忘却
キエリは、ゼノが用意してくれた部屋を貸してもらっている。
寝台にクローゼットに鏡、机に椅子としっかりとした一人部屋である。
朝の陽ざしが入り、キエリは寝台で目を覚ました。
からだと背中の羽を伸ばし、毛布をきれいに整える。
羽はぐっと伸ばした後は落ち着いて魔力の流れを調整し、からだに隠した。
「さて、今日も頑張ろう。まずは、みんなの朝ご飯とお世話。それから、お掃除だね」
キエリは、短く肩の上で切った髪をひもでひとつにまとめ、お守りにしている折り畳みナイフをポケットに入れた。
身支度を整えた後、台所に向かいエプロンをかけて慣れた手つきで朝食を作り始める。
「ゼノー? 起きてる?」
キエリが通る声でこの家の主のゼノに呼びかけ、しばらくするとあくびをしながらゼノが台所にやってきた。
「おはよ、キエリ。いつも朝ご飯作ってくれてありがとね」
「もう、また遅くまで研究してたの? ちゃんと寝ないと体調崩すよ」
キエリはゼノをじとっとした視線で責める。
「だってぇ~、いい考えが浮かんじゃったんだもの。そんなの夢中になっちゃうでしょ?」
「もう! 今日はちゃんと寝ること! そうじゃないと、鱗粉もうあげないよ!」
「わかった。わかったわよ‥‥もう、キエリのいじわる」
ゼノが子供のようにむすっとして頬を膨らませる。
「わたしは心配してるの‥‥だって、わたしにはゼノしかいないのに、ゼノが倒れちゃったらどうしろって言うの」
キエリは、寂しそうに俯くとゼノが勢い強くキエリを抱きしめた。
「わかってるわ! アナタを独りになんてしないんだから! もーアタクシの心配をしてくれるなんて、キエリ可愛い! もひとつ可愛い! お嫁さんみたい! 好き好き、大好きー!」
ゼノのあまりのふざけようにキエリがはぁと呆れたようにため息をついた。
「ちゃんとわたしの話聞いてる?」
「聞いてる! でも正直に言うと、研究の時には夜更かししたい! 徹夜しても時間が足りない! もっと研究したい!」
「はぁ‥‥もぅ、わかったよ‥‥ほら、せっかく作ったから、食べよ」
キエリは、ゼノから離れ、諦めたようにため息をついた。
「えぇ! キエリの作るお料理大好きよ! やさっしいキエリも大好き!」
「調子いいんだから‥‥」
キエリは結局ゼノの勢いにいつも負けてしまう。
ゼノとキエリは一緒に食卓で向き合って朝食を食べた。
キエリも大きいからだに慣れてからはいろいろ挑戦しており、その中でも料理は楽しく、けっこう上手くなった。
キエリは、薬草とある生き物のための餌をバスケットに入れて廊下を進んで行く。
家の一番奥の扉のノブに手をかけ、それを魔力を込めて決まった順番にまわした。
扉を開くと、その先は部屋ではなく森が広がっていた。
近くに川があって、大きな岩がそこかしこに居座っている。
「おーい! おいで、ご飯を持ってきたよ!」
キエリが呼びかけると岩場の隙間から、ひょっこりとワシの顔が出てきた。
しかし、全身がでてくると、ワシの頭の下にはライオンのような獣のからだがあり、しっぽはトカゲのようだ。
この生き物は人々からグリフォンと呼ばれている。
グリフォンの背には立派な翼が生えていているが今はその翼には包帯がまかれている。
「よしよし、いい子ね」
グリフォンはキエリに頭を擦り付けて甘えている。
大きさはキエリを軽くのせられるくらい大きいがまだ子供だ。
グリフォンは本来、気性が荒く人に慣れることがない。
そして、時には人を襲う例もあり、人間からは魔獣として区分されている。
怪我をしているところをゼノの世界中に放たれている使い魔が発見した。
どうやら、聖騎士団に害をなす魔獣を駆除するという理由で怪我を負って命からがら逃げてきたらしい。
治療をしようと試みたところ、ゼノはグリフォンに突っぱねられたが、キエリだけは何故か懐かれてしまったため、キエリがゼノの指導の下グリフォンの治療をしている。
「包帯変えるね。ご飯食べてて」
グリフォンようにとっておいた魚を置くと美味しそうに食べ始めた。
その間に手早く翼から包帯をとり、洗浄と薬を付け直して包帯を巻いた。
「だいぶ治ってきたから。もう少しで飛べるようになるよ。そしたら、家族のところにお帰り。お前には待っているひとがいるんでしょう?」
「くるる」
「え? わたしと別れるのは寂しいの?‥‥‥ふふ、ありがとう。でもね、家族がいるなら、大事にしないと‥‥ね」
キエリは、ゼノと一緒に魔獣や聖獣に関わっているうちに気付いたが、自分が妖精だからなのかグリフォンや他の聖獣や魔獣の言いたいことが理解できた。
「‥‥‥」
キエリは、家族という言葉を聞くと、いつもなんだか悲しくなってきて、目を伏せた。
グリフォンは心配したのかキエリの頭にぐりぐりと自分の頭をすりつけた。
「あはは、くすぐったいよ。いやちょっと力が強い。ありがと、何でもないよ‥‥なんとなく、寂しいなって思っただけ。あなたとのお別れがわたしも悲しいみたい」
キエリはグリフォンにぎゅっと抱き着いた。
「家族か‥‥‥」
キエリは家に戻ってきて、掃除に取り掛かった。
掃除はこまめにするようにしている。
ゼノがすぐに部屋を散らかしてしまう人というのもあるが、整理整頓されている方がなんだか落ち着くというのがある。
ちょっと潔癖なのではないかと心配に自分で思ったが、まぁゼノに迷惑かけなければいいかと思うままに掃除した。
掃除が終わった後は、魔力の制御を練習する。
ゼノの指導もあってほとんどものにしたが、驚いた拍子にでてしまったり、寝ている時も隠せない。
とりあえず、いざという時に困らないように毎日練習するようにはしている。
キエリは、外に出て木の下で座って、もう一度羽をだした。
(息をゆっくり吸って‥‥‥吐く‥‥落ち着いて、魔力の巡りを感じないと)
(‥‥‥うん、いい感じ)
羽はすっと閉じられて、キエリのからだの中に溶けるようにしまわれる。
「長い時間しまえるようになってるし、これだったら人間の前に出てもバレないかな?」
「よし、今日はここまで! 次は庭園のお手入れ」
キエリは立ち上がると家の周りの庭園に向かった。
庭園には、ゼノが使う薬草やキエリが好きな花も植えられている。
今植えられている花が可愛らしく咲いている。白く細い花びらがいくつか重なっていて、真ん中の黄色く丸い部分は筒状花といって小さい花が集まっている。
「マーガレットがきれいに咲いたな‥‥」
「‥‥‥‥元気かな‥‥‥‥」
「あれ? わたし今なんて言ったんだ?」
キエリは、ふと口からでた言葉の意味が分からなくて首を傾げた。
「あっ、この薬草は今日の内に取らないと‥‥」
疑問がキエリの頭を支配しようとしたがすぐにやることを思い出し、作業に戻った。
今日やることをすべて終え、寝る前にキエリは毎日やっていることがあった。
「この間のは終わったから、新しい模様はどうしようかな? マーガレット‥‥うん、マーガレットにしよう」
キエリは、刺繍道具と刺繍するハンカチを取り出し、刺繍を始めた。
「刺繍はからだが覚えているみたいにできるのよね‥‥たくさんやれば、もっとうまくなれるかな?」
キエリは、キリのいいところで手を止めて、片づけをした。
寝る前に、あるものを見たくてクローゼットを開けた。
クローゼットの中には、キエリの母であるラクリマが作ったドレスがかけられていた。
キエリが妖精の大きさから人間の大きさになったとき、一緒に人間の大きさに変わったのだ。
破れていた個所は何とかしてキエリが手直した。
キエリは、ドレスを取り出して自分にあてて鏡越しに見てみる。
(わたしが着ていたこのドレス、とっても刺繍がきれいなんだよね、誰が作ったんだろう? わたしもこんなふうにできたらなぁ)
(こんなきれいなドレスを着て、わたしはどこに行ってたのかな? 破れてたし、血もついてた。でももう、こんな素敵なドレスを着る機会がないなぁ‥‥残念)
キエリはドレスをクローゼットに戻して、寝台に横になる。
「わたしが人間に襲われて、ゼノに助けられて‥‥その前はどうやって生きてたのかな?」
「思い出せない‥‥」
「わたしって、何なんだろう‥‥‥」
キエリは、不安で仕方がなかったが無理やり目をつむり眠りについた。
こうして時間は穏やかに、残酷に過ぎていった。
一区切りついたので、しばらく休載します。




