りんSide 先輩は追うのを好む
葉山からの帰りは、鉄道を選択した。帝には、せっかくだから、帰りは鉄道を利用したいと先輩が伝えていらしたのだ。
逗子から横須賀線に乗り、手を繋いで東京に戻った。
東京駅に着くと、汽笛が鳴り、人が溢れる中で、遠くから声が聞こえた。
「雅親様ーーー!!」
「なぬっ」
先輩が思わず声を漏らし、私も振り返った。
一色百合乃さんが、全力で走ってこられた。今日もモダンガールの格好で最先端のドレスを着ていらした。
「見つけましたわーーー!!」
私は体が固まった。
――百合乃さんが思い込んでいる弟が、私だとバレないだろうか?
先輩は、私の隣で頭を抱えた。
「な、なぜこちらに?」
「帝都新聞の記事を見て、あなたが噂の帝都の貴公子だと気づいたのですわ。そして、我が財力を使って、記事を追っていた記者筋からあなたちの居場所を知りました」
「なっ!」
先輩は……言葉を失ったようだった。
「新聞を賑わしているのは、あなたね?」
百合乃さんの鋭い視線が私を値踏みするように上から下まで眺めた。
「ふーん、勝てそうだわ」
百合乃さんは腕組みをして私に言った。
「君、そういう所からして、もう無理だよ」
先輩は百合乃の付き人がいないかと、あたりを見渡した。やはり、少し離れた所に申し訳なさそうな顔をした付き人のような者たちがいた。男性二人、女性一人。三人とも洋装だ。一色財閥に務める方たちであろう。
「今日は弟さんはいないのね?」
途端に先輩が咳き込んだ。
「車で送ってあげようと思って来ましたのよ」
百合乃さんは甘えた仕草で先輩の腕にそっと腕を添えた。先輩はさりげなくその手を優しく外して、無邪気な笑顔を浮かべる百合乃さんを見た。
「私には愛する人がいるんだ。君ではない」
「百合乃、諦めませんからっ」
百合乃さんは、瞳をキラキラさせて先輩にキッパリと言った。涙が滲んでいる。先輩はため息をついた。
私はいたたまれない気持ちでいっぱいだった。弟と思っている人と同一人物だとバレてはまずいし、百合乃さんの可愛さと美しさに、身がすくむ思いだった。
どちらが、先輩に相応しいのか。世間はどう思うのだろう。
「送っていただきましょう」
私は先輩に提案をした。
「えっ?」
「あら?あなた、話が分かるじゃない」
だが、先輩はキッパリと言った。
「私に近づく者は嫌いだ。私は追うのを好む。追われるのは好きではない」
先輩は突然すごいことを百合乃さんに言った。よく通る低い声で。
「やだ、百合乃……追ってた……」
「でしょう?」
先輩のその一言で雷に打たれたような表情になった百合乃さんは、引き下がった。どこか呆然とした様子で。
百合乃さんの横を先輩は私の手を引いて通った。百合乃さんは、どこか遠くを見るような表情で東京駅の雑踏の中に立ち尽くしていた。
振り返ると、お付きの方たちが百合乃さんに駆け寄って行っていたので、私は安堵した。きっと、あの方たちが百合乃さんのお世話をしてくれるだろう。
こうして葉山への旅は終わった。 だが——本当の戦いは、これからだと私はまだ知らなかった。




