそうしたことがある人間の答えだった。


帝が無言になった。


真実に近づいた気が自分でもした。


帝の顔に、深い疲労が見えた。


「お前、今、私の心配をしたな?そうではないっ!これは雅親、自分の心配をするべきだ」


私はハッと我に返った。


だが、立っていられないような状況だった。床にへばりついたように腰が動かない。


「私が花房の令嬢と結婚をします」


「分かった。だが、水鏡院は引き下がらないぞ?私もお前に早く戻ってもらわないと、気が休まらない」


そこに帝の従者がそっと紙を帝に手渡した。


「タエさんという方がおるな?狙われている。お前の能力が覚醒した頃のことを知っている人物は、タエさんという方だから。家元が狙われたが、家元は自力で無事だった。だから、タエさんに向かったようだ」


私は弾かれたように立ち上がった。


――タエさん……ばあや!


「私の方からも人を向かわせている。お前も急げ」


「はいっ!」


私は部屋を飛び出した。


頼む、無事でいてくれ!




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