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夢現逃花 —ムゲントウカ—  作者: ふぁる
アルマゲドン編
122/181

目覚め

『エルネストは……僕達の養父は、リオの祖父だ』


 私から顔を背けたまま彼はそう言い放った。

 どんな顔をしていたのかな? 憎しみでいっぱいだったのかな?


『この世界は、僕達の世界だ。リオ、キミはもう出ていってくれ』


 私は、彼らの側に居たらいけない。私の顔を見る度、彼らは思い出してしまうから。深く傷ついた心に更に抉るように傷つけてしまう。もう二度と顔を合わせる事すら叶わない。私の大切な、大切な人なのに。


 どうしてこんな事になっちゃったんだろう。初めから私達は出会うべきでは無かったということなのかな? 


 でも、私は彼らに救われたのに。出会わなければ、今の私は無かったのに……


 真っ暗な闇の中で(うずくま)り、同じ考えを何度も頭の中で繰り返していくうちに、段々と心が凍り付いていく様だった。このまま小さな欠片になって砕けてしまえばいいと願う。


——けれど、まだ私は彼らに何も伝えていない。

 せめて一言謝る事ができたのなら……。


「ファメールさん……レアン、アルカ。ごめんなさい……」


 消え入りそうな声を発した私の頬を、ふわりと温かい風が撫でた。


『どうして謝るんだ?』


 僅かに顔を上げると、闇にチラチラと眩い輝きが現れて、風が舞う様に私の周りをふわりと飛んだ。仄かに香木の様な甘い香りが鼻を擽り、光の風からささやく様に声が発せられた。


『里桜、オレはお礼を言いたいのに。謝る必要なんか何もない。ありがとう。ありがとう、な』


優しく、思いやりのあるこの話し方。()()()だ。と、確信して声を発した。


「アルカ。私、何にもできなかったの。傷つけるばかりでなんにもできなかった。皆の心を傷つけちゃったの! 取り返しがつかないの……」

『そんなことねぇさ。里桜はあいつらに、そしてオレにもかけがえのない時間をくれた』

「かけがえのない時間……?」

『ああ……もう自分の人生なんかどうでも良くなってたのに、暗闇にいたオレ達に光を与え、手を差し伸べてくれたのは里桜だよ』

「何にもしてないよ。助けて貰ったのは私の方なのに」

『オレ達だって里桜に救われたんだぜ? 自信持てよ。大丈夫だからサ。だからもうちょっとだけ。あいつらを助けてやってくれ』

「私、力になれる?」


『あったりまえだろ!』


 眩い光の中、雲をつかむように手を伸ばした。


「アルカ、でも私、皆を傷つけちゃうのが怖いの! どうしたらいいの!?」

『ばっかだなぁ。傷なんかつかねぇよ』

「でも……」

『もう、さぁ。傷つくとこなんか残っちゃいねぇんだ。傷だらけだから、な。だから、里桜。その傷、埋めてやってくれねぇか? 里桜にしかできねぇんだ』

「できるの? 私……」


『うん。里桜にしかできないんだ』


ふわりと頭を優しく撫でられ、『頼んだぜ』と、ささやきが耳元で聞こえた。


「アルカ、待って。行かないでっ!!」

『大丈夫。また逢えるから。里桜のおかげで……』

「アルカ!!」




 瞳を開くと、里桜は激しく鼓動する心臓と腹部の痛みに、思わずヒュっと息を吸い込んだ。冷たい点滴液が手の甲から腕を伝う感覚がし、ああ、現実世界のベッドで眠っていたのか、と、里桜は上体を起こした。


 ふと、ベッドの横で椅子に座っている人の姿が視界に入り、里桜はぎょっとして見つめた。


「里桜……」


ブルートパーズの瞳からハラハラと涙を零し、ヴィベルは嗚咽を漏らした。


「ヴィベルさん? どうして……」


里桜がベッドから降りようとして、点滴の管が引っ張られ、ヴィベルは慌てて椅子から立ち上がり、里桜の肩を押えた。


「無理をしてはいけません!」


 ブルージルコンの瞳がヴィベルに向けられる。

——良かった。里桜、口が利けるようになった。私を、ちゃんと見てくれるようになったんですね……。

 と、ヴィベルは思わず里桜を抱きしめた。


 ヴィベルの身体が震えている。里桜はどうしたのだろう、と心配しながら眉を寄せた。


「ヴィベルさん、こっちの世界に帰ってきたの?」

「ええ」

「じゃ、じゃあ、ファメールさんやレアンは?」

「……彼らはまだアルマゲドンに居ます」


里桜は唇を閉じ、俯いた。その様子にヴィベルはため息をついて身体を離し、里桜の手を握った。


「良かった。このまま気がつかないのではと心配したんです……本当に、本当に心配しました。また、エデンの時の様に……」


 『何カ月も目を覚まさないのではと』と、言葉を続けることを躊躇し、ヴィベルは口を閉じた。


 里桜の手を握るヴィベルの手が震えていた。

 ああ、またこの人を心配させてしまったのか、と、里桜は悲しくなって眉を寄せた。


「心配かけちゃってごめんなさい」

「里桜。ゆっくり休んで、安静にしてください。酷い怪我を負ったのですから」


腹部の痛みに耐えながら頷くと、ヴィベルの言葉に従って里桜はベッドの上に身を預けた。ヴィベルはそっと布団をかけてやり、里桜のブラウンの髪を優しく掻き分けてやった。


「喉が渇きませんか?」

「うん。少し」


 ベットサイドのリモコンを操作し、上体部分を上げると、グラスに注いだ水を里桜に差し出した。柔らかかった里桜の唇はカサカサに乾燥しており、唇に水が触れるとじんわりと浸透した。

 コクリと一口喉を潤したが、腹部の痛みが強烈に襲い、里桜は思わずむせ返って、その反動で更に痛む腹部を片手で押さえた。水が零れ、ヴィベルがタオルで甲斐甲斐しく拭いてやった。


「一体どうしてそんな怪我を? 何があったんですか?」


 ……何が……?


 里桜は思い出そうとし、アルカの顔をしたエルに傷つけられた記憶が瞬時に脳を掠め、思わず『そんなはずない!』と、自らの記憶を封印した。


「わ、分かんない。思い出せないの……」


——違う。()()()()()()()()


 怯える様に震える里桜を見つめ、ヴィベルは慌てて里桜の手を握った。


「いいんです。無理に思い出さなくても!」

「ごめんなさい……」


——ヴィベルさんの手が温かい。ああ、いつもの、優しい温もりだ……けれど、私にはこの手に安心する資格なんか無い。


 パッと、里桜はヴィベルの手を振り払った。その行動にヴィベルが傷ついた顔をし、「里桜?」と、どうしてそんなことをするのかと問いかけた。


「ダメだよ。私に係わったら! 皆、不幸になっちゃう。ファメールさんだって、あんな風に……拒絶したでしょう!?」


 里桜が震える声でそう言った。自分がエルネストの孫であることを気にして責めているのか、と、ヴィベルはため息をついて、側にある椅子へとそっと腰かけた。

 僅かに椅子の軋む音が鳴る。


「……里桜。ファメールは、貴方がエルネストと血縁関係にあるということを随分前から気づいていたのだと思うんです。恐らく、自宅に訪れてあの筐体を目にした時から」

「じゃあ、全部分かっていて一緒に水族館に行ったり、海水浴に行ったりとしてくれていたの……? ひょっとして、私を監視する為……?」


 不安げに瞳を曇らせた里桜に、本当は言いたくはない……と思いながらも、その思いを吐き出す為にヴィベルは深いため息を吐いた。


「里桜がレアンと共に二人だけでダイブした時、ファメールは相当なショックを受けて、発狂しそうな程に取り乱しました。彼は、アルマゲドンに居る自分が()()()()()()()()()()と恐れたんです。そして、もしも彼がダイブしたときに、貴方に嫌われてしまったのならと……。

 つまり、貴方がエルネストの血を引いていようとなんだろうと、彼にとっては関係ない程に、大切な人だって事です」


——あの、いつも冷静なファメールが発狂しそうな程に取り乱すだなんて、俄かには信じられない。

 と、里桜は驚きを隠せずにヴィベルを見つめた。


「そんな風に自分を蔑む必要なんか微塵も無いんですよ。貴方を現実世界に戻したいが故に、彼はわざとあんな風に言って傷つけたんです。アルマゲドンの世界に絶望すれば、エルネストの血を引く里桜ならば、自分の意思で現実世界に帰る事ができるから、と」


——私の事を想って、私の為にわざとああいう態度を取った……?


 里桜の脳裏にアルマゲドンにダイブしたファメールとのひと時が浮かんだ。二人で星を見上げ、天の川の話をした。

 確かに彼はあの時、『僕もまた魅了された一人さ』と、まるで恋人に囁く様に低く凛とした声で言葉を放った。


 『リオ、お別れだね』

 そう言った彼は寂しさからか、美しい金色の瞳を曇らせていた。


——そうだ、ファメールさんはいつだって自分の利益の為に行動する人じゃない。いつも誰かの為にばかり自分を犠牲にしてまで行動してしまう人だ。もっと自分を大切にして欲しいって、そう思ってたのに。

 エデンでもそうだった。アルカの為に、体中傷だらけにしていたのに、何食わぬ顔をしていた。レアンはそれを知っていて、いつも支えてあげている人だった。私も理解しているつもりだったのに、自分の事ばかりでいっぱいになってた。


 ポロリと里桜のブルージルコンの瞳から涙が零れ落ちた。が、ヴィベルを心配させまいと里桜は微笑んで見せた。微笑みながらも涙がポロポロと零れ落ちて止まない。


「……里桜」

「ごめんなさ……」


 止まらない涙に里桜は眉を寄せ、ぎゅっと布団を握りしめた。ヴィベルはその様子に心を痛めながらも、僅かにホッとした。

『里桜、やっと泣いてくれたんですね』と、彼女の感情がその表情に戻った事に安心したのだ。


「ごめんなさい。私。こんなに弱くて。本当にごめんなさい。私、どうしたらいいのか。どう償えばいいのかわかんない。酷いよね。自分で考えなきゃいけないのにこうやって甘えて」


耐えきれず、くしゃりと顔を歪めると、里桜はぐすぐすと泣き始めた。


「ヴィベルさんもホントは嫌でしょ? もしお母さんがフランスから連れてこなかったら、ヴィベルさんだって……」


小さく震える里桜をヴィベルは思わず抱きしめた。


「嫌いになるはずが無いでしょう! 例え貴方がどんな悪女だったとしても、絶対に嫌いになどなりません。それに、エルネストの事は貴方の責任では一切無いのですから、気にしてはいけません!」


——責任は無い。けれど、ファメールとレアン二人の運命は里桜が握っている。

 悲しみに暮れる里桜に彼らの運命を決める選択を強いるのは余りにも酷だと、ヴィベルはぎゅっと眉間に皺を寄せた。


 傷ついて消えてしまいそうな彼女に言えというのか? 彼らに拒絶されたにも関わらず、立ち向かい、アルマゲドンにダイブして彼らを現実世界に引き戻せと。


 更なる拒絶を受けるというのに、それに立ち向かえと……?


 そんなことをさせられるものか。どうにか里桜を巻き込まずにいられる方法を考えなければならない。これ以上里桜を傷つけて堪るものか。彼女を守る為ならば、自分が例え鬼になろうとも構わない!

 

 アダムの予想は的中していた。ヴィベルは里桜を護りたいがために、何も伝える気がないのだ。もしかしたらファメールはそれを予測していたのかもしれない。


 ヴィベルが作った、アダムを削除する為のプログラムを、自身で実行する事を。


「……今はまだ休んでください」


ヴィベルが優しくそう言って里桜の頭を撫でた。


「今は何も考えなくてもいいですから。私に任せてください。大丈夫ですから。悲しみも苦しみも、全て私が引き受けます。貴方にかかる火の粉は全部私が受け止めますから、だからどうか私に任せてください」


 そんな理不尽な事を里桜に伝えられない。


 例え鬼と言われようと、どんなにか恨まれ様とも構わない。ファメールの望んだ通り、アルカの復旧プログラムを使う事が最善なのだ。それが傷つく者を最小限に抑える事ができる唯一の策。ファメールがそう弾き出した答えなのだから。

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