素直に
「ひっ、ひいぃ! なんなんだあいつらは、目がいってるぞ!」
情けなく叫んで、すっかり腰が抜けたグリードがキエリとシアンスのもとに避難してきた。
ソルダは、彼を無傷に守っていたが、彼自身がリアンとマーガレットの猛攻に逃げ、勝手に転げまわって髪も服装も土と草で汚れて、少し涙目になっている。
キエリは、その姿にはさすがに同情がわいてきてしまった。
シアンスの足から滑り落ちて、息を荒らげて縮こまっているグリードの傍まで来た。
「ね、ねぇ大丈夫?」
「‥‥っ!」
言葉をかけられたグリードは怒っているのか顔を真っ赤にして、悔さからか眉間に皺を寄せている。
「心配するくらいならっ、さっさとあいつらを止めてくれ!」
「そんなこと言われても、最初に止めたけどきいてくれないのだもの‥‥」
「もっとはっきり言ってやれ! それか豆のように小さいやつなど目に入らないか!」
キエリはまた小さいことを馬鹿にされて、怒りというよりも悲しさが増して、しゅんとして俯いた。
「グリード、わたしあなたに何かしたかな? もししてしまったのなら教えてほしい」
今にも泣きそうになっているキエリを見て、グリードは初めてあたふたしだした。
「なっ、なぜそんなっ、ちっ違うのだ!」
「違うって‥‥?」
キエリが顔を上げてグリードの顔を見つめると、グリードは耳まで真っ赤になっていた。
「グリード、耳まで真っ赤よ、本当に大丈夫?」
「なっ‥‥はっ‥‥とっとにかく! お前があいつらを止めてくれ!」
「‥‥‥なら、ちゃんと訳を話して、仲直りしないといつまでたっても喧嘩が終わらないよ」
「―――っ!」
よほど話したくないのか、唇を噛みしめて、黙りこくってしまった。
キエリは、眉を寄せて首を傾げるばかりだ。
「グリード!! 姉さんから離れろっ!」
リアンがキエリの傍にグリードがいるとわかると、ソルダをくぐり抜けてものすごい形相で走ってきた。
グリードは、恐怖さえ感じるリアンの勢いに驚いて、キエリに助けを求めようと咄嗟にキエリを掴み上げてしまった。
「おいっ、あいつを止めてくれ!」
「いやっ!」
キエリを掴んだことのないグリードは少し乱暴になってしまい、キエリは痛みで叫んでしまった。
「姉さん! おい、グリード! 姉さんを乱暴に掴むな! 怪我をしたらどうする!?」
リアンはもみくちゃになればキエリに被害が出るので、グリードへの突撃はやめたが、形相は怒りのままだ。
「そっそんなつもりでは‥‥っ‥‥そんな顔でこっちに来たお前が悪い!」
リアンはさらにグリードを睨みつけるとグリードが怯えた拍子にキエリを握る手に力が入った。
「グリード! 痛い! もう、離して!」
キエリは、思いきりグリードの手に噛みついて抵抗した。
グリードからしたら特に痛みはないだろうが、キエリには抵抗のする他に手段がなかった、と思ったがグリードは何故か顔をまた赤くして、急にぱたんと倒れてしまった。
幸い、グリードは仰向けに倒れて、キエリは彼の胸の上に無事着地した。
「グリード?」
キエリがグリードの手を抜け、からだの上を歩いて行くと、のぼせたように気絶しているグリードの顔があった。
「ありゃりゃ、これは気絶してるね」
今の今まで他人事のように見物していたシアンスがグリードの顔にはたはたと手の扇で風を送りながらのんびりと話す。
リアンはグリードの顔を軽蔑の眼差しで一瞥した後、キエリをそっと手のひらにのせた。
キエリは、リアンの手のひらにのるとほっとした気持ちになる。
「グリード様!」
マーガレットの相手をしていたソルダと半ばソルダと訓練していたようになっていたマーガレットもこちらに駆け寄ってきた。
ソルダはグリードの様子を確かめると、グリードを抱えて今日のお詫びを言って馬車へと戻っていった。
「何だったんだぁ、あいつ?」
マーガレットとキエリは不思議そうに二人の背中を見送ったが、リアンは不機嫌そうにグリードを睨めつけていた。
そして、シアンスは「若者は大変だねぇ」なんて言いながらにこにこと笑っていた。
帰りの馬車の中で目の覚めたグリードは、ぽーっと惚けていた。
「大丈夫ですか? グリード様」
一緒に馬車に乗っているソルダが心配したように馬車で横になっているグリードを見る。
「ふふっ、ふふふふふ‥‥聞いたかソルダ? ついに、ついに二人で会話してしまった。あの‥‥あのキエリが小鳥のように愛らしい声でオレの名を三度も呼んだんだぞ」
グリードは、顔がにやつくのを止められないのか、満面の笑みで恍惚とした表情になっている。
「少しでも心配をした俺が愚かでした。むしろ、気絶するほど頭でもぶつけてその思想をどうにかしてください」
「なっ、いいではないか! キエリが愛らしいのは本当だろう! あぁ、あの小くて可愛いキエリに触れてしまった‥‥」
「しかも‥‥しかもだ! あの可愛らしい口でオレの‥‥俺の手を‥‥てぉ」
グリードは、喜びをからだ全体で表すように悶えだした。
「グリード様、馬車を揺らさないでください。あと、すごく気持ちが悪いです」
「うぐっ! そ、そんなことを言われてもこんな風に話ができるのは、友人のお前くらいなのだぞ! つきあえ!」
「だったらいい加減、嫌がらせしてないでキエリさんと仲良くしようと努力してください。あれじゃあ、友だちにもなれませんよ」
ソルダから窘められると、グリードはこの世の終わりかというほど絶望して、頭を抱えだした。
「あんな可愛いキエリを前にすると緊張してしまう‥‥心にもないことを言ってしまうのだ‥‥どうすればいい?」
全くもって哀れな主人にソルダは大きなため息をつく。
グリードは、ある日たまたま村の視察に連れていかれた時に見つけたキエリに心を射抜かれ、何かと理由をつけてはキエリに会うために村へと足を運んでいた。
彼は、普段であれば普通に話せるし、わざわざ相手に突っかかることもしないのだが、好きな子の前ではどうにも駄目らしい。
今もキエリに嫌われたらどうしようとしくしくと泣き出した。
「大丈夫です。おそらくキエリさんには最初から好感はもたれていないでしょうから」
「うぐっ!‥‥‥そるだぁ? お前はそれでもオレの護衛騎士か? 守るのが仕事なのにどうして、そんなにオレの心をえぐるようなことをするのだ!」
「本当のことですので、いくらキエリさんがお優しくとも、今日のでもう修復不可能なほど嫌われているかもしれませんね」
「ゔ!?‥‥‥貴様、給料カットだ‥‥」
「お給料は旦那様から頂いているので、理由を話せばバレますよ」
「悪魔め‥‥」
グリードは、帰りの馬車が屋敷につくまでめそめそしていた。




