僕と会計と新歓期間と ~腐れ縁~
すいません、タイトルをちょっとだけ変更します。
今回の話のメインは『義妹』ではなかったなー、ということで……。
新年度が始まった。
昨日の入学式もつつがなく終了し、今日から授業も始まる。
新しいクラスで始まる、新たな日常というわけだった。
期待に胸が躍る。
「楽しみだなあ」
僕の新たなクラスは、2年A組。
教室の黒板には名前順で決められた座席表が書かれている。僕はそれに従い、ドア際の列の一番後ろの席に座った。
既に教室内にはホームルームを控える生徒たちが、思い思いの時間を過ごしている。
僕はと言うと、クラス名簿で誰が同じクラスなのかを確認していた。
「悠輔、今年も同じクラスね。これで小中高合わせて11年目よ。奇跡よねこれって」
「……そーですね」
僕の隣にやってきたのは、幼馴染の櫻井山桜桃。
驚くべきことに、彼女と違うクラスになったことがない。小学校でも中学校でも高校でも、いつも山桜桃と同じクラスになるのだ。
気持ち悪いくらいの腐れ縁である。
「あら、もっと嬉しそうな顔をしてもいいんじゃないの?」
「今更何の感動も起きない……。10回もクラス替えをしたのに、毎回お前と同じクラスになるって、どれだけ確率の低いことなのかな」
「私と悠輔なら100%よ」
自信満々に言わないでほしい……。
「まさかお前、教師を脅したりしてないだろうな」
「心外ね。今年はやってないわよ」
「どの年はやったんだーっ!?」
「冗談よ。本当に、運が良いだけ。私は……凄くラッキーなのよ」
そう言って、山桜桃は微笑んだ。
幸せを噛み締めるような、その穏やかな表情。
本当に、嬉しそうだ。
何だか照れてしまう。こっちまで嬉しくなってくる。
「おーす。朝からイチャついてっと周囲の人間がイライラすんぞー、と」
教室の後ろのドアから、友人の杉村恭一が入ってきた。
180cm近い長身、色素が薄めの短髪、素の状態でも人を威圧しかねないくらいに鋭い目つき。それなりの付き合いのある僕や山桜桃ならば、杉村の機嫌の良し悪しも分かるが、そうでなければ常時不機嫌に見えそうなくらいの強面である。
こんななりでも生徒会副会長なのだから驚きだ。
「あら、杉村。彼女が非実在青少年だとイチャイチャできなくて大変ね」
「言ってろ櫻井。真実の愛は、相手の居場所を選ばねえ。相手が蛋白質で構成されてるかいないかなんて些細なこった」
真顔でこういうことを言ってしまうのが杉村恭一という男だ。
オタクの中でも割と極まってしまっている類なんじゃなかろうか。
友人としては早く三次元に復帰してもらいたいところなのだが、一方で、杉村が不良から更正できたのは二次元のおかげということも考えると複雑だ。
「それよか櫻井、胸、またでかくなったんじゃねえの」
「服を着ていても分かるなんて中々やるわね。ブラのサイズがFからGになったわ」
山桜桃以外が相手でなければ引っ叩かれてもおかしくないレベルのセクハラ発言を繰り出す杉村。
それに対し、両腕を胸の下で組んでこれでもかというくらいに巨乳ぶりを強調してみせる山桜桃も相当なものである。
「胸といえば、雄漂木、お前の妹ちゃんもでかかったよな」
「真顔でこっちを向くな。あと凛々恵のことをいやらしい目で見るんじゃねえ」
杉村の表情には、いやらしいところが全く無く、純粋な感想として言っているのが分かる。それがどうした、という話ではあるが、露骨に鼻の下を伸ばされるよりずっといい。
男子は皆おっぱい好きだしな!
「人のことを言えるのかしらね、悠輔。凛々恵ちゃん、言ってたわよ。悠輔の視線が胸にばかり向いている、ってね」
「おいおい僕は紳士だぜ。まかり間違っても女性の胸にばかり視線が行くことはない。そりゃまあ、全く見ないわけじゃないよ? たまには視界内部に収まることもあるだろうさ。だがまるで僕が凛々恵の胸を視姦しているみたいな言い方はやめてくれよな。まあ日常生活でチラッと谷間が見えたり、Tシャツ着てる時の膨らみ具合がめっちゃエロかったりっていうのはあるけども」
「仮にあなたが紳士でも、きっと変態という名の紳士よね……」
山桜桃が呆れていた。
「でもあんな綺麗な子が一緒に住んでたら、実際、気が気でないんじゃねえの。どこのエロゲだっつー話だよ」
杉村が僕の肩に手を置いて言った。
ごもっともな意見だ。現実として、僕は時折、凛々恵を見てドキッとすることがある。
風呂上がりの凛々恵の色っぽさにドキッとしたり、ちょっと屈んだ時にパンツが見えそうになってしまう瞬間にドキッとしたり(ちゃんと目は逸らすけどな! 紳士だから)、スカートを履いてソファに座っているとき生足にドキッとしたりするのだ。
初めのころより凛々恵も家に馴染んできて、その分、隙が出来ているのだろう。家族として馴染んでくれることはとても嬉しい反面、女性としてあまり隙は見せないでほしいものだ。若い男子のハートを刺激するのはやめていただきたい。
決して僕がいやらしいわけではない。生物として、人間として、男子として、当たり前の反応を見せているに過ぎないのだ。
「凛々恵か……そう言えば、凛々恵は上手くやってるかな」
幼稚園、小学校、中学校と一貫の女子校に通っていたらしく、共学の学校は初めてだと言っていた。
周囲は知らない人間ばかりだろうし、さぞ不安なことだろう。ただでさえ、高校に入ったばかりは勝手も分からないと言うのに。
「そう言えば……凛々恵ちゃんって、どうしてわざわざエスカレーター進学せず、この高校に来たのかしら」
「そりゃ、再婚して家がこっちになったからじゃないのか」
「そうは言ったって、電車で通ったり出来る距離でしょう。凛々恵ちゃんに前、学校の名前を聞いたんだけど、ここからでも通学時間は一時間もかからないわよ」
え、そうなのか。
初耳だ。
ホントに僕の知らないところで凛々恵と仲良くしてるのな、山桜桃の奴。
ちょびっとジェラシー。
「まあ……言われてみれば変、かな? エスカレーター進学より通学時間を取ったってことなのかな」
「そういうタイプには見えねえけどな、彼女」
杉村の言うことももっともである。
僕の聞いた限り、山桜桃の通っていた学校は名門の私立校だ。
比べてウチの学校はごくごく普通の公立校。
面倒臭がりな人間ならまだしも、凛々恵のような真面目なタイプならば、多少遠くても名門私立を選ぶものじゃないのか?
「学費のこととか、気にしたんじゃねえの。私立は高えだろ」
「どうなんだろ……」
凛々恵の謎が増えたが、僕らの思考はチャイムが鳴り響いたことで途切れさせられた。