光
「アルカのデータが喪失……?」
アダムから告げられた事実に、里桜は愕然としてブルージルコンの瞳を見開いた。
「ファメールさんから少し聞いたけれど、でも、どうしてなの? ちゃんと理由を聞けずじまいだったから」
アダムは大事そうにチップを取り出すと、里桜へ手渡そうと手を伸ばした。
「そいつに、小娘の叔父が作った復旧プログラムが入ってんだ。俺の中にいるカインの野郎を助けられるはずだぜ?」
ニッと笑うアダムに、ヴィベルは何も言わずに押し黙っていた。その様子をチラリと見た後、里桜はチップを受け取らずに小首を傾げた。
「……アダムさん、何か隠してない?」
「へ!? い、いや!? 別に!!」
上ずった様に言うアダムに、里桜は唇を尖らせて「隠し事とか、嫌なんだけど」と、いじけた様に言った。
「ちゃんと教えて? 知らないままなんて嫌だもん。どうしてアルカのデータが喪失したの? ヴィベルさんも何か知ってるんでしょう?」
何かを隠している時のヴィベルの表情などお見通しだとでも言わんばかりに、里桜はぷくっと頬を膨らませた。アダムは舌打ちすると、チップを受け取ろうとしない里桜にため息をつき、俯いた。
「お前らはさぁ、優し過ぎんだよ」
「どういうこと?」
「なあ、頼むよ。俺のせいでカインの野郎とエヴァが死んだ。俺が殺したようなモンなんだ! 償いさせてくれよ!!」
アダムの両手が震えていた。その震えを抑えようと、アダムはぎゅっと握りしめ、灰色の瞳を細めた。
「俺が、二人を殺しちまったんだ……!」
アルマゲドンにダイブする準備中、アダムはファメールに呼ばれ別室に連れて行かれた。そこでファメールから告げられた事を、静かに話し始めた。
ファメールは感情の無い声色で、アダムを責める風でも無く淡々と説明をした。アダムが放った義手が、エデンの筐体を破壊してしまい、その中にはアルカとエルティナのデータが存在していた事を……。
「キミが殺した」
「……そんな……だって、俺……」
「キミが義手を放って二人を殺したんだ! アダム。アルマゲドンへ行っても、アルカを救う事なんかできない」
「何か、何か方法はねぇのか!?」
ファメールの金色の瞳は悲しみが込められていた。アダムは眉を寄せてその瞳を見つめ返した。
——ミシェル。本当は俺を殺したい程に憎いだろうに、気が済むまで殴りつければいいのに、どうしてそうしない? 何故そんな悲しい目で俺を見るんだ?
灰色の瞳から涙を零し、アダムは唇を噛んだ。
……いっそ、恨んで憎まれて殴りつけられた方がよっぽど楽だ。
嗚咽を漏らし、アダムは蹲って泣いた。
カイン、すまねぇカイン!! ミシェルにも、ガブリエルにも、そして小娘にもどう謝罪すればいいのかわからねぇ!
……そして、俺自身帰る場所を失っちまった。エヴァ。俺は、どうすれば、どこに帰ればいい? 嫌われたってなんだっていい。俺が帰る場所はおめぇの側だと信じてた。
「……アダム。キミがアルマゲドンにダイブする理由は無くなった。分かるかい?」
涙で頬を濡らしながら、アダムは首を左右に振った。
「それでも! 俺は行くぜ!! 小娘を連れ戻すんだろ? 俺だって何か役に立てるかもしれねぇじゃねぇか。捨て駒でも何でもいい、お前の盾にだってなってやる!」
「その必要はないよ」
「え……?」
眉を寄せるアダムを見つめ、ファメールは深いため息をついた。
「キミは、里桜の帰る場所として、この世界に留まらなければいけない」
「な……! お、俺はカインの野郎じゃねぇぞ!」
「知ってるさ。ヴィベルの作った復旧プログラム。これを使えばアルカは帰って来るかもしれない」
「なんだよ。そんなもんがあるなら早く……」
「代わりにキミが消えて無くなるんだ」
ファメールの放った言葉に、アダムは愕然とした。
——俺が、消えて無くなる……だと?
差し出されたチップを見つめながら、アダムは眉を寄せた。
「キミの中にアルカの記憶があるということは分かった。けれどそれは分離なんかできやしない」
「なんでだ? だって、元々別モンだってのに!」
「そんな簡単なモノじゃないんだよ。人は全く同じ人生を歩んだからといって、全く同じ人格の人間ができるワケじゃない。アルカの記憶を引き継いで『アダム』という人間が、この現実世界にすでに存在してしまっているんだからね。機械の様に、入れものだけ変えるなんて事は不可能なんだよ」
「……どうなっちまうんだよ」
「アルカをキミの中から引き出すと、アルカを形成する上で邪魔になる存在、『アダム』は、消えて無くなる」
アダムは灰色の瞳をファメールに向けた。
「なんで……」
「仕方が無いんだよ。僕には、どうすることもできない」
「なんでだよ!! おい、ミシェル!!」
「すまない……」
「そうじゃねぇよ!」
灰色の瞳からポタポタと涙を零し、アダムは叫んだ。
「簡単な事だろ? 俺を消せばいいだけじゃねえか!!」
「……」
「なんでそうしねぇんだよ! さっさとカインの野郎を助ければいいじゃねぇか!! それで解決するんじゃねぇのか? 俺を残すなんて選択肢は最初からねぇだろう!! 俺なんか、ただのデータに過ぎねぇんだからよ。実在しないはずの存在なんだからなぁ!」
ファメールは俯くと、「うるさいな」と、小さく呟くように言った。
「僕だって、できるものならそうしたいさ」
キッと金色の瞳をアダムに向けると、ファメールは悲し気に眉を寄せた。
「けれど、それは僕が決めることじゃない」
僅かに間を空けて、ファメールは言葉を発した。
「キミもメギトへの命令を止める事ができるかもしれない。アルカじゃなくても、ね」
「どういう意味だよ。カインを生かす為には俺を消すしかねぇんだろ!?」
「選ぶのは里桜だ」
アダムは我が耳を疑った。自分を残す選択などあり得ないと思っていたからだ。
「待てよ、俺にカインの代わりなんかできるわけ……」
「やるんだっ!!」
ファメールはアダムの頬を殴りつけると、立ち上がり、背を向けた。
「アルカを生かすか、アダム、キミを生かすか。決めるのは里桜だ。恐らく里桜はキミを殺すような事はできない。それならキミはアルカの代わりを務めなければならない。そうだろう?」
「待てよ! おい! 小娘が求めてるのはもう、カインじゃねぇ! お前なんじゃねぇのかよ!? 」
「違う。僕じゃない。里桜が求めている相手は一度だってぶれたりなんかしない」
「なんでそう頑ななんだよ!!」
「僕は、アルマゲドンにダイブしたら、こちらの世界には戻らない」
「なんだと? おい、お前……!」
「僕達兄弟は、所詮生贄さ」
アダムはそこまで話し終えると、ちっと小さく舌打ちをし、アリエルの淹れてくれたお茶を飲んだ。
「……ファメールさんがそんな事を?」
里桜の言葉にアダムは頷いた。
「あいつは、全部気づいててそうしやがったんだ。だからこそ、小娘に俺かカインの野郎かを選ばせようとしたんだろうな」
「どうして私に?」
「自分が現実世界に戻らないと決めたからじゃねぇか? カインの野郎の意思っつーのを尊重したのかもしれねぇし、その辺ひっくるめて全部分かった上で、カインの野郎に向き合う気があるのかって事だろうな」
——私の存在という罪を認めた上で、アルカと向き合う勇気があるのか……。
全てを知った今、アルカと顔を会わせる事が怖い事は確かだ。
「決心した上でカインの野郎と向き合わなきゃいけねぇって事だ。クソ野郎が! 俺がカインの野郎の代わりも、ミシェルの代わりもできるわけねぇだろうがっ!! わかりきった事をいちいち回りくどいやり方しやがって!!」
ガン!! と、テーブルに義手を叩きつけてアダムは叫んだ。
里桜は俯いて、ファメールの事を想った。
——アルカを失ったと知った時、彼はどれほどの絶望に陥っただろうか。
ずっと、アルカに対して引け目を負っていて、何が何でも助け出す事を願っていた彼が、その希望を失った。その時に里桜もレアンも彼の側には居なかったのだ。
彼の事だから、一人で抱え込み、泣き叫びたい衝動すらもただ黙って押し殺した事だろう。吐き出す行為をしなければ苦しむ一方だというのに……。
ヴィベルはアダムの話を黙って聞きながら、ファメールの思惑に悪態をつきたい気分だった。
何故ファメールがヴィベルを早めに現実世界に戻そうとしたのか。睡眠の魔術が覚める時間は、ファメールの力量であれば数年単位でも設定できたはずだというのに。
それは、現実世界にヴィベルが必要だからだということだ。
ファメールは恐らく、里桜がアダムを選ぼうともアルカを選ぼうとも、ダイブさせる事無くメギトへの命令を阻止させる為のプログラムを、ヴィベルならば組めるだろうと考えたのだ。
アダムの義手を介して映像としてアルカの過去を見たファメールならば、「なるほど、義手経由でアルマゲドンに接続し、アルマゲドン内のアルカをハッキングすればいい」と、考えないはずはない。
里桜がアルマゲドン内に居る時にアルカの復旧プログラムを使用しなかったのは、創成者が復活した為のアルマゲドン内への影響を考えた為ではない。
里桜に、アルカを生かすか、アダムを生かすかの選択を迫る為だったのだ。
「あの、鬼畜め……」
つい悪態が口から零れ、ヴィベルはギリッと音を発して歯を食いしばった。
「頼むよ、小娘。このチップでカインの野郎を助けてやってくれ。俺は所詮プログラムだ。エデンでのやり直しだって思ってくれりゃあいい」
アダムは再び里桜にチップを渡そうと手を伸ばした。
「ちょっと待ちなさいよ。それを使ったら、ミシェル達はどうなっちゃうの? あの変な機械の中に閉じ込められたまま、出て来れなくなっちゃったりしないの!?」
アリエルがアダムのチップを握る手を掴んで言った。アダムは観念したように素直に頷くと、パッとアリエルの手を振り払った。
「現実世界でカインの野郎が復活したのなら、夢幻世界は不要って事になる。そうなればアルマゲドンはこのまま永遠にただ存在し続けるだけの世界って事になるだろうな」
里桜はアダムの話を聞きながら、小首を傾げた。
「エデンでアルカを聖剣で刺した時、私は強制的に現実世界に戻されたけれど、ファメールさん達はそうならないの? エルネストを皆でやっつけるとか!」
「権限的に無理だろうな。エデンでも階級があっただろ? 眷属とかよ。小娘はエルネストの血を引いてるから権限がそもそも高かったからできた話だ。あいつらはエルネストには絶対に適わねぇ。このまま植物人間のできあがりってワケだ」
彼らは例え現実世界の肉体が滅びようとも、永遠にアルマゲドンの中でエルネストの側に仕える運命を余儀なくされる。
——そんな、地獄の様な運命を……。
「小娘。ミシェルはお前に運命を委ねた。お前の選択に、俺は従うぜ」
「冗談じゃないわ!」
アダムの手からチップを奪い取ろうとしたアリエルからさっと避けると、アダムは首を左右に振った。
「お前が口出しする事じゃねぇよ」
「待ってよ! 私はミシェルの婚約者なのよ!? 権利くらいあるはずよ!」
「いいや。こいつは俺達の問題だ。アリエル、悪いが手を退いてくれ」
「黙って見ていられる訳無いでしょう!! ミシェルやガブリエルの命がかかってるのにっ!!」
アリエルの手を掴むと、アダムはいとも簡単に抑え込んだ。その身のこなしは見事なもので、アルカが軍で訓練を受けたのだという事を納得せざるを得ない程だった。
ベッドの上で俯いたままの里桜に、アダムは祈る様に言った。
「頼むよ小娘。メギトの命令実行までの時間がひと月程度までに縮まっちまったんだ。悠長にしてる時間はねぇ。ミシェルは自力で現実世界に戻る事は不可能だ。お前の様に権限がねぇんだからな。そうまでして叶えたかったあいつの望みを叶えてやってくれ」
——アルカが帰って来る事を皆が望んでいる。
「何故、あいつらがクソ忌々しい世界に残ったのか、考えてくれ」
ファメールは恐らく、エルネストの側に居る事で、現実世界を諦めて絶対服従をしているのだと見せかけてエルネストの目を欺いている。
まるでアルマゲドンでアルカの復活を待っているかの様に。現実世界に居るアダムの削除プログラムという切り札を、エルネストに気づかれない為のトラップとして、ただただアルカを救う事を願い自分を犠牲にしてまで。
「……お人よしっていうよりも、頭に来ちゃう」
里桜はポツリと言った。
「里桜……まさか……」
アリエルが困惑して声を発すると、アダムが「お前は黙ってろ」と、拘束した腕に力を入れ、ジロリと睨みつけた。
「黙っていられる訳ないでしょう! ミシェルとガブリエルがあんな変な機械に閉じ込められたままになるだなんて! 腕の一本や二本、何よっ!!」
「俺だって納得なんかするもんか! けど、あいつらが望んだことなんだよ!!」
「アダムさん、教えて? さっき、アダムさんはアルカやエルティナさんを『俺が殺した』って言ったけど、どうしてなの?」
「……小娘の家にあったあの筐体を、俺が義手を飛ばして壊しちまったからだ」
里桜はブルージルコンの瞳をアダムに向けた。アダムは覚悟はできてると、灰色の瞳で里桜を見つめ返した。
「ホントに、すまなかった。全部俺の責任だ」
「待って。アダムさんは最初から筐体を破壊しようとした訳じゃないでしょ? 庭に落とす予定だったって言ってたじゃない」
里桜の言葉にアダムはすまなそうに俯いた。
「ああ。義手でパーティーの招待状を送ればいいとジグラートの奴に言われて」
「その件については、アダムに責任は無いと思います」
それまで静観していたヴィベルが言葉を挟んだ。里桜の選択に任せようと思っていたため彼は沈黙していたのだ。
「ジエルの責任です。その義手のプログラムはジエルが組んだものですから。彼はアダムが義手を放った瞬間にハッキングをし、里桜へと目標を変えた。アルカはそれを庇い、自分へと向けた為に大破してしまったんです。アルカは里桜を守る為に自らを犠牲にしたんですよ。ファメールにもそれを伝えたので、知っているはずです」
ヴィベルの説明を聞き、里桜は唖然としてため息をついた。
「アルカ。バカなことして……!」
「アルカは貴方を守る事ができて本望だったと思います」
ヴィベルは里桜が泣き出すのではと心配し、里桜を見つめた。自分を守る為にアルカが犠牲になったのだと知ったのだ。
しかし、里桜は泣き出すどころか、怒った様に頬を膨らませてムッとしていた。
「ファメールさん、酷い……」
里桜の言葉にアダムは「どういうことだ?」と、眉を顰めた。
「アルカやエルティナさんのデータが消えたのはアダムさんのせいじゃないのに、わざとアダムさんがやったんだと伝えたの」
「……へ? なんで?」
「アダムさんが罪悪感を持つ事で、自分が消える事を望む様に仕向けたんじゃないかな」
アダムは無言で俯いた。アリエルは小さく「ミシェル、酷いわ。でも天才……」と、言葉を放った。
「なんだよ……自分だって、アルマゲドンに閉じ込められちまうってのに!」
里桜はゆっくりと唇を横に引き微笑んで、アダムの肩をポンと力強く叩いた。
「アダムさん、聞いて。アルカもエルティナさんも死んでなんかいないよ。大丈夫!」
里桜の言葉にアダムは眉を寄せた。
——おいおい、まさか『心の中に生き続けるんだから!』なんてアホなセリフ言いだす気じゃねぇだろうな!?
と、アダムは里桜の両肩を今すぐ掴んで「現実に目を向けろ!」と、言うべきか迷った。
「どうしてアルカが夢に出て来たのか分かった。アルカは生きてるんだもん。きっと近くに居るの」
「小娘。お前……」
いよいよマズイ、と思っていると、里桜は力強く頷いて、親指を突き出した。
「家にあった筐体なら、バックアップを定期的にクラウドに取ってあったの!」
里桜の言葉に、その場に居た全員の目が点になった。
「……は?」
家にある、意味不明な筐体のデータのバックアップを取っていた……?
「バックアップの取得先はジグラート社のサーバー」
「まぢか!? ってことは、ここの地下にあるデータセンターだ!」
「里桜! ジグラート社とは法人契約ですよ!? 個人データのバックアップを取っていたんですか!?」
愕然として言ったヴィベルに、「ごめんなさい」と、舌を出して謝ると、里桜はヴィベルに対して両手を合わせた。
「だって、前に筐体に触った時にお父さんがすっごく怒ったでしょう? 私ってそそっかしいから、間違って飲み物掛けちゃったりした時の事を考えたら、バックアップは必要かなぁって……」
そういえば、里桜はノートパソコンを何台かコーヒー漬けにして壊した事がある、と、ヴィベルは苦笑いを浮かべた。
「バックアップからの復元プログラムを作るのはヴィベルさんじゃないと無理だと思うの。作ってくれる?」
「勿論です! ですが……まぁ、お小言はともかく、お手柄です!」
——バックアップが、ある……?
カインと、エヴァの?
ポカンと口を開けて見ていたアダムは灰色の瞳を輝かせると、パッとアリエルから手を離して掌を掲げた。
「よっしゃ! 最高だぜ小娘っ!! 望みが見えて来たなぁ!」
里桜とアダムはパチリと手を叩き合うと、ニッと笑った。
アリエルが崩れ落ちるように座り込み、安堵の深いため息を吐いた。
「良かった。ミシェルを閉じ込めちゃうのかと思ったわ……」
「そんなこと絶対にしないよ。アリエルさん、安心して! ファメールさん達は何とかして連れ戻すから。私、アルマゲドンにダイブできるか試してみる。きっと拒絶されちゃうと思うけど、それでも意地の張り合いなら私だって負けないんだから!」
「アンジュ! ありがとうっ!」
ズキリと里桜は腹部の痛みに耐えかねて、小さく呻いて蹲った。
「アンジュ? やだ、ちょっと大丈夫?」
「……うん、平気」
「小娘、お前は寝てろ!」
「寝てなんかいられないよ。早くプログラムを加工しないと。ヴィベルさん、私も手伝うから」
強がって笑って見せた里桜の額には、痛みに耐えた為に冷や汗が浮かんでいた。アダムはやれやれとため息をつき、「アリエル、お茶淹れてくんねーか?」と、目くばせをした。




