告白
「おい、少しは寝ておらぬといくら天使でも……!」
「そんな暇はありません! リオを助けに行かなければ!」
「ガブリエル! ぬしは全く……落ち着いてくれぬか!」
「なんと言われようと私には為すべきことがあるのです!」
レアンは壮年の男性の手を振りほどこうと必死に抵抗し、ベッドの上で暴れるので、男性は押さえつけるのに苦労しながらも、怪我を負っているレアン相手には負けぬといった様子で辛うじて取り押さえていた。
「私はこれでも柔道の寝技は得意中の得意なのだぞ!」
自慢気に言う男の言う通り、ガッチリと関節技を決められてレアンは身動きが取れずに唸り声を上げた。
「放してくださいっ!」
「この抵抗の方がよっぽど体への負担がかかりそうだな。なあガブリエル。一体何があったというのか、申してみよ」
「今はまず行かねばなりません! 後で何でも話しますから!」
バタバタとベッドの上で抵抗をするレアンを男性が覆い被さる様に押さえつけ、レアンは体中の痛みに唸りながらも抵抗を続けた。
「大人しくしろと言うに!」
「ダメです!」
「いいから、悪いようにはせんから!」
「いけません!」
「……何してるのさ?」
二人の様子を軽蔑の眼差しで見つめながら、ファメールがコホンと咳払いをした。レアンはハッとして男性を思い切り突き飛ばして「兄上!」と、叫んで起き上がり、ファメールに抱き上げられている里桜を見つめてアッと声を上げた。
「リオ! ご無事ですか!? 怪我などありませんか!? 貴方の身に何かあってはと気が気でなりませんでした!」
ファメールはレアンに会わせる前に里桜の傷を癒しておいて良かった、と、ホッとしながらプラチナブロンドの髪の頭を掻いた。
「大丈夫だよ、レアン。心配させちゃってごめんね」
「兄上、リオを傷つけないで頂きありがとうございました!」
「あ、いや……まぁ。うん……」
——これはきっと、本当の事を言うと僕を殴り飛ばすぞ?
とファメールは思いながら曖昧に微笑んで里桜を降ろすと、里桜がパッとレアンの元に駆けて傷だらけのレアンを心配そうに見つめた。
「治療は? レアンこそ傷だらけじゃない!」
「私の事は良いのです。それよりもリオが心配でなりません! 本当に怪我は無いのですか?」
「私は大丈夫だよ。それより、ファメールさんが来てくれたの」
「え?」
「や……やぁ、待たせたね」
乾いた笑いを浮かべるファメールの首筋に刻まれた『V』の刻印に、レアンは僅かに顔を曇らせた。その様子に、里桜は小首を傾げた。
——あれ? レアン、喜ぶと思ったのに、どうして……?
「兄上。お待ちしておりました」
レアンは不安げにファメールの様子を見つめた。ミカエルの記憶を受け継いだ事が心配で堪らないのだ。ファメールは金色の瞳を伏せると、それを察してかすまなそうにため息をついた。
「煩わせてすまなかったね。キミのその怪我、僕がやったんだろう? ラファエルはどこへ行ったんだい? ミカエルは指示書をラファエルに渡していてね、あの後すぐにキミの傷を癒す様にと指示していたんだよ。まったく、役立たずったらないね。エデンでは優秀だったのに。今頃はヴィベルとして僕を探しているんだろうけれど」
「兄上と一緒にヴィベルもこちらへ来ているのですか?」
「勿論。あいつと一緒にここへダイブしたんだからね」
「……あいつ?」
今までファメールはヴィベルの事を『あいつ』などという呼び方をしたことが無いはずだ、と、里桜は違和感を感じて小首を傾げた。
「おいおい、私を無視して話を続けるのは止めぬか」
先ほどまでレアンともみ合っていた男性が声を上げると、ファメールが僅かに身構える素振りをし、里桜は男性を見つめてあっと小さく叫んだ。
「……お父さん!?」
「よぉ、リオ。その……久々だな。成人式以来か?」
壮年の男性は苦笑いを浮かべながら、里桜へ向かって片手を上げて挨拶をした。家族間での挨拶というには余りにぎこちない。
——まさか、ザドキエルの洗礼名でお父さんも天使様なの!?
と、里桜は困惑の色を浮かべた。連絡が取れなかったのは、アルマゲドンにダイブしていたからだというのまでは理解したものの、自分の父が七大天使の一人となっているというのは、余りにも不自然だ。
——だって、お父さんとファメールさん達の養父とは、何の関係も無いはずなのに……?
ファメールはチラリとレアンに視線を送った。レアンは僅かに頷き、サッと身構えて里桜の前へと進み出た。
「おいおい。そんなに警戒せんでも」
「ラウディ。……いや、ザドキエル。それとも、総一朗と呼ぶべきか」
ファメールがゆっくりと言葉を放ちながら、杖を構えた。里桜は警戒する二人の様子に不安になり、おろおろとしながら見つめた。
「な、何? 二人ともどうしたの? お父さんが何かしたの?」
「何度も説明するのは手間だし、役者を揃えてから話そうか。えーと……」
ファメールはパッと杖を翳した。すると、ヴィベルとジエル、アリエルが空中に現れて、ドスン! と床に叩きつけられ、各々悶絶した。
「ちょっと、ファメール! 召喚方法を少しは考えてくださいよ!」
「ミカエル様ったら乱暴なんスからっ!!」
「いったぁ!! ちょっとミカエルったら酷いわ!」
口々に愚痴をこぼす連中にため息をつき、ファメールはプイと顔を反らせた。
「煩いなぁ。雑魚でも呼んでやっただけマシだと思ってよね」
「ファメール、雑魚って……」
「ミカエル!!」
アリエルがパタパタと駆けて来ると、両手を広げてファメールに抱き付こうとしたので、ファメールがサッと避けようとし、その前にレアンがアリエルの首根っこをガシリと抑えてそれを止めた。
「アリエル、止めなさい!」
「ミカエルが私を呼んでくれるなんて! 嬉しいわ!」
「しまった。纏めて召喚しちゃったから、おまけがついてきちゃったよ。キミを呼んだのは間違いさ、しっし!」
「おまけって! 私の事を呼んでくれたんじゃなかったの!?」
「はぁ!? 寝言は寝て言えったら! 気味が悪いからあっちへ行ってよね! 全く、こっちの世界でまで付きまとわれて、ミカエルも随分と迷惑だったろうね!」
「酷いわ! どうしていつも私に冷たいの!?」
「キミ相手なら絶対零度よりも冷たくもなるね!」
言い合う二人を唖然として見ながら、里桜は小首を傾げた。
アリエルはファメールを『ミシェル』ではなく『ミカエル』と呼んだ。ということは、あのアリエルは、アルマゲドンのアリエルであり、現実世界のアリエルはこちらに来ていないということなのだろう。と、首元を見つめ、『A』の刻印が刻まれているのを確認した。
『Avatar』はこの世界に於ける自分の『分身』を意味しているとレアンが言っていた。やはりあのアリエルは現実世界のアリエルではないということだ。
「アリエルさんを置いてきちゃったの?」
里桜の言葉に、アリエルは「置いてきたってなんの事?」と、サファイアの瞳をパチクリとした。
「当たり前じゃないか。僕は元々アリエルをアルマゲドンに連れて来る気なんかさらさらなかったんだから」
「なあに? どういう意味よ」
「あ、きっとね、ファメ……ミカエルさんはアリエルさんを危険に巻き込みたく無かったんだよ」
里桜が慌ててフォローを入れると、アリエルは頬を染め、嬉しそうに里桜を見つめた。
「まぁ! 良くわからないけれど、ミカエルったら、私を心配してくれたの!? 嬉しいわ!」
レアンの手から逃れ、アリエルは里桜の両手をぎゅっと握り締めた。
「教えてくれてありがとう! 貴方、結構いい子じゃないの! はい、天使の祝福よ!」
ちゅ! と、アリエルから唇にキスをされ、里桜は瞳を白黒させた。
——あれ? フランス人って女性同士で唇にキスなんてするような文化なんだっけ? でも、このアリエルさんはアルマゲドンで創成されたアリエルさんだから、天使の流儀なの?
そもそもアルマゲドンという世界の文化が良くわからないなと、混乱していると、レアンが大慌ててアリエルの首根っこを掴んで里桜から引き離し、ファメールがアリエルの頭を思い切り杖で殴りつけた。
「$#%&☆!!!!」
「なんてことしてくれるんだ! キミはっ!」
「全くです!!」
悲鳴にならない悲鳴を上げるアリエルに怒鳴りつけるファメールを見て、里桜は驚いて「ファメールさん酷いっ!!」と叫んだ。
「いくら苦手だからって女性にそんな乱暴働くなんて!」
「は!? ちょっと、キミ勘違いしていないかい!?」
「見損なったよ! レアンも酷い!」
「リオ、そうではなくて……」
「二人ともアリエルさんに謝って!」
ファメールとレアンがチラリと視線を合わせたが、ファメールが首を左右に振るので、レアンが渋々口を開いた。
「リオ、落ち着いて聞いてください」
「落ち着くも何も、私に言う前にアリエルさんに謝って!」
「アリエルは男性です」
………?
ヒュウ~……と、室内なので風が吹くはずもないというのに、風が吹いた気がした。
シンと静まり返る中、悶絶して頭を押さえているアリエルに視線を向けた後、里桜はファメールを見つめた。ファメールは首を左右に振り、レアンへと視線を向けた里桜に、レアンは困った様に眉を寄せ、ハンカチを手渡した。
「うそおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
絶叫する里桜はパサリと手渡されたハンカチを落とし、ファメールがやれやれとため息をついて肩を竦めた。レアンが困った様に苦笑いを浮かべる。
「リオ、天使は皆中性的に描かれる事が多いですが、聖書の記述では男性の一人称です」
「そんなの知らないもん! え!? じゃあ、現実世界のアリエルさんは?」
「男性ですよ。そうでなければ私がアリエルに触れられて平気なはずがありませんから」
「ちょっと待って!? だって、ファメールさんの婚約者なんでしょう!?」
「フランスでは同性婚が認められています」
「で、でもスカートだったし脚線美だったし!?」
「全く。男のくせに女言葉でなよなよと気味が悪いったらないね!」
どうりでファメールがあそこまで毛嫌いするわけだ、と、里桜は涙目になってため息をついた。
「リオ、と言ったかしら? 唇がとっても柔らかいのね!」
「変な事言わないで!」
「ミカエルよりも柔らかいわ。やっぱり女の子は違うわね」
「気味の悪い事を言ってるんじゃないよ!」
「ファメールさん、アリエルさんとキスしたの!?」
「勘違いしないでくれるかな! 天使の『ミカエル』がの話だよ! それも隙を見つけて無理やりされただけさ!!」
「その後雷で黒焦げにされて死ぬかと思ったけれど、全然悔いは無いわ!」
「息の根を止めておくべきだったんだ。アルマゲドンの僕も随分と甘いよ……」
「死んでも悔いはないわ!!」
「今すぐ死ねっ!! ああ、不要な記憶が蘇って吐き気がするっ!」
「ケチねぇ」
「ああもう、ちょっと黙ってくれないか! アリエルの事なんかどうだっていい。今はそんなくだらない話をしている暇はないんだっ!!」
ファメールが苛立った様にそう言うと、杖で床をドンと叩きつけた。やば、怒らせちゃった。と、里桜は口を噤み、その場に居た全員も苛立っているファメールを前に、口を閉ざした。
シンと静まり返った様子に、ファメールは金色の瞳を細めた。それは殺気がこもっているように思えて、里桜は不安を感じてぎゅっと手を握りしめた。
「さて、じゃあ始めようか」
ニコリとファメールは微笑むと、「リオ」と、声を掛けた。
「何? ファメールさ……」
返事をする里桜をファメールはドンと突き飛ばした。
「……え?」っと、里桜は小さく声を発して倒れ込み、ヴィベルが慌てて抱き止めた。
「ファメール! 何をするんです!?」
「煩い、裏切者」
ピシャリと言い放つファメールを、里桜は困惑の瞳で見上げた。ファメールは里桜を冷たく一瞥し、総一朗を睨みつけ、レアンの肩に触れた。まるで味方はお前だけだとでも言わんばかりに。
里桜は何故ファメールが自分を突き飛ばしたのか全く分からず、またミカエルになってしまったのかと心配そうに唇を噛んだ。
「兄上?」
「レアン、僕の方へ」
「どういう事です?」
「いいから早くこっちへ来なよ。レアン以外動くなよ。いいね?」
ファメールが杖を握りしめ、威嚇した。
「ファメールさん? ミカエルさんに戻っちゃったの?」
「いや、僕は正気さ。……リオ、もう僕に話しかけるな」
「え……!? なんで!?」
「言っただろう? 『お別れ』だって」
「どういうこと……?」
「………」
先ほど抱きしめて温もりを味わったばかりだと言うのに、あれは何だったのか。夢だったとでも言いたいのだろうか、と、里桜は寂しさで体が震え、ファメールを見つめた。
「頭突きしたから怒ってるの!?」
「……違うよ。黙ってくれないか」
「だって、嫌だもん! 黙ってたら解決する事なの!? 教えてよ! アリエルさんとキスしたから怒ってるの!?」
「そうじゃない!」
「じゃあどうして!?」
「黙れと言っているんだっ!!」
声を荒げるファメールの金色の瞳が里桜に向けられた。それは怒りと、悲しみが入り混じった瞳だった。
ズキリと心に痛みが走る。里桜は訳が分からず、ただただ困惑するしかない。
——どういうこと? 何? なんだか怖いよ。どうしちゃったの? やっと逢えて嬉しかったのに。アルカはあんな状態だけど、でも、きっと皆で協力すればどうにかなる。そうじゃないの?
「レアン。エルネストの事を話す。分かったね?」
レアンは何か察した様で、黙ってファメールの後ろへと退いて、項垂れた。
「やだなぁ。穏やかじゃ無いっスねぇ……リオ様、こぉんな意地悪男より、自分の方がずっとリオ様を大事にするっスよ!? バイオリンさえ弾かなければ!」
「ジエル。ぬしも少し口を閉じていろ。ミカエル。いや、ミシェルよ。ぬしが何を考えているか予想はつくが、そうも殺気を持たれては話し合いにもならぬ」
総一朗に視線を向ける事無くファメールが言葉を吐いた。
「キミなんかに名前で呼ばれたくないね。話し合うつもりも更々無い。ヴィベル、リオを連れて僕から離れろ。傷付けられたくないならね」
——傷つける……? ファメールさんが、私を? 何? 一体どうしちゃったの?
「リオ、こちらへ」
ヴィベルは呆然とする里桜の肩を優しく両手で掴み、総一朗の方へと下がった。
ファメールとレアンに相対する様に総一朗とヴィベル、リオが居り、その間にアリエル、ジエルの二名が困惑して佇む形となった。
「ザドキエル、いや、総一朗。話せよ。アルマゲドンの創成には何が必要なのか。知っていることを全部話しなよ」
ファメールの問いに、総一朗は静かに言葉を放った。
「……強い『念』だ。そもそもバーチャルリアリティとは物理的には存在しない疑似世界だ。誰もが見る『夢』を具現化する事を目的としたシステムが『エデン』であり、『アルマゲドン』だ。
強い『念』とは何か。
人の思いの力は正よりも負の方がずっと強い。例えるのなら、そうだな……幸せに思う事は一瞬で終わるが、恨みや憎しみという想いは強く長く続くものだ。つまり、自分の世界を創成する為には、現実世界への強い絶望と憎しみが無ければならない。絶望が強ければ強い程、創成された世界はリアルで幸福の色が濃いものとなる」
——お父さんが、どうしてそんな事知ってるの?
里桜は困惑し、総一朗とファメールの二人を見つめた。ファメールは静かに瞳を伏せた後、僅かに早口で言葉を放った。
「養父……エルネストが僕達三人へとした行為は、それを増幅させるためだった。このアルマゲドンを創成するためにね。総一朗。キミは当然だけれど、それを知っていて、あの筐体を自宅に置いていた。そうだね?」
総一朗は皆が注目する中頷いた。
金色の瞳を細め、ファメールは総一朗を睨みつけた。その瞳には憎悪と悲しみが入り混じり、もしもファメールが剣を持っていたのなら、総一朗の肉体をすぐにでも貫かんばかりの深い憎しみが込められていた。
「お父さん、どういうことなの?」
震える声を発した里桜に、総一朗がため息交じりに答えた。
「……あれは、私が作った筐体だ」
ピリピリとした張り詰めた緊張が走る。皆が押し黙る中、里桜は一人だけ取り乱し、総一朗を責め立てた。
「どうして!? あれは、ファメールさん達の養父が作ったんじゃないの!? どうしてお父さんが作ったの!? 違うよね? お父さんじゃないよね!?」
「リオ……」
里桜の肩に触れながら、ヴィベルが静かに言った。
「あれは、間違いなく総一朗が作ったものです。プログラミングに総一朗の癖が随所にありましたから」
「嘘……」
「ファメール。何故こんな形でリオに伝えるのです? これじゃあまるでリオを責めているようではないですか!」
「だから、私が憎いの……?」
今にも壊れてしまいそうな程に震える声を発し、里桜はブルージルコンの瞳でファメールを見つめた。それは縋りつく様な瞳だった。
——お願い、ファメールさん。
私を拒絶しないで。突き放したりしないで……
「ファメールさん。だから私を拒絶しだしたの? お父さんのせい? ねぇ、教えてよ……私、ファメールさんにとって、忌まわしい存在なの?」
里桜の問いかけに応じず、ファメールは押し黙ったまま、視線を里桜に向けようとはしなかった。
「ねぇ、ファメールさん。教えて。私、もうファメールさんと一緒に居たらいけないの? 口も利きたくないの?」
必死の思いで問いかける里桜に見かね、レアンがファメールに声を掛けようとしたとき、ファメールが言葉を放った。
「エルネストは……僕達の養父は、リオの祖父だ」
一瞬、ファメールが何を言ったのか、理解ができなかった。
心臓が凍り付く様な感覚を覚え、里桜は瞳を見開いた。




