地に足つかず
「騒がしいと思ったら君たちか。さぁ、おいで今日は聖獣と魔獣について教えてあげよう」
家から出てきたのは、この村唯一の教師と呼べるシアンスだ。
彼は、若葉色の長髪を後ろでゆったりと結んでいて、穏やかな雰囲気を身にまとっている。
シアンスは、読み書きや計算、歴史にさらには剣術、魔法と幅広く教えてくれて、素性がわからない彼のことをキエリたちも初めは訝しんでいたが、授業を受けるたびに面白さの方が増して、王都から来たということは聞いたがそれ以外の素性など、どうでもよくなってきてしまった。
好奇心旺盛なキエリたちはぐんぐんとシアンスのくれる知識を吸収していったが、ただ、魔法だけはみんな才能がない。
「やった! 聖獣についてだって」
キエリが嬉しそうにぱっと明るく笑顔になった。
「キエリは、聖獣について知りたがってたもんね。よかったじゃん!」
「うん、もしかしたら、わたしのことが何かわかるかもしれないからね」
「豆女がそんな勉強したところでそんな小さな頭にはいるのか?」
ほんわかとした空気を破り捨て、キエリに対しての屈辱的な言葉をあびせてきたのは、先ほど話題にしていた目の上のたんこぶのグリードだ。
彼は、金色の髪の毛を水平に切っていて、なんとも独特なセンスだ。
その隣には彼の護衛であるソルダがはぁ、とため息をつきながらグリードに哀れみの視線をあびせている。
灰色の髪の毛がくるりとしていて顔も幼く実際リアンと同い年なのだが、彼の主人であるグリードよりもずっと大人だ。
「おはようソルダ、君も大変だね」
「おはようございます。リアンさん、マーガレットさん、キエリさん。いつもいつも、俺の主人が申し訳ありません」
「おいこら! ソルダ、なぜ謝る!?」
「グリード様が恥知らずにも女性に対して侮蔑的な言葉を述べていたからです」
「なっ‥‥」
キエリは、苦笑しながらソルダを見る。
「わたしなら大丈夫ですよ‥‥お気遣いなさらず。ソルダさん」
「いいえ、しますとも、主人はいつもいつもあなたにからんで、いいかげん本当の‥‥」
「だぁー!! ソルダ! それ以上言ったらクビだからな!」
「‥‥‥」
命令には背けずソルダは口を噤んだが、視線はいまだに哀れんでいて、何か言いたそうであった。
「おい! 金ぱっつん野郎! お前は貴族様なんだからわざわざ遠いこんなところまで来る必要ないだろ? お家に帰ってお勉強してたらどうなんだよ?」
最初のグリードの言葉ですでに怒りの沸点に到達していたマーガレットが我慢できずに喧嘩腰に文句を吐き出した。
彼は、ここらの領主の一人息子で普通であれば家庭教師を雇ってそこで領主としての教育を受けるはずなのにも関わらず、なぜか度々ここに訪れてキエリたちとシアンスの授業を受けている。
喧嘩になることがほとんどではあるが‥‥。
追及されたグリードにはわなわなと震え唇を噛みしめながら、なぜかリアンの肩に乗っているキエリを睨みつける。
睨みつけられたキエリは、敵意なのか何なのかわからない感情を押し付けられて、ただただ困惑している。
「ふ、ふん! オレはただシアンス先生の授業が受けたくて来ているのだ! 別に貴様らと一緒に居たくているわけじぁない! ましてや、こんな奇怪な豆女のいるところなど、来たくもないわ!」
キエリはまた酷い言葉をかけられて、気持ちがきゅっと締め付けられた。
(どうしてグリードはここまでわたしのことが嫌いなんだろう? わたし、彼に何かしたかな‥‥)
姉を侮辱されたリアンと友人を侮辱されたマーガレットの顔がより険しく、怒りに満ち溢れていった。
「マーガレット、君は彼の腕を折って、僕は彼の足を折るから」
「そりゃいいね! そうすりゃあいつしばらくお家にこもりっきりになるぞ!」
リアンはぱきぱきと指をならし、マーガレットは腕を回して準備運動を始めた。
「なっ!? 正気か、貴様ら!」
明らかに本気の二人を前にグリードが青ざめ始めた。
さすがに貴族と喧嘩なぞ始めたらいけないと思い、キエリが必死に止めに入った。
「まって二人とも! だめだって喧嘩なんて! 彼は貴族なのだから怪我なんてさせたら大変よ‥‥」
「シアンス先生もそんなにこにこ顔で見てないで止めてください!」
「そうだね‥‥若いうちに衝突するというのはいい経験だと思うよ。ほどほどにぶつかり合いなさい」
「先生!」
残念ながらシアンスの助けは得られなかった。
むしろ、笑ってみているあたり、面白がっているとさえ思えてきた。
「先生、姉さんをお願いします」
リアンは、優しくキエリを掴んでシアンスに渡した。
シアンスは、キエリをそっと受け取り、完全に見物に決め込むようで草原の上にあぐらをかいて座り込んで、キエリを自分の膝にのせてあげた。
「シアンス先生‥‥」
キエリが心配そうにリアンたちを見て、シアンスに助けをなおも求めた。
「まぁまぁ、やらせておけばいいよ。確かにグリードは言い過ぎだから、少し痛い目にあわせても罰はあたらないよ」
「でも、もし大怪我なんてしたら‥‥」
「彼にはソルダがついてるからね。まぁ、護衛騎士だから守ってくれるさ。それにソルダはリアンとマーガレットの良い訓練相手になるよ」
シアンスが言った通り、きーきー騒いでいるグリードを守るようにソルダがリアンとマーガレットを同時に相手しだした。
彼は申し訳なさそうにしていたものの、主人を守るという忠誠心はあるようだ。
はやり、騎士なだけあって、本格的に戦う訓練を受けているソルダは二人相手でも難なく攻撃をいなしている。
(うぅ‥‥でも、見ているこっちは肝が冷えるわ‥‥)
キエリが心配そうに戦いを見ていると、シアンスはおもむろに一冊の本を開いた。
キエリがその本に視線を移すと聖獣や魔獣について書かれている。
「あの子たちは戦いに夢中なようだし、今日はキエリと私で授業をしようか」
もう、白熱する戦いが収まることはなさそうで、見ていると心配ばかりが募っていく。
もはや他のことを考える方が良いかとキエリは思えてきて、シアンスとの授業に集中しようと開き直って本に向きあった。
「先生、聖獣や魔獣っていろいろいるんですよね?」
「あぁ、そうだよ。聖獣と魔獣は、魔力をもった生き物で種類は様々。ユニコーン、ペガサス、グリフォン、ドラゴンなどの四足獣や半人型には人魚や吸血鬼、妖精などがある。中には人に友好的なものもいて、そういうものを聖獣、人に害をなす危険な生き物を魔獣と一般的には呼ぶね。私はこの呼び方は人間主義の一方的な呼び方だと思うけどね‥‥」
キエリは、妖精の項目に目が釘付けになっている。
「やっぱり気になる?」
「あ、と、はい‥‥わたしはきっとみんなと同じではないと思ったら、妖精が形として一番近いのかなって‥‥」
「そうだね」
キエリは、悲しそうに俯いた。
「でも、妖精には綺麗な羽があるのに、わたしにはありませんし、魔力もないんですよね?‥‥やっぱり、妖精ではないのでしょうか? それだったら、わたしっていったい何なんだろう‥‥」
シアンスは少し苦笑して、キエリを見る。
「妖精は、君くらいの大きさで蝶のような羽を持つ聖獣だね。昔は人間と交流があったが、それもいつしかなくなってしまった‥‥」
「でもねキエリ、妖精なんてなるもんじゃないよ。格好の獲物にされかねない‥‥人間からも、他の生き物からも」
いつも穏やかなシアンスが何故か少し怒ったように眉をひそめたがそれは一瞬のことで、また穏やかな微笑みに戻った。
「シアンス先生、どういうことですか?」
「妖精の羽の鱗粉からは万能薬が作られるし、その血肉を食らえば不老不死になるなんても言われている。万能薬は実例が一応記録されているけど、不老不死の方はどこまで本当かわからないけどね‥‥だから、狙われるくらいなら、妖精じゃない方がずっと平和さ」
シアンスはにこりと微笑みながら、キエリのほっぺを人差し指でふにふにとつついた。
「まぁ、きっといづれ自分が何者かは自然とわかってくるものさ。誰だってね」
キエリは、シアンスの人差し指をきゅっとつかむ。
力は人間からしたらずっと弱く、つかまれてもこそばく感じる。
「そう、いうものなのですか?」
「自分が何者か‥‥か」
キエリは、自分が何者かということを考え始めるといつも地に足つかないような不安に駆られた。
そして、不安だけが残り、答えはいつも出ないままだった。




