重責
「ラファエルさん。カインの復元プログラムを作ってくれて感謝してるわ。貴方が居なかったらどうなっていたことか」
アリエルが申し訳なさそうにヴィベルを見つめながら言ったので、ヴィベルは慌てて首を左右に振った。
「いえ。自分の兄弟を救う為ですから、当然の事ですよ」
「兄弟?」
「私も、エルネストの養子になる予定だったんです」
「……そうだったのね」
あっさりとその事実を受け入れると、筐体に寄りかかりながら、アリエルは長く美しい脚を組んでため息をついた。
「私にとっても、彼らは兄弟のようなものなのよ。ミシェルは認めないでしょうけれど」
「アリエルさんもエルネストと関わりが?」
「まぁ、そうね……とてもお世話になったわ。とにかく、貴方がダイブした後のミシェルの話をするわね」
アリエルはため息をついて、ヴィベルがアルマゲドンにダイブした後の話をした。
すぅっと瞳を閉じ、規則的な寝息を立てるヴィベルの様子を満足げに見つめた後、ファメールが簡易ベッドへと腰かける様子をアリエルは強烈な睡魔に耐えながら見つめていた。アリエルの妨害を防ぐ為に、ファメールが掛けた睡眠の魔術は、恐ろしい程に強力だった。
ズキズキと肩が痛む。アリエルは自分の肩に血が滲むほど強く爪を立て、痛みでもって睡魔を抑制していたのだ。ファメールを、アルマゲドンにダイブさせたくないという一心で。
うなだれて、暫く何かを考えこむファメールの姿を、祈るような思いで見つめた。
——お願い。私を置いて行かないで。貴方の居ない世界なんて、私には何の意味もないところなのだから……。
「アリエル。キミをエルネストに会わせる訳にはいかない」
呟く様に放ったファメールの言葉にアリエルは僅かに息を飲んだ。
——どういうこと? エルネストさんがアルマゲドンに居るということを、彼は知っているの?
と、アリエルは口を開く事もできず、じっとファメールの言葉を聞いていた。
「全く……僕という足枷が無ければ、キミはエルネストからとっくに開放されていたはずだというのに。まんまとエルネストの罠にはまってしまうんだから。……キミの様に真っ直ぐにしか生きられない人間にとっては、この世界は余りにも生きにくいというのにね」
——生きにくい。ええ。本当に、その通りだわ。私の想いを、貴方はどうして受け入れてくれないの?
じんわりと涙が浮かび、ファメールの姿がぼやけた。
「すまない。僕はキミの期待には応えられない。だから、キミはこちらの世界で生きていくんだ。キミを受け入れてくれる人は沢山いるだろうから、僕の事は忘れてくれ」
ファメールはすまなそうに微笑んだ後、意を決した様に詠唱を始め、自らの首をぎゅっと絞めこんだ。その様子をアリエルは愕然として見つめた。
——ミシェル、貴方、まさか……!! 死んでダイブするつもりじゃ……!!
「ダ……めっ!!」
アリエルがファメールを止めようと必死に手を伸ばしたが、その手が届かないままファメールがベッドの上へとその身を委ねた。
「ミシェル!!」
這う様に簡易ベッドの側へとなんとか近づくと、身動き一つしないファメールをアリエルは震える手で触れた。冷たいその肌に驚き、アリエルはそのまま眠りについた。
「冷たい? では、アルマゲドンにダイブしていた時、私も冷たくなっていたのでしょうか……」
アリエルの説明を聞き終えて、ヴィベルがゾッとして言った。
「いいえ。顔色からして違ったもの。触ってみればわかるわ。まるで死人の様に冷たくなっているのよ。ゆっくりだけれど心臓が鼓動しているから、死んでいるわけでは無いようだけれど」
ヴィベルはエデンの時の魔術についての情報を記憶から引っ張り出し、苦々し気にため息をついた。
「なるほど。恐らくファメールは自分に封印の魔術を施したのでしょう。私には眠りの魔術を施し、里桜が現実世界に戻るタイミングに合わせて私も目覚めるように設定した。ファメールならばやりそうなことです」
「どういう事なの? 眠りの魔術と封印とでは、何が違うの?」
「眠るだけならば外部からの刺激で目を覚ます事も可能ですが、封印となるとそうはいきません。それを解く術は術者本人しか知りえないんです。つまり、ファメール本人を問いただすしか無いということになります」
問いただしたところで素直に答えるような性分ではないだろう、と、ヴィベルは苦々し気に唇を噛みしめた。
「一体どうしてそんな事をしたのかしら」
「里桜の為でしょう。里桜をこれ以上巻き込みたくはない。だから自分がエルネストの元に戻り、それで決着をつけよう。そう思ったのでしょうね」
「確かに、ミシェルらしい考え方だわ。彼は何でも一人で背負おうとするから」
「なんとも賢し過ぎるとは不憫なものだな」
総一朗が気の抜けた様にそう言うと、頭を掻いた。
アリエルはヴィベルが睨めっこしているモニタを覗き込むと、「凄いわね、何をやっているのかチンプンカンプンだわ」と、感嘆の声を漏らした。
「ラファエルさんがコンピューターの専門家で本当に良かったわ。私が手助けできることがあるなら何でも言って頂戴。少しでも役に立ちたいのよ」
「ほう! 聞いたかラファエル! 脈ありなのではないか!?」
アリエルを眺めながら総一朗が言い、ヴィベルは思わず振り返った。勿論、アリエルには総一朗の言葉など聞こえてはいない。
「……総一朗、何考えてるんです?」
「フランスでは同性婚も認められているだろう? 私がミシェルならば喜んで結婚するがな。どことなくリタに似ていないか?」
「え? 姉さんにですか?」
と、アリエルをじっと見つめて、確かに少し似ている気もしなくもない。と、考えた後、首を左右に振った。リタと里桜も良く似た母子だ。それならばアリエルと里桜も似ているということになる。男性に似ているだなど、里桜に失礼だ。
「似ていますが似ていませんっ!」
「なんだ、お前。ちょっと気があるのではないか?」
「違いますよっ!!」
「しかし美人は美人だろう? ミシェルといい、ガブリエルといい、エルネストは7大天使を顔で選んだのか? 皆美形揃いではないか?」
「……ちょっと待ってください。その考えで行きますと、そこのガラの悪いおっさんもイケメンということになってしまうじゃないですか」
「ラファエル、お前私を何だと思っているのだ?」
「ムカツククソ親父ですよっ!! ちょっと、いいから黙っていてください!」
怒りを露わにしたヴィベルに、総一朗は大人しく口を閉ざした。
「いぶし銀のおじ様と喧嘩でもしたのかしら?」
心配そうに言うアリエルに、ヴィベルは「あんな変態親父なんか気にしちゃいけません!」と、ぷりぷりと怒りながら答えた。アリエルはヴィベルのその仕草がファメールに似ているなと少し思って、親近感を感じながら見つめた。
ヴィベルはアリエルのその視線には気づかずにキーボードを叩いており、総一朗はそれをニヨニヨとしながら見つめていた。
夢現逃花の甘い香木の様な香りがマシンルーム内に充満しており、筐体に取りつけられた冷却ファンや空調設備の風で白く小さな花が揺れている。一見室内であることを忘れてしまいそうな程に広いが、ヴィベルの操作する端末周辺以外は明かりが落とされており、花畑の中にポツリと浮かび上がった空間で端末を操作しているという奇妙な光景となっていた。
「あの、ヴィベルさん……」
小さな声が聞こえ、ヴィベルは驚いてマシンルームの入口の方を見つめた。薄手のガウンを身に纏った里桜が腹部を押えながらそこに立っており、総一朗は里桜に姿を見せまいと素早く筐体の影へと身を顰めた。
「里桜! まだ休んでいないとダメですよ!」
「でも、心配で……」
「アルカの復元プログラムはもうすぐ完成します。任せてください!」
「私も何かしないと落ち着かないんだもん」
「里桜が休んでくれていないと、私が心配で手が動かなくなってしまいますよ!」
アリエルも心配そうにヴィベルの言葉に賛同し、里桜の側に行くと優しく肩に触れた。
「部屋に戻りましょう、アンジュ」
「でも……」
「ラファエルさんに任せておけば大丈夫よ。信頼してるんでしょう?」
「うん。そうだけど」
アリエルに任せよう。と、二人のやりとりを聞きながらヴィベルは少しホッとした。アリエルが里桜を気遣い、思いやってくれているのだと思ったからだ。
「一緒に部屋に戻りましょう? 無理はダメよ。アンジュの身体に何かあったら、ミシェルの子供を産んで貰えなくなっちゃうじゃない」
アリエルのその言葉に、里桜はハッとした。
——……そっか。アリエルさんは男性だから、ファメールさんの子供は産めないんだ。だから私に気を使って優しくしてくれるんだ。
「あのね、アリエルさん。私……」
「小娘はもう、ガキなんか産めねーぜ」
アダムがマシンルームへと乱入してくると、やれやれと肩を竦めた。
「ったくよぉ。水持って行ってやったらベッドがもぬけの殻なんだからなぁ、冷や冷やさせやがって」
「ちょっと待って! 何言ってるのよ!?」
「あ?」
「子供が産めないって、どういうことよ!!」
アリエルに詰め寄られ、アダムは耳垢をほじってふっと吹くと、片眉を下げた。
「あんな怪我したんだ、当たりまえじゃねーか。あの後他の医者にも見せたら処置が早かったから一命を取り留めたって驚いてたぜ? ガブリエルのおかげで生きてられたんだ。命あっての物種だろ? ガキなんか産めなくったって別に構わねぇじゃねーか」
「ふざけないでよ!」
アリエルが乱暴に里桜を突き飛ばした。夢現逃花の白い花びらがパッと散る。床へと倒れ込んで里桜は腰を打ち、そして腹部の激痛に思わず両手で押さえた。
「里桜! アリエルさん、なんてことするんです!!」
ヴィベルが慌てて里桜の側へと行き、労わる様に抱きかかえた。
「妊娠できないですって? なによそれ。貴方なんか不良品じゃない!!」
「おい、アリエル。おかしなこと言ってんじゃねぇよ。小娘が生きてて良かったって、そこは喜ぶところだろ?」
「喜べるものですか! いっそ死んでくれたら良かったのよ! その方がミシェルも諦めがついて別の女性に目が向けられるじゃない!」
「なんてこと言うんです!!」
怒鳴りつけたヴィベルにアリエルはキッとサファイアの様な瞳で睨みつけた。
「アンジュは貴方が引き取ってよね!? そんな役立たずなんか連れて行って頂戴!」
「貴方にそんな事を言う資格なんか無いでしょう!!」
「有るわよ! 私はミシェルの婚約者なのよ!? 彼が私以外とつきあうのなら、私にはそれを許可する権利があるはずよっ! 絶対に赦さないわ! もう二度と彼に近づかないでちょうだいっ!!」
「あ……アリエルさん。ごめんなさい」
激情するアリエルに怯えながら、里桜は震える声で謝罪をしたが、アリエルは怒りに任せてドン! とマシンルームの壁を殴りつけた。
「謝ったってどうしようもないじゃない! 私は逆立ちしたって子供なんか産めないわ! ミシェルの心を奪っておきながらどうしてくれるっていうのよ。こんなの詐欺だわ!」
「おい、アリエルよぉ。小娘だって好きでガキが産めなくなった訳じゃねぇだろう?」
アダムの言葉にアリエルは激しく首を左右に振った。
「理由がどうだろうと、そんなことは関係無いわ! ミシェルの事を一番に考えるなら、アンジュはもう絶対に駄目よっ!!」
「そんなことで里桜を拒絶するような男は願い下げですよ!! 貴方はファメールを愛しているんじゃないんですか!? 彼はそんな男ですか!?」
「そうじゃないから私が駄目だって言っているのよっ!!」
アリエルはすぅっとナイフを取り出すと、殺気に満ちたサファイアの様な瞳を里桜へと向けた。
「現実世界なんか、もうどうだっていいわ。アルマゲドンは素敵な世界なんでしょう? それなら私はアルマゲドンでミシェルの側に居る道を選ぶわ。そうしたら、子供なんか要らない。永遠に彼が存在し続ける世界に居られるのなら、子供なんか要らないわ!」
アリエルはファメールの幸せだけを願っていた。
自分を必要としないのならそれでも構わない。それでも同じ世界には存在していたい。もしも助けを求めた時にすぐにでも手が差し伸べる事ができるように、だ。
だからこそ、ファメールが誰を求めようとも良かった。里桜を愛する事も祝福できた。しかし、今の里桜の状態を知ったのならば、ファメールは必ず自分を責めて傷つくことだろう。里桜がそんな身体になってしまうことを防げなかったと、ファメールの性分ならば計算外の事も全て自分の責任だと考え、自らを呪うだろう。
里桜がファメールを傷つける存在にしかならないのだとしたら、決して近づいて欲しく無いのだ。
「私からこれ以上彼を奪わないで、アンジュ!!」
アリエルは取り出したナイフを自らの胸に突き立てた。
「よせ!」
「やめてっ!」
居ても立っても居られずに総一朗が筐体の影から姿を現した。里桜もまたヴィベルの手を振り切って立ち上がり、アリエルの元へと駆けた。腹部の縫合が引き攣れ、血がじんわりと滲む。
アリエルは夢現逃花の薄っすらと輝く花の上へと崩れ落ち、真っ赤な鮮血が白い花びらを朱に染めた。
その様子が、里桜の中で母の死の場面と重なった。倒れている女性の側で、呆然と立ち尽くす父の姿……。
「……お父さん……?」
声を震わせる里桜の様子にヴィベルはハッとして、慌てて里桜の側へと駆けた。
「里桜! 落ち着いてください!」
「嫌っ! お父さん、またなの……!? お母さんを……!!」
頭では総一朗が母を殺してはいないと分かっていても、再びあの凄惨な場面を彷彿させて、里桜は混乱し、両手で頭を押さえた。
——そうだ。お父さんが何もかも壊したんだ……。
あの忌まわしい筐体を作ったのも、お父さんなんだから……。
本当に、お母さんは自殺だったの? やっぱり、お父さんが……?
「お父さん、どうしてっ!? ねぇ、どうしてそんな事するの!?」
「里桜!!」
里桜を落ち着かせようとヴィベルが里桜を抱きしめた。全身の筋肉が強張り、柔らかいはずの里桜の身体が固く震えている。
総一朗はただ、混乱する娘を静かに見つめていた。
「里桜、落ち着いてください! 総一朗は何も……! あれは姉さんではありません。アリエルさんですよ!!」
「嫌っ!! 私の前から消えてよっ!!」
「アダム! 早く救急車を呼んでくださいっ! アリエルさんを病院に!」
「あ、ああ! 分かった!」
アダムが慌ててマシンルームから出て行き、ヴィベルは里桜をなだめようと必死に背を撫でた。
ああ、もしもあの時自分が居合わせたのならとずっと思っていた。けれど、今この状況で自分は少しも役に立っていない。里桜がまた壊れてしまうのではという恐怖で、震えながら彼女を抱きしめたところで、何の慰めになるというのだろうか。
「里桜、お願いですから、落ち着いてください。どうか、お願いです。里桜……」
「嫌っ!! 消えて、消えてよっ!!」
里桜は悲鳴の様に叫んだ。
「消えて!! お父さんなんか大嫌いっ!!」
マシンルームに再びビープ音が鳴り響いた。ヴィベルはまずい! と、コンソールへと視線を向けた。
今ダイブする訳にはいかない! アルカの復元プログラムがまだ完成していないのだ……!!
凄まじいビープ音に脳内までもが刺激される様だ。痛みすら伴う程の耳を両手で覆い隠したくなる衝動を抑えながら、ヴィベルは里桜を抱きしめた。
——激しい痛みが私を襲う。
瞳を開けると入り込む眩い光さえ痛みを伴い、目を開ける事もできない……。
「リオ! しっかりしてください! リオ!!」
「ヴィベル、どいてください! 今はリオの治療を!」
「……レアン、どうして彼女がまたここに居るのさ。現実世界に帰ったはずじゃないのかい?」
「分かりません……とにかく治療を! 兄上も手を貸してください!」
「これは? 噛み痕がまた残っているけれど。治癒して消したはずじゃ?」
「……アルマゲドンでの治療は、現実世界に行くとどうやら戻ってしまう様です」
「ちょっと待って。これはどういうことさ? どうして腹部にこんな怪我を負っているんだい?」
「エルネストが、リオを現実世界に戻すまいと傷つけたのです。私もリオと共に現実世界に戻り、手術を」
「……じゃあ、ここで傷を癒したとしても、現実世界に戻ればリオは……」
「兄上、今はリオの治療に専念しましょう。ヴィベル、貴方も手伝ってください!」
「……」
「兄上、今怒っても……」
「っく……あ……ぁあああああああああ!!」
「兄上……」
「息の根を止めてやる!! エルネスト!!」
「………」
——ファメールさんと、レアンの声?
私、アルマゲドンにダイブしたのかな? それとも、夢? ファメールさん、どうしたのかな? 何をそんなに怒っているの? どうして……
泣いているの……?
「ふぁめ……るさ……」
はあはあと呼吸を荒げながら里桜が声を発した。
「リオ! しゃべっちゃダメだよ。今……」
「逢いたかった……ファメールさん……逢って、ちゃんと謝りたかったの」
「謝るって……何を?」
「私が生まれてきちゃった事。本当にごめんなさい」
「……リオ………?」
ふっと気を失う里桜の手を握りしめて、ファメールは噛み千切らんばかりに強く唇を噛みしめた。
レアンはヴィベルが放心状態であることに申し訳なく思った。医療についての経験が無い者が、自分の近親者が大けがを負っている姿に動揺するのは当然だ。しかし、今はそこをフォローしている余裕は無い、と、里桜を連れ、ファメールと共にふっと姿を消した。
黄金色の草原に取り残されたまま、呆然として両膝をついているヴィベルに総一朗が声を掛けた。ヴィベルは返事をする事無く、ブルートパーズの様な瞳を見開き、その頬を涙で濡らしていた。
「……すまぬ」
力なく言った総一朗の言葉は消え入りそうな程に小さく、ヴィベルの耳に届いたのかどうかさえ分からなかった。
里桜を思い、深く傷ついた痛々しいヴィベルの姿を見るに耐えず、総一朗は目を逸らした。
……この世界には全ての諸悪の根源たるエルネストが居る。
総一朗は唇を噛みしめた。里桜を傷つけ、ラファエルを傷つけ、そしてあの男が居なければリタを失う事も無かった!!
カチャリ、と音が発せられ、何の音だとヴィベルが瞳を上げた。そこには怒り狂った総一朗が剣の柄を握りしめる姿があった。
「総一朗……?」
何をする気だ? と、ゾッとして声をかけたヴィベルに、総一朗は静かに「あの男を殺しに行く」と、答えた。
「無理に決まっています! 上位権限に適うはずがありません! コンピュータの世界には奇跡なんてものは存在しません。残酷な程にプログラムに忠実なんです!! 構築者なのですから分かっているでしょう!」
叫んだヴィベルに構わずに、総一朗は手を翳そうとした。ヴィベルは慌ててその手を抑え込み、「いけません!!」と首を左右に振った。
「娘にああも拒絶されてまで私にどうしろというのだ!!」
「リオが拒絶したのは少し混乱していたからです! 貴方を嫌った訳ではありません!!」
「親として足りなかったのは事実だ。それでも私は……私にとってあの子は大事な娘なのだ!!」
「……総一朗」
「例え消され様とも構うものか!! 親として、私がここで怒らずにどう示しがつくというのだ!?」
「これで貴方が消されてしまっては、リオが悲しむと思わないんですかっ!!」
「私一人消されたところで悲しみなどせん!!」
違う……! そうじゃない!! ヴィベルはどう伝えるべきか、どう言葉にすべきかと必死に頭を巡らせたが、適切な言葉がどうしても見つからなかった。
焦りが増々思考を鈍らせていく。
総一朗はヴィベルの手を振り切ると、パッと手を翳した。白い光に包まれて、ヴィベルと共にエルネストの元へと空間移動をする。
——総一朗を消される訳にはいかない。
ヴィベルは光に包まれながら考えた。
里桜は、私が消えるのと、総一朗が消えるのとどちらを悲しむだろうか……? いいや、違う。どちらならば彼女は自分を責めてしまうだろうか?
もしも総一朗が消えてしまったのならば……彼女は総一朗にとった態度を思い出し、自分を責めるはずだ。そして、また心が殻に閉じこもってしまうだろう。
それだけは避けなければならない……。




