結託
出発の日
使者と共に何台かの馬車が用意されていて、それに乗って王都に向かうとのことだった。
ラクリマやルプス、リアンがキエリの見送りに来た。
「忘れ物はない? しっかりとマーガレットさんに掴まってるのよ」
ラクリマは、心配症が発症していて、家から出る時から何度も何度もキエリに確認している。
キエリも心配されていると理解しているので、何度でも大丈夫だと言って、穏やかに微笑む。
「うん、大丈夫だよ。お母さんがくれた素敵なドレスもちゃんとある」
「姉さん、もし嫌になったらすぐに引き返してきてね」
「ありがとうリアン。大丈夫、ちゃんと帰って来るわ」
ルプスが心配でおろおろしているラクリマと緊張なのか固く強張っているリアンの背を困り顔で笑いながらさする。
「キエリ、楽しんできなさい」
「うん! いってきます。お母さん、お父さん、リアン」
キエリは、ルプスに背中を押されて花のような笑顔で元気よく返事した。
マーガレットと合流して、肩にのせるのは心配だからと肩掛けポシェットをマーガレットにはかけてもらって、キエリはその中に入ることになった。
すでに、マーガレットがキエリと二人で乗ると使者には伝えておいたらしく、後は乗る馬車を探すだけだ。
「ほんじゃ行きますか! んーとあたしたちが乗る馬車は‥‥あった。すみませーん! マーガレットとキエリです! よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします!」
馬車の御者に二人は元気よく挨拶をしたが挨拶された御者は不思議そうな顔をしていた。
「ん? マーガレットさんと‥‥もう一人は? でも、声は聞こえたような?」
「あっ、ここです!」
キエリは、ポシェットから、からだいっぱいに手を振って自分がいることを主張した。
「わぁ! んん? この子がキエリさんかい? ずいぶんと小さいねぇ‥‥初めて見たよ。まさかっ、妖精!?」
「あっはは! 違うよおじさん、キエリはキエリだよ! あたしの友達。んじゃ、王都までよろしくお願いします!」
御者の動揺にマーガレットは清々しい返答をして、さっさと馬車に乗った。
キエリは、マーガレットが言ってくれた言葉を頭の中で何度も繰り返すと、心がじんわりと温かくなった。
(わたしは、わたし‥‥わたしは‥‥マーガレットの友達)
きっぱりと言い放ってくれた友人がいてくれることが嬉しくて、キエリはポシェットの中で頬を赤くして笑った。
ポシェットから顔を出し、マーガレットの顔を見上げる。
「マーガレット‥‥ありがとう」
「ん? なにが?」
「こうやって、一緒に舞踏会に行ってくれること、さっきわたしを友達だって言ってくれたこと‥‥とっても嬉しかったから、ありがとう」
マーガレットはキエリが優しい笑顔でお礼をいうものだから、なんだか気恥ずかしくなって頬を赤くして、ぽりぽりと頭をかいた。
「なっ、何言ってんの? そんなん当たり前じゃん!」
「でも、嬉しかった」
「そ、そっか‥‥」
他にも何人かの女性を乗せた馬車は王都ウルブスへと出発した。
見送りに来ていたマーガレットの家族やキエリの家族も馬車が見えなくなるまで手を振っていた。
キエリは、ポシェットから出て、マーガレットの膝にちょこんと座った。
馬車に同席している女性たちの視線がキエリに刺さるが、キエリはマーガレットと話していると気にならなかった。
「ねぇ、そうだキエリあれうたってよ。名無しの歌! あたしあれ大好き」
「ふふっ、いいよ」
キエリは、何度か深呼吸をして、歌う準備をし、静かに息を吸って歌い出した。
「~♪」
キエリの透き通る歌声が馬車の中を通っていく。
いつも、騒がしいくらいのマーガレットがキエリの歌に静かに耳を傾けて、心穏やかになっているのか、自然と優しく微笑む。
周りの女性たちもキエリの歌声に惚けてしまっている。
「~♪‥‥」
「やっぱり、キエリの歌はいいね。あたしはこんな風にうたえないや」
「ふふっ、マーガレットはいいお客さんだね」
「お世辞じゃないよ‥‥あれ?」
マーガレットが何かに気付いて馬車の天井を見上げた。
「どうしたの?」
「なんか、馬車の屋根からたくさんこつこつ聞こえてくるんだけど、もしかして‥‥?」
マーガレットが膝に乗っていたキエリをそっと降ろして、天井を思いっきりばんっと叩いた。
すると、馬車の窓から何羽もの鳥が飛び去って行くのが見えた。
「なんでこんなに集まってきたんだろう? 餌でも上に乗っかってたのかな?」
「‥‥‥さぁ?」
二人は不思議そうな顔をして、首を傾げたが数秒後にはまたもとの位置に戻って、会話し始めた。
キエリたちが出発した翌朝。
「なっ!? なんだと!? キエリが王都に行った!?」
顔を真っ青にして絶叫を上げたのはグリードだった。
今日もキエリに会いに来たのだが、キエリは王都に旅立った後である。
リアンは耳を塞ぎ、うるさい黙れという視線でグリードを睨む。
「何故だ? 何故キエリは王都に? いったい何のために? そんなの大丈夫なのか?」
グリードは冷たい視線にかまわずリアンの肩を掴んでゆすってきた。
こんな風にグリードにされたことがなく、リアンは少し驚いた。
しかも、いつもと少し違う点があった。
「何なんだグリード、姉さんのことを目の敵にしていたのにその言い草は? それに、さっきから姉さんのことを名前で呼ぶし‥‥」
「うぐっ、そ、それは‥‥」
途端にグリードは顔を赤くして後ずさりしだした。
しょうがないなぁといったように、彼の護衛騎士のソルダが助け舟をだす。
「マーガレットさんも見当たりませんね。お二人で王都に行かれたのですか? あぁ、もしかして、最近行われている舞踏会ですか?」
「そう、それだよ‥‥こういう舞踏会ってよくあるの?」
もともと王都で騎士の訓練をしていたソルダなら何か知っているのではないかとリアンは考えた。
ソルダは、うーんと顎に手をあてて聞いた話を思い出す。
「俺が聞いた話によると、なぜか最近国中の若い女性を招待しているんだとか‥‥噂によると、王子様のお相手を見つけるために開かれているとか、いないとか‥‥」
グリードとリアンが雷を打たれたような衝撃が走り、二人は硬直した。
グリードがわなわなと震えながら、ソルダの服を掴む。
「お、お、おあいて、ということは、結婚の相手ということか!?」
「それ以外にありますか?」
「何故そんな重要なことを黙っていた?」
グリードが忌々し気にソルダを睨みつける。
「そんなこと言われましても、いつどこの村や街の女性たちが招待されるかわかりませんし、キエリさんが行くとも思っていませんでした。それにあくまで噂ですから」
グリードが踵を返して、自分の馬車のもとへと歩き出した。
「もう帰られるのですか?」
「ソルダ準備しろ、王都に行くぞ」
「まさか、キエリさんを追いかけるつもりですか?」
すると、リアンがぐっとグリードの手を掴んだ。
グリードはリアンが綺麗な顔して人の骨を折ろうとするような奴だと認識しているので、掴まれて少し怯えてしまった。
「なっ、なんだ、何か文句があるのか?」
「ある。どうして、姉さんを追おうとするんだ?」
「そ、それは‥‥」
(どっ、どうする? こいつにオレのキエリに対する気持ちなぞいったら、キエリに確実に伝わる! しかも、こいつ弟と言ってるくせにキエリにずっとくっついてべたべた、べたべたと! はっ、まさかこいつもキエリのことが? 弟と言っても血は繋がっていない‥‥はず。まさか、こんなところにライバルがぁ!?)
(とにかく、早くキエリのもとに向かわなくては! オレの可愛いキエリが王都の男どもの毒牙にしかも王子に見初められでもしたら! あり得る! キエリは何といっても可愛いし、愛らしいし、神々しいし‥‥)
「グリード?」
「ぬあっ!?」
ぐるぐると回る思考の渦にのまれていたグリードをリアンが手を目の前で振って、現実に引き戻した。
「おい、大丈夫か?」
そうとうぼーっとしていたのか、あのリアンが心配そうにグリードを見ていた。
「あ、あぁ、大丈夫だ。すまない」
咄嗟に答えたので、ぽかんとした表情で心配を素直に受けとっていた。
リアンもなんだか気が抜けてしまって、蔑むような視線ではなくなり、手に込めていた力も弱くなった。
「それで、どうしてお前が行くんだよ?」
「そんなの、キエリが心配だからに決まっているだろう」
一度出た素直さに乗っかって、そのまま正直に話すことができた。
「心配? グリードが?」
「王都なんていったらここよりもずっと人が多い。つまり、男の数も多い! そんな中に純粋なキエリが放り込まれれば、下心のある男に騙されるやもしれん! それに、国中の女を集めて品定めするような王子だぞ? そんな男にあの可愛いキエリが見初められでもしたら? お前は耐えられるのか?」
素直さに乗っかりすぎて、下心が隠しきれなかった。
だが、しまったと思って手で口を覆った時にはもうすでに遅かった。
リアンは、グリードから手を離し、引き気味に数歩後ずさった。
「お前、まさか姉さんのことが好き、なのか? なのに、あんなに姉さんを傷つけること言っていたのか?」
グリードは耳まで顔を真っ赤にして、慌てふためきだした。
「何が悪い! 別にいいだろ! あいつが豆女なのは本当じゃないか!?」
リアンがキエリに対する侮辱の言葉で青筋がたってしまいそうだったので、ソルダがすかさず仲裁に入った。
「申し訳ありません、リアンさん! グリード様はキエリさんのこととなると過度に緊張してしまって、ただのクソ野郎になってしまうのです。本当はキエリさんのことを気持ちの悪いくらい好きなのですよ。本当に引くぐらい」
「ソルダ! それは助けるつもりで言っているのか!?」
リアンは、ぼこぼこにしようとするのはやめたが、グリードに対する軽蔑の視線が再び戻ってきた。
「おい! リアン! 貴様、オレのことを今軽蔑しているだろう!?」
「今だけじゃない。常に、だ。というか好きならあんな態度をとるべきじゃなかったな」
グリードは悔しさから拳を握って、ぷるぷると震えだした。
「お、お前こそ! 弟というのを盾にキエリにべたべたとしてっ、本当はキエリのことが好きではないのか!?」
また懲りることなく、咄嗟に吐き出した言葉にあっと思ってグリードは口を塞いで、リアンを恐る恐る見たが、リアンは何故か目を見開いて、そして、何故か悲しそうな表情になった。
グリードもソルダもそんなリアンを見たことはなく、どう声をかけていいかわからず、あたふたとしてしまう。
しかし、リアンは少し俯いて考えこんで、顔を上げた時にはいつものリアンに戻っていた。
「あ、あのだな、その‥‥」
「僕も王都に連れてけ。そうすれば、姉さんとの仲の修復を手伝ってやる」
「ほっ、ほんとうか!」
まさかのリアンからの提案にグリードはぱっと明るくなって、満面の笑みを見せた。
「お前、本当はいい奴だったのか! 恩に着るぞ!」
「ただ、もし姉さんがお前のことがそれでも嫌いになったら、諦めろ」
「う、うむ‥‥」
不思議なことに結託したリアンとグリードとそれを見守るソルダは、キエリたちを追って王都へと向かった。




