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鷹条Side ⸻『先輩』とは誰だ

私は全然眠れなかった。りんさんが隣の部屋で寝ていると言うだけで、心臓の鼓動が止まらない。


激しい雨音が耳につく。


りんちゃんの濡れた髪。

浴衣。

胸に飛び込んできた感触。

細い肩。

震える睫毛。

甘い香り。


今晩のことが、私の頭から離れない。


何度も寝返りを打つが、胸のうちに起こった炎のような熱さを宥めようとしても、無理だった。


もどかしい。

胸が苦しい。

どうしたらいいんだ。

りんちゃんを見るたび、胸がざわつく。

今晩は、触れたいと思ってしまった。



俺は何をやっているんだ。


濡れた髪に触れたい。細い首筋に濡れた髪が落ち、私の体の中の熱くたぎるような炎がおさまらない。

男の本能というものが、ここにきて急に私を襲った。


私は自分が男であることを、これほど意識したことはなかった。


――自制しなければならない……?

――あぁ、自制しなければならないんだよ、雅親(まさちか)


――眠れない……。


――抱き寄せた感覚が私の体から抜けない。

――あれは……一体……何の記憶なのか……?

――俺の今の感情なのか?

――以前に俺が抱いた女性の感覚なのか?


――もう、分からない。

――本当に訳が分からない……。


悶えてしまう。

りんちゃんを求めてしまう。

――俺は最低だ……ここで男を出してどうするんだ?


私は頭を押さえた。


――駄目だ。

――駄目だ。


――りんちゃんは、俺を信頼している……。


――なのに私は、彼女を女性として見ている。




その時だ。


隣室から、小さな声が聞こえた。


「……先輩……」


胸が止まる。


――なんだ?

――寝言なのか?


「行かないで……」


私は息を呑んだ。


そっと体を傾けた。

確かに、りんちゃんが話している。


「好きでした……先輩……」


世界が止まる。


「お願い……もう一度、抱きしめてください……」


私は世界が崩れ落ちるような錯覚を覚えた。


「先輩……もう一度……抱きしめてください……」


――先輩って誰だ?

――りんちゃんの昔の男なのか?


あんな純情そうなりんちゃんに、好きな男性がいた。


私はそれだけで、発狂しそうになる思いに囚われた。


――あぁ、この感情は嫉妬だ。

――俺は、今、りんちゃんの昔の男性に嫉妬してしまっているのか。


――その男に負けたくない。


得体の知れぬ熱が込み上げた。


先ほどまで抱きしめたいと思っていた感情が、余計に強くなり、私は枕に突っ伏した。


――あぁ、ますます眠れなくなった。


今日、会ってきた一条家、三条家、九重家のことに集中しようと思ったが、ダメだった。


綾小路家のとりなしもあり、私の記憶が戻れば、彼らは協力してくれることを約束してくれた。


ただ、婿になって欲しいという思惑を感じなかったと言えば、嘘になる。


いずれの華族にも、年頃の若い娘がいる。


私は深いため息をついた。


雨の音が止まない。


障子の向こうが明るくなるまで、私は悶々とした夜を過ごした。


夜が明けても、私の胸の熱は消えなかった。



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