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夢現逃花 —ムゲントウカ—  作者: ふぁる
アルマゲドン編
110/172

矛盾

 両手を鎖で繋がれ、柱に磔られたまま、ぐったりと首をもたげたブラウンの髪の女性は、身に纏っていた白いワンピースがところどころ破れ、赤い鮮血が陶器の様に白い皮膚から滲み出ていた。か細い腕は折れてしまいそうな程に錠が食い込み、暴れた跡が痛々しく赤く滲む。

 大神殿の広間の柱に、里桜は括りつけられていた。窓からは煌々とした月の光が差し込んで里桜の白い肌を照らし出し、まるで聖女の彫刻と見間違える様に美しかった。


「ねぇ」と、呼び掛けられて、ブルージルコンの瞳を薄っすらと開いた里桜を値踏みするかのようにサファイアの瞳で覗き込み、アリエルはため息をついた。


「これだけ傷めつければミカエルも私がサボっただなんて思わないわよね。少し聞きたい事があるの。起きてくれないかしら?」


金色の髪を後ろへ追いやって、うんざりしたように両手を組んだ。


「……アリエルさん……」


アリエルは手を伸ばし、里桜の頬に触れ、顔の向きを変えてみた。サラリと艶やかなブラウンの髪が肩から零れ、美しい顔立ちにため息をついた。


「えーと、リオと言ったわね? ミカエル様に随分と気に入られているみたいね。彼が侵入者を消さずにこうやって留めておくだなんて、異例どころの騒ぎじゃないもの。何か弱みでも握ってるの?」


応えない里桜に顔を近づけると、アリエルは僅かに声色を変えた。


「ねぇ、教えてよ」


ぐっと里桜の顎に手を掛けて、無理やりに顔を上へと向けさせると、サファイアの様な瞳で里桜を睨みつける様に見つめた。


「ミカエル様を独り占めしようだなんて、赦さないわ」


アリエルの指が里桜の首に食い込み、里桜はうっと苦しそうに顔を歪めた。


「独り占めとか、そんなつもりないって言ってるじゃない」

「私から彼を奪うだなんて、絶対に赦さないわ」

「アリエルさんはミカエルさんが好きなんだね」

「ええ! だって、ミカエル様は誰よりも素敵で綺麗で頭が良くて、冷たくて、サドッ気があって、ちょっと鬼畜でカッコイイんですもの!」

「……途中からよくわかんないけど、まあ、素敵だよね」

「でしょお!? 彼に惚れない者なんて居ないわ!」


 それは……わかんないけど。と、里桜は思いながらも、現実世界でのスーツ姿のファメールを思い出し、口元を緩ませた。


 プラチナブロンドの長い髪を束ね、黒い細身のスーツに身を包んだ長身のファメールは、海外モデルも真っ青になるほどに美しく色っぽい。あの金色の瞳で見つめられ、凛とした心地よい声で名を呼ばれれば、性別問わずドキリとすることは確かだろう。彼がその気になれば相手に事欠かないとは思うものの、生憎他人に距離を置く性分だ。

 そういえば、アルマゲドンのミカエルもまた、他人に距離を置いている様に思える。それは一体何故なのだろうか……?


「ミカエルさんは自分のことあんまり好きじゃないみたいだよね」


綺麗である自覚が無いようだったもの、と、里桜は思い出しながらつぶやいた。


「そうね。ミカエルは自分を醜いと思っているわ」


アリエルはそう言った後、寂しげに唇を噛んだ。

 現実世界のファメールさんも、自分を醜いと思っているのかな? と、里桜は考えて、いや。そんなハズはないと苦笑いを浮かべた。あれほど身なりに気遣いをしているんだもの。金木犀の香水に、よく手入れをされているであろうプラチナブロンドの艶やかな髪。フルオーダーの高級生地を使われた高級ブランドのスーツに、男性ならば誰もが憧れるであろう高級ブランドの時計。

 あれ? でも、ミカエルさんもすっごいおしゃれだった気がするなぁ。装飾品が結構多かったもの。大きな耳飾りに、指輪もいくつもつけていたし、マントの留め金もキラキラしていてとっても綺麗だったし……。


「ねぇ、アリエルさん。ミカエルさんってどうして自分を醜いと思ってるの? あんなに綺麗なのに」

「知っていたら苦労しないわよ!」


はぁー。とため息をつくアリエルに、それはそうかと里桜は考えて愛想笑いを浮かべた。


「貴方もミカエルが好きなのね?」


アリエルの言葉に里桜は「え?」と瞳をまん丸くした後に、顔を真っ赤にした。


「ち、違うよ!」


慌てて否定した里桜に、アリエルは片眉を吊り上げて訝し気に見つめた。


「なぁに? 嘘なんかつかなくてもいいわよ」

「へ? いや、でも……」


——好き? 私が、ファメールさんの事を?

 と、考えて里桜は慌てて首を左右にぶんぶんと振った。


「そんなんじゃないよ!」


 そうじゃない。違う。信じたくない。私が人を好きになるだなんて、()()()()()()()()ことだから。

 アルカの時は、あれが永遠の別れなのだと思っていた。だから無責任に『好きだ』なんて言えたのだと思う。


「なによ。その反応。なんだかムカつくわ。まさか貴方他に誰か好きな人が居るとでも言うのかしら?」


 そういえば、レアンやヴィベルさんから告白されてるんだった……と、考えて、里桜は増々顔を真っ赤にした。


「ひょっとして、ガブリエル?」


アリエルの指摘に里桜は口から心臓が飛び出るのではと思う程に驚き、あわあわとしながらアリエルを見つめた。


「違う……と思う……」


涙目になって自信なさげに否定した里桜に、アリエルはふぅーん? と小首を傾げた。


「まさかラファエルだなんて言わないわよね?」


ボン!! と、里桜の頭から湯気が上がった。


「違うったらぁっ!!」


必死に否定する里桜の様子を面白そうに見つめて、アリエルは肩を揺らして笑った。


「貴方、天使マニアかなにか? その反応、全員好きって風に見えるもの。ひょっとして私の事も好きだなんて言わないわよね?」

「アリエルさんは優しいし美人だし好きだけど」

「なによ、あっさり言わないでよ。なんかムカツクわ」


アリエルは大きくため息をつくと、うんざりした様に言った。


「私ね、人間の女性になりたいの。だから、貴方が羨ましくて堪らないわ」

「どうして?」


小首を傾げた里桜に、アリエルは寂しそうに微笑んだ。


「人間の女性は、子供を産めるじゃない」


 アリエルの言葉に里桜はズキリと心が痛んだ。


「アリエルさんは子供が欲しいの?」

「ミカエルの子供が欲しいのよ!」


アリエルはサファイアの瞳をキラキラと煌めかせて、まるで夢を語る少女の様に微笑んだ。


「彼の様な最高の存在こそが子孫を繁栄すべきだわ! 人間の様なくだらない生き物なんか、これ以上増える必要ないもの」

「……なんか、極端じゃない? ミカエルさんは確かに素敵かもしれないけれど、でも、別に誰が子供を産んだっていいじゃない」

「親がバカだと子供が可哀想じゃない」


その言葉を放ったアリエルは、驚く程冷たく感じた。里桜は眉を寄せ、アリエルの心の奥には何か深い傷があるのだろうと悲しくなった。

 もしかしたらそれは、現実世界のアリエルも……? それが理由で、現実世界の彼女も里桜に対して優しく接してくれていたのだろうか? アリエルに対しては冷たいファメールも、里桜に対しては優しかった。それならば誰がファメールの子を産んでくれたとしても構わない。里桜に、ファメールの子供を産む事を期待していた……?


「……あ、えーと。天使は子供が産めないの?」


 里桜の質問にアリエルはきょとんとして「当然じゃない」と、呆れた様に言った。


「だから人間になりたいんじゃない。バカな子ねぇ」

「でも、それは難しくないかな。だって、堕天しないと人間と結婚したりできないって聞いたけど。アリエルさんが人間になってもならなくても、そもそもミカエルさんが堕天使になるなんて思えないよ」


里桜の言葉にアリエルは瞳をパチクリと瞬きさせた。


「しまった。深く考えて無かったわ……」

「そこ、重要なところじゃないっ! そ、それに天使が人間になれるものなの?」

「なれるわよ! 神のご慈悲でね!」


へぇー。神様って何でもできるんだ。と、里桜は感心した様に眉を上げた。だとしたら、神様にお願いすればアルカやレアン、私を現実世界に戻してくれたりするのかな?


「神様ってすごいんだね。私も会ってみたいな」

「バカねぇ。人間が会える訳無いじゃない」

「え!? そうなの!?」

「その為に私達天使が居るんでしょ? 神の声を人間に伝える啓示を担ってるんだもの」

「アリエルさんも神様に会った事あるの?」

「まだ無いわ。ミカエルだけが神の御許に近づく事を赦されているの。それに、今の時間はお眠りの時間だもの」

「寝てるの?」

「ええ! 一日の半分は眠っているわ」


……なにそれ。寝る子は育つ? まさかね。


「ね、ねぇアリエルさん。神様ってどこで寝てるの?」

「私が知るはずないでしょう!?」

「じゃあ、神様にお願いする為にはどこにいるかをまず見つけないとって事?」


里桜が純粋に不思議に思って聞くと、アリエルはパチン! と、里桜の頬を叩いた。


「いったぁ! いきなりどうして!?」


意味が分からない! と、里桜が混乱していると、アリエルは里桜の両手が繋がれている鎖を掴み、ぐっと持ち上げた。ギリギリと鎖が里桜の手首に食い込む。


「私もこんなことしたくなんかないけど、もうすぐミカエルが来ると思うから」

「あの、アリエルさん、すっごく痛いんだけどっ!!」

「ちょっとくらい我慢しなさいよ。痛々しい方がミカエルのご慈悲を貰えるかもしれないわ」


っていうか、もう十分痛めつけられた気がするけど!? と、疑問に思いながらも、里桜は両手の痛みに耐えた。


「ただでさえ貴方はミカエルに好かれて腹立たしいのに。人間なんて大嫌いなんだからっ!」

「ちょっとぉ! 恨みの感情入ってるじゃないっ!」

「だって、嫌いなものは嫌いなんだものっ!」

「その大嫌いな人間になりたいんじゃないの!?」

「そうなのよ、世の中矛盾してるわよねぇ!?」


世の中っていうか、アリエルさんが矛盾してるだけじゃない!!


「人間になんかなりたくなんか無いわよ。でも、仕方ないじゃない……ミカエルが好きなんだもの!」


「アリエル」


ミカエルがふっと現れると、アリエルは大慌てで飛びのいた。ミカエルは里桜へと視線を向け、うんざりしたようにため息をつく。


「人間を痛めつけるのは楽しめたようだね」

「え? 何の事かしら!?」

「隠さなくたって分かってるさ。キミは人間の女性が嫌いだろう?」


アリエルは気まずそうにサファイアの瞳を伏せた後、素直にコクリと頷いた。

 里桜はその様子を見て、まさか現実世界のアリエルも女性が嫌いだったりしないよね? と、ヒヤリとした。まさかね。あんなにフレンドリーだったし……。


「ねぇミカエル様。こんな子、もう放っておきましょうよ」

「うるさいな。僕に指図するな」

「ここまで彼女に拘るのは何故? どうしちゃったのよ?」

「煩い!」


ミカエルは里桜の顎の下に杖の先端を向け、軽く小突いた。咳込む里桜にフンと鼻を鳴らし、何故か心苦しくなって眉を寄せた。その様子をアリエルが見つめて、困った様にため息をついた。


「ミカエル、貴方、自分がどんな顔してるかわかってる?」

「……なんだって?」

「貴方のそんな泣きそうな顔、初めて見たわ」

「泣くだって!? この僕が!? バカな事を言うのは止せ!」


声を荒げたミカエルに、アリエルはフッと微笑んで頷いた。


「怒らないでよ。いつも飄々として他人に興味を示さない高潔なミカエル様が、かわいいじゃない」

「僕をバカにするな!」


「ミカエルさん」


里桜はブルージルコンの瞳でミカエルを見つめた。アリエルはミカエルが『その汚い視線を僕に向けるな』と怒り出すのではとヒヤリとし、オロオロとした調子で口に手を当てた。


「ガブリエルさんは? 怪我、大丈夫なの?」

「キミなんかの心配は不要さ。Visiteurとはいえ、ガブリエルが大天使であることは確かだ。あの程度の事で消えはしないさ」

「そっかぁ。良かったぁ」


ホッとした様に微笑む里桜にミカエルは眉を片方吊り上げて怪訝な表情を浮かべた。


「キミはどうしてそうもガブリエルに拘るんだい?」

「沢山優しさを貰ったもの」

「ガブリエルは甘いからね。そこに付け入るだなんて、流石魔物の類は気が抜けない。アリエル、まさかキミまでこの娘に情が移っただなんて言い出すんじゃないだろうね?」


 チラリとアリエルに視線を向けると、アリエルは曖昧そうに首を左右に振った。


「キミはもういいよ。後は僕が尋問する」

「でも、あの子何も知らなそうよ?」

「うるさいっ! 早く消えろ!」

「わかったわよ。でも、なんだか今日の貴方、ちょっといいわね」

「は? 何がいいのさ?」


アリエルは面白そうに微笑みながらミカエルをサファイアの瞳で見つめた。


「まあいいわ。それじゃあまたね、美しい大天使ミカエル様」


ヒラヒラと手を振ってアリエルはふっと姿を消した。

 ミカエルは椅子へと腰かけると、吟味するように里桜を見つめた。金色の瞳が冷酷な光を放ったので、里桜は思わずきゅっと唇を横に結び身構えた。


「さてと。キミの目的は何だ? これ以上拷問を受けたくないなら話した方が身のためだと思うけれど?」


もともと隠す気なんか無かったんだけど、と、里桜は潤んだ瞳でミカエルを見つめた。痛々しい傷痕がいくつも身体につけられている。ミカエルはズキリと心が痛んで、思わず唇を噛みしめた。


「この世界からアルカを連れ帰る事だよ。彼を探しに来たの」

「アルカとは誰の事さ? 天上にはそんな名の天使は居ないよ」

「あ。そっか。えーと、サマエルの事だよ。ねぇ、ミカエルさん。サマエルはどこに居るの? 知ってるなら教えて!」


杖を握りしめ、ミカエルは声を荒げた。


「キミは一体サマエルとどういう関係だと言うのさ!?」

「えーと、どういう……? 友達、かな?」

「人間と天使が友達であるわけが無いだろう!」

「でも、友達なんだもん。だから助けに来たの。ねぇ、お願い。居場所を教えて。ミカエルさんなら知っているんでしょう?」

「助けるだって? 一体何からさ!?」

「サマエルはここに居ちゃいけないからなの!」


——アルカ、一緒に帰ろう。こんな世界に居たらいけないよ。現実世界は楽しい事ばかりじゃないし、もしかしたら辛い事が多いかもしれない。でも、一緒に戦おうよ。一緒に居れば、きっと少しだけかもしれないけれど、楽しく過ごせるんじゃないかな。


 里桜は懇願するようにミカエルを見つめた。


「お願い。ミカエルさん。サマエルを助けたいの」


 アルカを助けたい……!


 この娘は、僕の大事な兄弟を脅かす事ばかりを何故言うのかと、ミカエルは激怒した。握りしめた杖で床を叩きつけて立ち上がると、ミカエルは里桜を睨みつけた。


「もう尋問はいい。望み通り消してやるよ。サマエルに近づく事は絶対に赦さない!」

「ミカエルさん……!」


里桜はブルージルコンの瞳でじっとミカエルを見つめた。


「ミカエルさんは私には尋問するのに、私の質問には何にも答えてくれないの? 私、ちゃんと本当の事答えてるのに、そんなのずるいよ!」

「……僕が『狡い』だと?」

「狡いよ! それに酷い! 意地悪!!」


金色の瞳を細め、冷酷な眼差しを里桜へと向けると、ミカエルはふんと鼻で笑った。


「キミの様な『穢れ』に何を言われようとも僕は全く何とも思わない。もう二度とここへは来れない様にしてやるからね。キミの顔なんか見たくもない」


ミカエルの言葉に泣きそうになるのを里桜はぐっと堪えた。

 その一瞬の表情に、ミカエルは里桜を酷く傷つけたのだと気づき、僅かに戸惑った。そして戸惑う自分を振り切ろうと首を左右に振り、無理やりに里桜を睨みつけた。


 冷たい金色の瞳に見据えられ、『違う、この人はファメールさんじゃない。全くの別人だ』と、里桜は自分に言い聞かせて歯を食いしばり、キッとミカエルを睨みつけた。


「貴方だって天使だなんて言ったって、全然優しくもないし、天使らしくもなんともないじゃない!」

「黙れ」

「都合が悪くなるとそうやって黙れって言えばいいと思ってるんでしょ!?」

「キミのような人間ごときに愚弄されることが気に食わないからそう言っているんだ」

「天使様が人間なんかに指図されたくないってこと!? どれだけ完璧なつもりなの! 皆に崇拝されて当然とでも思ってるんでしょ!」


 そう。そもそもファメールが天使として存在していること自体、納得がいかないのだ。エデンで魔族だった彼の方がずっとしっくりくる。アルカやレアンと忙しいながらも楽し気にしていたファメール。あれこそが彼だ。

 アルマゲドンのミカエルは、ちっとも幸せそうじゃない。心がある操り人形だ。神を崇拝する姿はどう考えても彼らしくない。


「だまれ! 僕達天使は完璧な存在として創られたワケじゃない」

「不完全ってこと?」

「ああ、不完全さ。自由意志を持たされているんだからね」


自由に考えて行動できる事がどうして不完全なんだろう? と、里桜は考えて、確かに世界の創成主にとっては、自分の指示に忠実に行動する(しもべ)である方が便利であるに違いないと思った。

 それなら何故敢えて……?


「神様はどうして天使達に自由意志を持たせたの?」

「それは神がその方が面白いと思ったからさ。試しているんだ。自分に逆らい堕ちる者と、忠誠を誓いひれ伏す者とをね」


面白い……? 確かに自分の言いなりな者達ばかりに囲まれていれば、まるでロボットと生活しているみたいな気がして嫌になるかもしれない。

 そんな考えが浮かぶということは、神様はコンピュータやシステム等といったものではなく、人間だ。アルカではない、別の人間……?

 ぞくり、と、里桜は背筋を凍り付かせ、恐る恐るミカエルに尋ねた。


「あの……神様って、ミカエルさんにとって何? そんなに大事?」

「大事さ! 何よりもね! 僕は神に忠誠を誓い、神の側で仕える最も上位の天使だ。そのプライドがあるからこそ、キミなんかに言われる事が腹立たしいんだよ!」


——間違いない。この絶対的な崇拝。逆らう事すら烏滸がましいと考える恐れ。


『神』は、ファメールさん達の()()だ。


 里桜は悲しくなった。どうして、夢幻の世界でまで支配されなければならないのだろうか。アルカが辛過ぎて捨ててしまった現実世界。それだというのに、ここに来てまで養父に縛り付けられている彼らが、例え本物のファメール達では無いにしても、余りにも理不尽だ。


「ミカエルさんが可哀想」

「キミなんかに憐れんで欲しくなんかない!」

「崇拝する必要なんか無いよ。だって、好きでもないんでしょう? 嫌いなんでしょう? 怖いんでしょう!?」


ミカエルの中でドクン! と、何か強い意志の様な物が鼓動した。


「……なんだって?」


と、眉を顰め、強張る唇を動かして息を呑んだ。

——『嫌い』? 『怖い』? 僕が、神に対してそんな感情を抱いている……?


「神だかなんだか知らないけど、本当は従いたくないし、嫌いなくせに服従しているなんて変だよ!」


 本当は従いたくない……? 本当は……。()()とは、一体何だ?


『ああ、ミシェル。なんと汚い子だろうね……』


突然脳内に響き渡った言葉に、ミカエルは怯えた様に両耳を塞いだ。

 僕にとって、神とは……。


「神コソガ全テダ」


自動再生の様に勝手に口から零れたその言葉に、ミカエルは思わず手で口を押えた。

 ふとガラスに映った自分の姿を見て、その背から糸が伸びている様な錯覚を覚えた。自分を操る糸が……。

 その糸を操るのは……。


「あ……ああ……」


 突然ミカエルが何かに怯えた様に身を縮めた。心配になって見つめた里桜へと金色の瞳を合わせると、消え入りそうな程に小さな声を漏らした。


「……助けて…………」


ミカエルは、怯えた少年の様だった。儚げなその様子は今にも崩れ落ち、壊れてしまいそうで、里桜はミカエルの中の深い傷を目にしたと察した。


「ミカエルさん……!」


 手を伸ばそうとした里桜は、ガチャリと繋がれた錠に妨げられた。神という呪縛に怯えているミカエルを抱きしめたいというのにそれができない事がもどかしくて堪らない。

 恐らく現実世界のファメールも同じように深い傷が彼の心を蝕んでいることだろう。自分にその傷を癒す力が有るなどと烏滸がましい事は思わない。それでも、抱きしめたいと思った。

 少なくとも人の温もりは、相手を傷つける為にあるものでは無い。人の手は、誰かを傷つける為にあるものでは無いのだ。


 長い沈黙の後、ミカエルはすぅっと何かを察した様に瞳を細めた。


「……救いなど無い」


 この世界にはそんなものは存在しない。絶望しかない世界なのだから。


 里桜は突然冷たい瞳をしたミカエルにゾクリと背筋を凍り付かせた。

 この人は、ずっとそうやって絶望していながらも、信じる事でなんとか自分を失わずに済んでいたんだ。本来のファメールさんの思考と、養父による矯正された思考とが交錯しているに違いない。それなら、そんな呪縛を無理やりにでも解かなくちゃ。ファメールさんは私にとって大事な人だ。その分身ともいえるミカエルさんも私にとっては大事な人なのだから。


「逃げるの?」


里桜はキッとミカエルを睨みつけた。


「また操り人形になりさがるんだ!? ミカエルさん、カッコ悪いよ!」

「……なんだって?」

「なんでもかんでも神様のお言いつけ通りの操り人形なんて、超絶カッコ悪いっ!!」


挑発する里桜に、ミカエルは近づいた。


「この不信心者め! これ以上神を愚弄するなんて赦さないよ!」

「だって、カッコ悪い物はカッコ悪いもん!」

「神こそが世界の全てだ!」


ガン!!


近づいたミカエルに里桜は思い切り頭突きを食らわせた。ミカエルは悶絶し、しゃがみ込み、里桜はフフンと鼻を鳴らした。


「どう? スッキリしたでしょう!! その凝り固まった頭もちょっとは柔らかくなったんじゃない?」


必死に痛みと格闘しているミカエルを見下ろしながら、里桜は言葉を続けた。


「神だなんてよく分からない存在に、実験体扱いされて嬉しい? 自由意思だなんて言うけれど、結局は従う者だけを愛するとか、そんなの傲慢なだけじゃない。そんなの私は絶対嫌っ! そんなのは愛情でも何でもない。ただ服従を求めるだけの奴隷関係と変わんないよ! ミカエルさんはそんなので満足なの!? そんなの、貴方らしくない。間違ってる! 私は貴方が好きだし、大事だよ! でも、愛される為に媚びたりなんかしないし、服従したりもしないよ! そんな関係は絶対に間違ってる。見返りを求めないのはおかしいもの。愛されたいから愛するんでしょ? 片思いでいることが正しいだなんて、そんなはずないものっ!!」


一気に言い放ち、里桜は悶絶して項垂れるミカエルを見下ろした。

——ミカエルさん。なんて可哀想な人なんだろう、と、里桜はぐっと唇を噛んだ。


「利用されている事を知っていながらも従う事を余儀なくされた運命だなんて。そんなのは絶対におかしいよ! 私、恋愛経験とか無いし、家族愛も希薄で、ほんとどの口がって感じかもしれないけれど。それでも、私が貴方を大切に思う気持ちには嘘偽りは無いよ。ミカエルさんだって、ホントは分かってるでしょう?」


「……全くだね」


ミカエルは額を抑えながらよろよろと立ち上がると、大きなため息をついた。

 まだ来るか!? 何度だって頭突きしてあげるんだからね! と、戦闘態勢に入ると、ミカエルは首を左右に振った。


「リオ、キミは本当に石頭だね。最悪なタイミングでダイブしちゃったよ。頭が割れるかと思った」


 額を擦りながら金色の瞳を細め、困った様に微笑むミカエルを見つめ、里桜はポカンと口を開けた。

 ミカエルの首筋に『V』の文字が刻印されている事に気づき、「あっ」と小さく声を発した。


「ファメールさん……?」


 頷く彼の様子に里桜はふっと笑うと、「ファメールさんだっ!」と、ブルージルコンの瞳から大粒の涙をボロボロと零した。

 先ほどまでのミカエルの様子とはうってかわり、優しく向けられる金色の瞳に心の底から安堵した。

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