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夢現逃花 —ムゲントウカ—  作者: ふぁる
アルマゲドン編
129/181

アダムの疑似ダイブ

『う……うーむ。クソ、上手くいかねぇな……なんでだぁ? バカの俺には難しいんだっつーのっ! 小娘の叔父めぇ……』


 突然唸る様に発せられたその声に、里桜とレアンは驚いてアルカの方へと視線を走らせた。


 アルカがブツブツと悪態をつきながら封印されていた手脚をぐっと動かすと、封印はいとも簡単に解かれ、エメラルドグリーンの泉の中にバシャリとしぶきを上げて膝をついた。


『お? とれたのか? 動いてるな。うん、よしよし』

「アルカ!?」


里桜が叫ぶと、彼は灰色の髪をサラサラと肩から零し、ブルブルと獣の様に頭を左右に振った。


『小娘か!? そこに居るのか!? クソ、見えねぇっ!』

「アダムさん!?」

『おう! ……えーと、こうか!?』


 アダムはスックと立ち上がると、バシャバシャと泉の中から這い出た。レアンがアダムに手を貸そうと差し伸べた手を素通りし、クルリと背中を向けた。どうして突然背を向けたのだろう、と不思議に思って見つめていると、アダムは後ろ向きのまま突然猛スピードで駆けだした。


「ちょっと……アダムさん? 怖いよ!! 何してるの!?」

『怖い? 俺どうなってんだ?』

「後ろ向きだよ」


ズシャッ!! と豪快に転ぶと、アダムはその場でシャカシャカと両手足を動かし、夢現逃花の花畑の上でまるで水泳でもしているかの如く奇妙な動きをし出した。


 気味悪い……と、里桜は正直な思いを脳内に浮かべ、アダムから後ずさった。


『うおっ!! 動かなくなった!』

「アダムさん、怖いったらっ! 何なの!?」

『小娘の叔父から貰ったハッキングツールがよぉ、いまいち使い方が分からなくてなぁ』

「え!? ヴィベルさんがそんな凄いツールを渡してたの!?」


——流石ヴィベルさん。私のお師匠様……! 

 と、思ったものの、アダムの気味の悪い動きを見つめ、里桜は前言撤回したい気持ちになった。


『やっとアクセスできたと思ったら、映像が見えねぇんだよ。座標軸は表示されてンだけどよー』

「映像の接続ができないの? それなら、コンソール開いてみたらどう?」

『コンソールって、あの変なノートパソコンみてぇなやつか』


 アダムから『バタバタ。ガチャン。ギ……ギギ』と、音が響く。恐らくマイクが周囲の音も全て拾っているのだろう。里桜は増々気味が悪いと顔を引きつらせた。

 レアンも苦笑いを浮かべ、横たわるアダムの身体を起こし、座らせた。


『お! 見えたっ! よぉ小娘。それにガブリエル!』


目の前に居るというのに大げさにブンブンと両腕を振るアダムに違和感を覚えながら、里桜は「うん。久しぶり……」と、答えた。


『アリエルの救急車呼びに行ってる間に、俺を置いて皆でアルマゲドンにダイブしちまうんだからよぉ! すっげー焦ったぜ!』

「ゴメン。私達もちょっと混乱しちゃってて……。アダムさん、それ、どうやって身体を操作してるの?」

『あ? 義手と筐体を接続してな、ゲームのコントローラーで動かしてンだ。マイクや音声もコントローラーから出るぜ!』


——なにそれ、面白そう……


『ガチャン! あっ! やべっ! お茶零した!! バタバタ……ゴン! ぐおっ!』

「アダムさん、音声全部拾ってて気持ち悪いよっ!!」


座ったまま動かないアルカの身体から、周囲の音も含め発せらるというのはなかなかにシュールなものだ。里桜は涙目になってレアンの腕にしがみついた。


『パリパリ……モシャモシャ。で、お前らアルマゲドンの居心地はどうなんだ?』

「アダムさん、何食べてるの?」

『ポテチ』

「……すっごく音響いてるんだけど」

『パリッ。モシャモシャ。ごっくん。グビッ。グビグビっ。プハー! やっぱポテチにはコーラだなっ! ゲーップッ』


——この人、ホントに現実世界を満喫してるみたい……。

 と、里桜は苦笑いを浮かべた。


 レアンがコホンと咳払いをすると、「まずはアダムが無事な様で良かったです」と言って、ふわりと自らのマントを敷き、完全にドン引きしている里桜に座る様にと勧めた。


『おう。そっちの様子はどうなってんだ?』


アダムの問いに里桜は口を閉じて俯いた。レアンが気遣う様に里桜の頭を撫でて、代わりに答えた。


「兄上は大天使の長としての役割を全うする為に、神殿に籠っておいでです」

『大天使の長だぁ? そっちの世界に行っても相変わらず忙しいんだなぁ。小娘の叔父とか、他の連中は?』

「……ヴィベルと総一朗は、行方を(くら)ましたアリエルとカフジエルを追っています」

『ミシェルの命令でか?』

『いえ。お二人は兄上と決別しております」

『あ!? なんだそりゃ。なんでンな事に!?』


「……兄上が、エルネスト側についたからです」


ガチャン! と音がし、アダムがガクガクと動いた。恐らくコントローラーを落としたのだろう。


『どういうこった!? ミシェルもお前も養父を嫌ってんじゃねぇのかよ!!』

「当たりまえでしょう!! 誰が好き好んで!!」


里桜が怯えた様に震え、レアンが慌てて宥める様に里桜の肩に優しく触れた。癒えたはずの腹部の傷が疼き、その痛みに眉を寄せる。


『アリエルはどうしてるんだよ。行方を晦ますって、どういうことだよ。ミシェルの奴と一緒に居るんじゃねぇのか?』


里桜の怯えた様子がモニタを通してアダムにも伝わったのだろう。声のトーンを落として静かに聞き、レアンは首を左右に振った。


「兄上はエルネストに忠誠の腕輪を付けられています。ですから尚更に自分の周りには皆を寄せ付けない様にしているんです。会話が全てエルネストにも聞こえてしまうのだとか」

『ンだよそいつぁ! ミシェルはエルネストのペットじゃねぇだろう!!』

「兄上自ら望んだ事なんです」


 恐らくそれは、里桜の為に自分を差し出したのだろう。と、レアンは唇を噛みしめた。


『あいつ、また一人でなんか背負ってやがんだな……? クソ!! なんでいつもそうなんだよ』


アダムが深いため息をついた。里桜は唇を噛み、瞳を閉じた。


——一体、どうしてこんなことになっちゃったんだろ……。

 最初はアルマゲドンにダイブして、アルカを現実世界に連れ戻すだけの予定だったのに、一体どうしてこんな、仲間割れみたいになってしまったのかな。

 ファメールさんは、どうしてエルネストの言いなりになってしまったの? 現実世界には、もう戻るつもりが無いの?


 不安で震える里桜を宥めるレアンの様子を見て、アダムは『あれ?』と、声を上げた。


『なんだお前ら。ヤケに仲いいじゃねぇか』

「え? あ、ごめんね、レアン!」


 アダムの言葉に、里桜はレアンに甘えている自分が恥ずかしくなり、慌てて離れようとしたが、レアンが里桜の頭を優しく撫でてフワリと肩を抱いた。

 ガブリエルの甲冑は里桜に会う時にはいかついので外しており、大天使達が揃いで身に着けている群青色のコートごしに、レアンの筋肉質で逞しい胸板に触れ、その包容力に思わず頬を染めた。


「レアン? あの……」

「アダムの言った事は気にせずそのままで。それよりアダム、ハッキングの時間には注意が必要です。エルネストはアルカの身体を乗っ取っているのですから」

『へ!? じゃあ、俺も入れると3人でこの身体を使ってるってことか!?』

「ええ。エルネストは正午から正子の時間まで眠りにつきます。今は丁度眠っているから問題ありませんが、覚醒している時にそのツールを使えば、恐らくなんらかの対処をしかねません」

『しょうごからしょうしって??』

「昼十二時から夜の二十四時までということです。とにかく、兄上と相談をしますので、方針が決まるまで暫しお待ちください」

「あの、レアン……」


 おずおずと見上げた里桜にレアンがニコリと優しく微笑むので、里桜は遠慮がちに身を預けた。どうしても、エルネストが自分の祖父であるという事実が、里桜の中で深く突き刺さる。それでもレアンに抱かれていると、不思議と心が落ち着くのだ。

 アダムはその様子を見て、里桜にはガブリエルが一番似合いだなと思った。


『確かになー。優しいし正義感あるし、頭も顔も身体も金銭面も全てパーフェクトだよな』


ブツブツと言ったアダムの言葉に、里桜が「何が?」と聞くと、アダムはあっけらかんとして答えた。


『いや、小娘の結婚相手はガブリエルが一番似合いだろうなって思ってよ』

「……え?」


突然何を言い出すのかとポカンとした里桜に、アダムは更に続けた。


『ガブリエルの奴はよ、小娘以外うけつけねぇしなぁ。うん、いいカップルなんじゃねぇの? 小娘だって、ガブリエルの奴と一緒に居ると落ち着くんだろ?』


里桜は強がって微笑んだつもりで、ぎこちない笑みをアダムに向けた。アダムはハッとして口を閉ざし、失言だったと申し訳なさそうに里桜を見つめた。


「全然ダメなの。私、こんなだし。子供も産めないし。誰かに好きになって貰ったりする資格なんか無いもの……」


 ぎゅっとTシャツの裾を握りしめて、里桜は苦し紛れに笑みを作ろうとした。ほら、私はこんなにもみっともないでしょう、と言わんばかりに。


——もう、まともにおしゃれを楽しむ気持ちにもなれない、みっともない自分にガッカリとする。だからファメールさんも会いに来てはくれないのかな。毎日ぼうっと何をするでもなくプティタンジュ達の様子を眺めているだけの私なんか、顔も見たく無いに違いないもの。


『悪い、小娘』

「アダムさんがどうして謝るの!? 私こそゴメンネ! なんか気を使わせちゃって」

「リオ」

「レアンも、ごめんね。そんな、気を使わなくても私、大丈夫だから」


 レアンが里桜を優しく抱きしめた。強がる里桜があまりに痛々しく、見るに堪えない。


 例えどんなにかみっともない状態であろうとも、レアンにとって里桜は大切な人に変わりはない。けれど、それを口にする事で、里桜の気が咎めて罪悪感が増すのであれば、何も言わずにこうして抱きしめる他無い。

 アダムは二人の様子を見つめて、やっぱりお似合いじゃねーかと思いながら、ふっとため息をついた。


「アダムさん、ヘッドマウントディスプレイを使ってみたらどうかな? その方が映像も全方向見れて不自由無いんじゃない?」

『お! そうかっ! ゲームで使ってた奴があるなっ!』

「義肢の神経系に接続してみては? そうすれば疑似ダイブの様になりませんか?」

『成程なぁ。よし、ちょっとやってみるぜ!』


ガコン!! と、音が鳴り、アダムがガックリと項垂れた。恐らくコントローラーを放り投げて、ヘッドマウントディスプレイを取りに行ったのだろう。里桜は『やっぱり気持ち悪い』と、苦笑いを浮かべてため息をついた。


「リオ、あまり()()()()()()を貶さないで頂けますか?」


レアンの言葉にドキリとして、里桜は慌てて謝った。


「あ……え!? ご、ごめんなさい! 私、貶しちゃった?」

「はい」

「ごめんね。あの、全然無意識だったかも……その、お詫びさせて。私……」


レアンが里桜を抱きしめる腕をぎゅっと引き寄せた。


「愛しています、リオ。ですから、貴方は自分を貶す事を言わないでください。貴方は素晴らしい女性なのですから、もっと自信を持ってください」


カッと顔を赤らめて、里桜は戸惑う様にレアンを見上げた。


「で、でも私……」

「愛しています。リオ。誰よりも」


ドキン!! と、心臓が激しく強く鼓動した。こうも真っ直ぐに言われると、目の反らし様が無い。


「……ありがとう、レアン」


優しく見つめるマリンブルーの瞳を細め、レアンが微笑んだ。


「ただいまぁ! お! おおお!?」


アダムが首を左右に動かして、嬉しそうににっかりと笑った。


「すっげぇ! 疑似ダイブだなっ!」

「しかしアダム。エルネストに感づかれない様に慎重に。あまりそのツールは使わない方が良いでしょう」

「折角疑似ダイブしたってのにもうお役御免か!? 俺だって活躍してぇ! エルネストの奴をぶん殴ってやんだっ!」


……自分の身体を殴る事になっちゃうよ、ソレ。と、里桜は苦笑いを浮かべた。

 アダムの性格上、無茶をし兼ねない。とはいえ、説得に応じる様なタイプでも無く、里桜はどうしたものかとアダムを見つめた。


「いえ、えーとですね」


レアンがコホン、と咳払いをし、アダムをどう言えば手名付けられるだろうかと考えながら言葉を発した。


「つまり、アダムは秘密兵器というわけです」

「お!? なんかすごそうだなっ!」

「ええ。強力な武器は隠し通しておくことが原則でしょう。ですから、ここぞという時には合図を送りますから。今はその時ではないということです」

「おう! 分かったぜ!」


——流石レアン。アダムさんの扱い方が手慣れてる!

 と、里桜は感心した。


 レアンはファメールへの報告用に、紙に里桜の様子に加え、アダムについての事を記載すると、「私はそろそろ神殿に戻ります」と立ち上がった。


「リオ、プティタンジュ達と居るのは良いですが、あまり無理をせずに」

「うん。有難う、レアン」


里桜はレアンの手をきゅっと握った。行ってほしくないという思いから、つい出た行動だった。


「……リオ?」

「あ……ごめんね、レアン!」


 里桜は何となく感づいていた。自分を庇う為に皆がどれほどに傷ついているのか。特にファメールが、どれほどに自分を追い込んでいるのだろうかと思うと、何もできない自分にただただ不甲斐なく思うだけで、苦しくて堪らないのだ。


 里桜の気持ちを察して、レアンは優しく里桜の頭を撫でた。


「心配要りません。大丈夫ですから。兄の事も私が支えます」


レアンはファメールを支えると、ずっと昔から心に決めていた。だからこそ、こうしてファメールの代わりに里桜の元へと訪れては、里桜の様子を報告しているのだ。恐らく兄は、興味のないフリをしながらもその報告書を待ちわびているはずだ。


 自分の首には『F』の刻印がある。現実世界の自分はもう死んでいるのかもしれない。


 里桜が現実世界に帰ったのなら、自分は側に居られない。それならば、今できることに全力を尽くすしかないのだ。

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