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夢現逃花 —ムゲントウカ—  作者: ふぁる
アルマゲドン編
109/172

父親とは

 フッと、アルカの過去の映像が途絶え、ファメールの肩からアダムが手を離した。


「……ホントはよぉ。薄々気づいてたんだろ? カインの奴が、養父の実子だったって」

「ああ、気づいていたさ。そんなこと、けれど……」


 ファメールはふらりとよろめき、机に寄りかかった。

——アルカ。キミは、あの後僕達と再会したのは、別れを言う為だったのか? それとも、謝罪の為か?


 キミは、何よりも家族という存在が大切だった。


 自分を本当に愛してくれた故郷を、人を踏みにじり、地獄にしてまでも僕達を守ろうとしたキミにとって、僕達二人が里子から養子とされていた事がどれほどに衝撃的だっただろうか。

 そして息を顰めて劇場に身を置いたあの時、故郷の言語を発するテロ実行犯達を見て、どれ程に自分を責めたか知れない。


 彼らは、アルカが参加した空爆の報復行為としてテロを行ったのだから。


 あの最中、無理やりに安心させようと苦し紛れに僕に向かってニッと笑ったその行為を、僕はアルカを守る事で踏みにじってしまった。

 アルカは、僕やレアンがあの襲撃事件で死んだものだと思っている。


——今も尚。


 それはどれほどの苦しみなのだろうか。その全ては自分の責任だと思い込んで、苦しむ事すらも義務なのだと、今もアダムの中でたった一人苦しみ続けているのだろうか。


 アルカにとっての『神』は、一体どれほどに苦しめる存在なのか……。だから、エデンでキミが創成した世界には『神』が存在しなかった。そしてキミは魔族の王として君臨していたんだ。ずっと、ずっと惨めな思いを内に秘めていたキミに気づいてやれなかった。


 ファメールは額に浮かんだ汗を手の甲で拭うと、ネクタイを緩めた。灰皿の上に置きっぱなしにしていた葉巻の火が消えており、それを吸おうとしたファメールは苛立ち、灰皿の上に押し付けた。


「ファメール、例のプログラムをチップに格納し終えました」


 ヴィベルの言葉にハッとして振り向くと、アリエルが「ミシェル、これ」と、ハンカチを手渡そうとした。無言でそれを拒絶し、ヴィベルから小さなマイクロチップを受け取った。


 それを使えば、アダムという人格が駆除される。アダムを殺す為のプログラムだ。今の話でも分かった通り、アダムの中には確実にアルカが存在している。最早疑いようがないだろう。


 ファメールはチップを指で摘み上げながら、ヴィベルを見つめた。ヴィベルもまた、唇を真一文字に結んでファメールを見つめ返した。

 ()()()()()()使()()()()()()()()と責められている気分だったが、ファメールは視線を外す事はしなかった。アルカを助けないという選択肢は無いのだと、そう言うかのように。

 だが、今はまだ使えない。先に里桜とレアンを現実世界に連れ戻す必要があるからだ。そして、他にもアルマゲドンにダイブしていると思わしき人物、里桜の父親とその社員の男。確かジエルという名だったか。里桜を殺そうとしたような奴がアルマゲドンごと消滅してしまおうとも構わないが、里桜の父親は……。


「ヴィベル。里桜の父親はどういう人物なんだい? 里桜の母親を殺した疑いで一度投獄されているんだよね? エデンで会ったラウディとは随分イメージがかけ離れているんだけれど」

「実際無実ですから。少なくとも人を殺すような人ではありませんよ。行動は……まあ、無茶をしますが、ですが私の尊敬する人です」


やれやれ、尊敬か。それは面倒そうだ、と、肩を竦め、ファメールはため息をつき、ヴィベルが言いづらそうに言葉を続けた。


「……ファメール、総一朗は恐らく、アルマゲドンの筐体を作ったのではと」


ヴィベルの言葉に片眉を吊り上げて、ファメールは金色の瞳を刺すように向けた。


「何故そう思うんだい?」

「プログラミングの癖が、総一朗の癖と一致するんです」


 それはきっと、今気づいた事では無いはずだ。と、ファメールは瞳を細めてヴィベルを見つめた。ヴィベルはファメールの言わんとしていることを察していたが、敢えて何も言わずに俯いた。


 総一朗を信じている。副社長として支え、共に仕事をした経験があるヴィベルにとっては、人となりを熟知しているのだ。それをファメールに伝える事が難しいと考えた。ファメールは他人を信用しない性分だからだ。

 恐らくヴィベルの事も信用していないだろうと、ヴィベル自身感じていた。


「確かにキミと里桜が住んでいたあの家に筐体があった事も不可解だったし、里桜の父親がアルマゲドンの制作者である可能性は高いだろうね。それに、ジグラート社は元々は里桜の父親の会社だ。彼が代表であった頃のシステムがまだ存在しているというのは、なんら違和感は無いだろうね」

「資料がほとんど残っていないのは、恐らく総一朗がわざとそうしたのだと思います」


 アダムがぎゅっと歯を食いしばった音が聞こえ、ファメールはアダムの肩に触れて宥めた。


「今怒っても仕方無い。抑えてくれよ」


ファメールの言葉にアダムは力任せに机を叩いた。


「けどよぉ! ひでぇ話じゃねぇか! それじゃあ小娘の親父だってお前らの養父と共犯って事じゃねぇか!! そのせいでお前ら三人がどれほどひでぇ事されたと思ってんだよっ! 俺は絶対に赦さねぇからな!! ぶっ殺してやるっ!!」

「待ってください! 総一朗は決してそんなひどい事を企む人物ではありません! きっと利用されたに決まってます!」

「そのつもりがあろうと無かろうと関係ねぇよ! そいつのせいでお前らがこんなに苦しめられてるんじゃねぇかっ! あんな筐体が存在しなけりゃ、誰も酷ぇ目に遭わなかったんだからなっ!!」

「総一朗も被害者ですよ! リタ姉さんを愛していたはずですし、愛娘の里桜も巻き込まれているんですから!」

「てめぇの嫁とガキを実験体に使ったんだろ!?」

「そんな事! そんな事をする人ではありません!」

「なんで言い切れるんだ!? おい、お前は何も知らずにんな事を! 親父なんかクソくらえだ! あいつらが一体何されたのか知りもしねぇで……」


「アダム」


 ファメールは金色の瞳を光らせながら、アダムに声を放ち、首を左右に振った。

 それ以上、僕達の事を話すな。そう言いたいのだろうと、アダムはチッと舌打ちをし、「俺みてぇな欠陥データだって、作られずに済んだはずだってのに」と、顔を背けた。


 自らの子を利用し、養子達もその目的の為に集めた男が居るのだから、里桜の父親も同じに決まっていると、アダムは怒りを抑え込む為にぎゅっと歯を食いしばり、ギリギリと音を発した。


 ファメールは小さくため息をつき、思案するように俯いた。

——里桜の父親がアルマゲドンの構築に携わっていたのは間違い無いだろう。ただ、自分には『父親』という存在が理解できない。エデンでのラウディは確かに温厚な人物であったし、彼が恐ろしい事を企む様なタイプには思えない。自分の妻を救う為に危険を顧みず、単身魔国に乗り込む様な男なのだから。


 それならば、何故……?

 養父と比べるのなら、彼にも何か追い続ける夢があり、それを実現しようとしただけという、くだらない無邪気さだとしか考えたくない。崇高な考えの下なのだと微塵も思いたくは無い。どちらも手前勝手で迷惑この上ないことだが、後者の方がより後味が悪い。


「父親だなんて、ろくなモンじゃないね」


 ため息をつき、思案を続けるファメールに、ヴィベルは懇願する様に眉を寄せ、見つめた。


——私だって、自分の父親はまともではありませんでした。ですがもしも、この先誰かとファメールが結婚する事になれば、いずれ子を持ち、『父親』になるのですよ。それなのに、今の貴方は……。


 ヴィベルの考えとは裏腹に、ファメールは自分が父親という存在には一生ならないだろう、と、自嘲していた。元々誰かと結婚などする気もないが。自分は親どころか夫としても成立するような性格を持ち合わせていないだろう。伴侶となる相手を不幸にするだけだ。


「……聞いていいかい?」


ファメールはポツリと言葉を放った。


「ヴィベル、キミの両親はどこでどうしているんだい? 養子になるはずだったって話は前に聞いたけれど」


何故そんな事を突然聞くのだろうかと思いながら、ヴィベルは答えた。


「……知りません」

「どうして?」

「父は服役中でした。私は施設で育ったので、その後父がどうなったのか知らないんです」

「服役?」


一体何の罪で? と、眉を寄せたファメールに、「母を殺したんです」とヴィベルは口早に答えた。

 総一朗は無実だったが、自分の父は確実に母を殺したのだ。そしてその肉を……

 

 何故? と、問いかけようとした時、う……と、僅かに嘔吐(えず)くヴィベルにファメールは眉を寄せ、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。この男の過去も相当凄惨なものに違いない、と気づいたからだ。

 そうだろう。エルネストはそういう子供達を敢えて集めていたのだから……。恐らくアルカは知らずにエルネストの顔色を窺いながら誘導されて自分達を選んだのだ。


「……施設から出たのは、里子に貰われたからなんだろう?」

「ええ。里親になりたいという人が施設に訪ねてきたらしいのですが、その人の顔を見る前に義姉に連れられ、フランスから日本へと渡り、総一朗の元で里桜と兄妹の様に育ったんです」

「何故里桜の母がキミを引き取ったのか、聞いた事は?」

「ありますよ。『守る為』としか答えてくれませんでしたが。何を守る為なのかは分からず仕舞いです。私は恐らく里桜を守る為なのだろうと推測し、ずっと彼女の側にいたのですが」


 ヴィベルの言葉を聞き終えると、ファメールは僅かに頷いて立ち上がり、金色の瞳をヴィベルへと向けた。

 冷たく光る金色の瞳に、ヴィベルは思わずゾクリと悪寒を走らせた。まるで殺気でも込められているような、冷たく鋭く、刺す刃の様な……と、硬直し、息を呑むヴィベルに、ファメールはふっと微笑んだ。


「……どうかしたのかい?」

「いえ、何でも……」


気のせいだろうか? と、ヴィベルはファメールを見つめたが、ファメールはヴィベルから視線を外し、アダムとアリエルに指示を出した。


「これからアルマゲドンにダイブする」


 一刻も早く里桜とレアンを現実世界に連れ戻し、アルカの復旧プログラムを実行するのだ。ヴィベルは頷き、準備を始めた。

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