諦められない
数か月経っております。
フェリクスの望みとは裏腹にキエリの血を飲んでから数か月たっても状況は一向によくならなかった。
フェリクスは、気分が優れず自室のソファで横になっていた。
キエリの血を飲んでからというもの、他の血をまずく感じるようになるのが強くなっていっていた。
(こんなに血を飲むのが辛くなる日が来るとは思っていなかった‥‥)
どうしても飲めなくて、どんどん飲む量が少なくなっていた。
しかし、それでからだがもつはずがなく、どんどんからだに力が入らなくなっていった。
(くそっ‥‥誰かから血を直接貰うべきか? そのほうがまだ飲めるかもしれない‥‥)
フェリクスが飲んでいる血は人間から一旦抜かれているのもあって、直接飲むよりも鮮度が落ちる。
フェリクスは、頭の中で血を飲ませてくれる人は誰かいないかとぐるぐると巡らせた。
女性はもちろん除外して、男性だけで考える。
(‥‥頼んでみるか? いやだが、そんなことルナのことを考えると頼めないな‥‥)
吸血鬼だと話してある人は多くはない。
仕方がないがやはり我慢するしかないかと諦めかけた時、最初に頼もうかと考えていた人物がちょうどフェリクスの部屋を訪ねてきた。
「殿下、ソールです」
「入ってくれ」
フェリクスの部屋を訪ねたのは、眩しい金髪と濃い青色の瞳をもつ、笑顔が爽やかな青年のソールだ。
ソールは、扉を閉め、部屋に誰もいないことを確かめるとソファで横になっているフェリクスの顔を覗き込んだ。
「よっ! げっそりしてるけど大丈夫か?」
「正直大丈夫じゃない‥‥」
「ん、だろうと思ってきたんだよ」
ソールは、にぱっと笑って、フェリクスに起き上がるように言って、隣に座った。
「ほれ、幼馴染のよしみだ。存分に飲んでいいぜ」
ソールは腕をまくってみせ、フェリクスの前にだした。
フェリクスは今すぐにでもかぶりつきたかったが、もう一人の幼馴染の顔が浮かび、すぐには動き出せなかった。
「ルナにはお前の血をあげてもいいと話してあるのか?」
ソールの婚約者であるルナも吸血鬼であり、フェリクスの幼馴染で親友だ。
通常、自分の運命の人の血を渡すのは吸血鬼が最も嫌う。
恋仲の人間の血を他の吸血鬼に飲まれたとあればそれは浮気と同じであり、他の吸血鬼の匂いがついてすぐにわかる。
「寛大なるオレの恋人のルナは、哀れな幼馴染に恵んでこいだってさ」
フェリクスの不安をあらかじめ理解していたのかルナと話しておいたらしく、ソールはなんてことないかのように話した。
「あ、ありがとう‥‥」
「た・だ・し、後でしっかりと話してはもらうぜ、さすがに幼馴染で親友のオレたちに話さないとは水臭い、あぁ! 臭すぎるぜ!」
「う‥‥わかった、ソールとルナにはちゃんと話そう」
「んじゃ、約束。さ、どうぞ」
フェリクスは差し出された腕を掴み、筋肉質の腕に牙をたてた。
女性より硬い腕でもすんなりと吸血鬼の牙は通ってそこから血が溢れてくる。
じゅうっと血を飲むと多少苦く感じるものの、いつものワインボトルに入った血よりもずっといい。
まだ抵抗なく飲める血があるのが嬉しくて、こくこくと飲んでいく。
ソールは慣れているのだろう、余裕な顔で「飲みすぎるなよ」なんてのんびり言っている。
満足して、最後にソールの傷を魔力を込めて治して、口を離した。
ハンカチでべたべたになった腕を拭くと「ありがと」と明るく笑って言うのだから、本当にいい幼馴染だなと思った。
「ソール、本当にありがとう。助かったよ」
「これくらいいいさ。んで、あの、女の子嫌いなフェリクスが一体どんな子に心を奪われたわけ? あぁ、それとも男?」
「いや、女性だが‥‥‥」
「どんな子? かわいい?」
フェリクスは、ソールと女性の話をするときはこんな女性が怖かったということが多かったし、ソールはソールで婚約者のルナが二人きりの時はこんなに可愛いんだぞという話ばかりするので、好きな子について話すのは不思議な感覚だなぁと思ったが、すぐに好きだと認めることは、はばかられた。
「言っておくと、好きだと確定したわけではないからな」
フェリクスが頭を抱えて何とか否定する様をソールがにやつきながら見てきた。
「ふーん‥‥‥頑固だねぇ、認めちゃいなよ。一日その子のこと考えてて苦と感じるどころか嬉しくならないか? 会ったらこんな話したいなぁとか、今何してるかなぁとか、お店で見かけた商品をみてこれをあげたら喜んでくれるかなとか‥‥」
「‥‥‥」
図星だった。
「だが、無理なんだ。彼女は、その、人間じゃなくてな」
「吸血鬼同士のカップルなんていくらでもいるじゃないか?」
「違うんだ‥‥彼女は‥‥妖精なんだ」
「はぁ!?」
そういった瞬間、ソールは驚愕の表情を浮かべ、大声がで叫んだ。
「偶然妖精の子と出会ってな。怪我をしていてその血を飲んでしまった。この間の中止になった舞踏会の日に会ったんだ‥‥」
「まじかぁ‥‥はっ! もしかして、フェリクスその子がどこに行ったかわかるか!?」
ソールがフェリクスに必死に詰め寄ってきた。
「いいや、一度会話した後、一人でこれから生きていくと言って鳥にのって森の方に向かったのは見たが、どこに行ったかまでは‥‥」
ソールがフェリクスの胸倉を掴んでぶんぶんと揺らす。
「あー! なんでそこでひきとめてくれなかったんだ! どっこ探してもびっくりするぐらいいないんだぞ! 魔法で追うこともできなくなってるし!」
フェリクスの眉間に一気に皺が寄る。
「どうしてソールがキエリを探しているんだ?」
「オレじゃないよ、オレたち聖騎士団で探してんの‥‥まじかぁ‥‥」
ソールは手を離して、しょぼくれる。
「その子の友達と家族がその子のこと必死で探してて、オレたち聖騎士も協力してんの。城で事件が起きたわけだし、怪我人まで出して、あんなの大失態だろ? でも、妖精なんて利用しようとする奴が出てくる可能性が大だから、一番信頼されてる聖騎士が選ばれたんだけど‥‥‥まじかぁ」
(アリアスは聖騎士を動かしているなら父上には話しているだろうが俺には詳しく説明しなかったな‥‥余計な心配をさせたくなかったのか?)
「そうか‥‥それじゃあ、フェリクスも知らないのか‥‥はぁー」
ソールは落胆しながら頬杖をつく。
「かなり探したけど、途中の森で痕跡がきれいに消えちまって、手掛かりなし。キエリさんの帰りを待っている人達が不憫でしかたないよ‥‥友達のマーガレットちゃんだって未だに沈んでるし、特に弟くんなんて、暴れる暴れる‥‥落ち着くのに時間かかったよ」
「家族がいるとは聞いたが弟が? それに友人は城にとどまっているのか?」
「あぁ、マーガレットちゃんと弟くんが城にとどまってるよ。見つけるまで帰らないとさ」
「そうか‥‥」
フェリクスは、キエリが大事な人達を心配していたことを思い出した。
辛くても怖くても彼らに危険が及ぶことを恐れていた。
もしかしたら、何とかなったかもしれないだなんて考えたかったが、人間に襲われて、怪我まで追っていた状況では考えられないだろうと容易に予想できる。
フェリクスは居ても立っても居られなかった。
「その人達に会ってくる」
「会ってどうするのさ?」
「キエリは自分の大事な人達が傷つかないことを望んでいた。だから、苦しむことはキエリの望むところじゃない、と思う。せめてそれを伝えないと」
「‥‥はぁ、フェリクスの恋バナを聞いて茶化すつもりだったのにな。ま、じゃあ会いに行くか。今ならちょうどいるはずだ」
フェリクスとソールは部屋を出て行って、マーガレットとリアンに会いに行った。
そして、この出会いがマーガレットとリアンの人生の大きな分岐点となった。




