世界が変わる
キエリは、村の穏やかな日々の夢を見ていた。
優しい父と母、それにリアン、大好きな友人マーガレット、村の人たち。
どれも、キエリが置いてきてしまったものだ。
悲しさで目が覚めてしまい、起き上がった時には外が朱色になっていた。
「しまった。こんなに寝てたなんて‥‥ゼノさんは?」
すると、突然部屋の扉が勢いよく開けられた。
「やっほーい! キエリごきげんよう! アタクシ今とってもごきげん! ちょー元気!!」
「若さ最高!! フゥー!!」
声は先ほどのフードの女性なのだが、フードは取り去っていてむしろからだを出している露出の高い服を着て、ふんわりとした長い金髪と綺麗な顔立ちをさらしている。
「ゼノ、さんですか?」
「そうよん! 実はね、年を取ってしわができちゃったんだけど、魔法でどうにもできなくて、人前に出れなかったのよ~でも、妖精の鱗粉から美容の薬ができるってわかったの!」
「そ・れ・で、国中に妖精を探すために使い魔をいーっぱい放ってたんだけど、ビンゴ! ほんっと運が良かったわ! おかげでみてみて! お肌もちもち、つるつる!」
一気にぺらぺらと話し出したゼノにキエリは圧倒されて呆然としていた。
ゼノがキエリが何も言わないので、「あらあら、しゃべりすぎちゃった」と気付いてやっと止まってくれた。
「とにかく、アナタのおかげで助かったわ。さ、アナタはなにがお望みだったかしら?」
「あ‥‥えと、まず、質問なんですけど、わたしの羽の鱗粉を使ってできるのは、美容の薬なんですか? 万能薬と聞いたのですが‥‥それに、妖精を食べると‥‥不老不死になるとか」
ゼノは、きょとんとした後、あーと言ってぽんと手を叩いた。
「万能薬‥‥確かにアナタの鱗粉は魔力たっぷりでいろんな薬にの材料に使えるわ。万能薬と言っても、過言じゃないわね。使い方次第ってとこかしら。昔は妖精と人間は交流があったみたいで、その時に開発した夢のような薬のレシピはいくつも残ってるの。アタクシが参考にしたのもそれだし」
「でも、食べて不老不死だなんてのは微妙じゃない?」
「微妙?」
「食べるって、そもそも何なのかしら? 鱗粉を食べればいいの? それとも血液? それともアナタの腕一本? それともからだ全体? それとも爪のかけらでもいいのかのかしら?」
「あ、あぁ‥‥どうなんでしょう?」
「その点だけでも微妙だし、これはアタクシの考えだけど、不死って魅力がないのよね。不老に近い状態は正直鱗粉だけで作れるし、そもそも不死というのはどうやって証明するのかしら? なってくれた人間が実際にいてくれればいいけど、目の前にいないし‥‥不死というのは病気にもならないで、年も取らないの? そんなのずっと観測できればいいけど‥‥それに、怪我もしないのかしら? でも、怪我なんて外部から受けるものでしょ? ぐしゃぐしゃの血肉にだけなっても意識があるのかしらね? 本人しかわからないし、ぞっとしちゃう」
またぺらぺらと話し出したゼノに圧倒されっぱなしであったキエリだったが、話す内容は腑に落ちた。
万一、食べられそうになった時にやめさせるための説得する材料は増えたが、自分の鱗粉が万能薬の材料になるようだし、不老不死になるかもしれないという人々の認識が変わることはない。
「教えていただき、ありがとうございます」
「それで、アナタの望みってこんな質問? もっとないの? どんどんいっちゃいなさい!」
ゼノはにっこりと笑って、手でもっともっとと仰ぐ。
「あの、質問もしたかったのですが、ではもうひとつ‥‥その、わたしの羽を消すことは可能でしょうか?」
ゼノは、きょとんとした。
キエリは、変なことを言ったのかと思い少し不安になった。
「妖精になって、たくさんの人に狙われて、私の大事な人まで危険な目にあったんです。今となってはこの羽は足枷になっているんです‥‥」
(わたしの一部だけれど、あんなことになるくらいなら‥‥ないほうがいい)
キエリは、俯いて表情が沈んでいると、ゼノはふーむと考え込んだ。
「アタクシがアナタの羽を切断することはできるけど、たぶんまた生えてくるわよ。他の部位で例えると髪の毛みたいなものだからね」
「そ、うですか‥‥」
「思うんだけど、それってほとんど魔力でできていると思うのよね。だから、魔力を制御して調節できれば、消すことができるんじゃないかしら?」
「本当ですか!?」
「あくまで、可能性よ、カ・ノ・ウ・セ・イ、だから期待しないこと」
可能性だときいても、キエリはそれにすがりたかった。
うまくこの羽を隠すことができれば、また以前のようにみんなと暮らせるかもしれないという期待がキエリを動かすには十分だった。
「わかりました、ありがとうございます! わたし、やってみます!」
「それでは、お世話になりました。本当に助かりました」
キエリは、立ち上がって何時間ぶりかの笑顔でお礼を言ってぺこりと深く頭を下げた。
キエリが再び飛び立とうとした時、ゼノに目の前を手で行く手を阻まれた。
「待ちなっさーい! ちょっと、お話ししただけで、全然お礼できてないじゃない! もっとないの?」
キエリにとって情報で十分なくらいだったが、他に何を望めばいいのか頭にぱっとうかばなかった。
「もう! むよくね~もっとがつがつ生きなきゃ損するわよ! じゃあ、そうね。まずは、安全な場所を提供してあげる」
「その名も、アタクシの家! つまりここ!」
「え? でも‥‥」
「心配なさんな、お嬢ちゃん。ここは、アタクシの魔法でちゃんとした道を通らないと誰もたどり着けないようにしてあるのだから、誰にも見つからないのよ」
「す、すごい、そんなことできるんですね!」
「だって、アタクシって天才だもの」
ゼノが鼻高らかにふふんと笑った。
「プラス、アタクシが魔力制御するのをみてあげる。魔法のことは魔法使いに聞くべし!」
「そ、そんな至れり尽くせりすぎます‥‥それに迷惑に‥‥」
「いいの! さらに、プラスにプラスして!」
ゼノがキエリを拾い上げ、手に魔力を込める。
魔力は光となってキエリを包み込み始めた。
キエリは、驚いて目をつむった。
(う‥‥なんか、からだが変! 気持ち悪い)
「あ、あの‥‥何を?」
「もうちょい、もうちょい」
キエリは、からだがゼノの手から離れ、浮き上がるのを感じた後、床に背中が着いた感触がした。
「うぅ‥‥からだが」
キエリは、なんだか床に沈んでしまうのではというほどからだが重くなってきて、頭もくらくらして気持ち悪さで吐き気がする。
キエリがやっと恐る恐る目を開くと部屋の景色が変わっていた。
「あ、あれ? ここは、ゼノさんの部屋ですよね? というか、ゼノさん? ですよね? え? あれ?」
キエリは、混乱してずっとあれ?という言葉を繰り返している。
「全部小さく? なったんでしょうか? でも、大きさがおかしいです」
「んふふ、そうよね、今までと見える世界が違うもの。混乱しちゃうわよね」
「な、なにしたんですか?」
「アナタを人間ほどの大きさに変えちゃいました! その方が生活するのに便利でショ」
「えぇ!?」
キエリは、自分でも驚くほど人生で一番大きな声が出た。
「んふふ、いいリアクション」
声の聞こえ方が違う。
人と物の見え方も違う。
そして、からだが地面に引っ張られるようだ。
立ち上がってみようかと床に手をついて、起き上がってみた。
立ち上がると余計に物の見え方の違いが顕著にわかって不思議な感覚がした。
「これが、みんなが見てる世界‥‥わぁ‥‥」
床に散乱している本を一冊手に取ってみた。
小さいときにはこんなことは絶対できなかったのだが、今はすんなりとできる。
それだけで感動して心が震えてしまう。
試しに本を開いてめくってみる。
「すごい、本が読めます! 一人で読めます!」
興奮気味にゼノに話しかけた。ゼノはキエリより少し背が高いくらいで目線はほぼ同じだ。
「わぁ‥‥人間同士でみるとこんな風に見えるんですね。すごい! 全然違います! 顔を上げなくてもいいなんて」
「どう? これくらいならできるのよ。魔力をめっちゃ使うからすっごく疲れたけど」
「ありがとうございます! 本当に夢みたいです!」
キエリは喜びのあまり、ゼノにぎゅっと抱き着いた。
「わぁ! すごい、人の温かみをこんな風に感じられるなんて」
「ま、まぁ、そんなに喜んでもらえるなら、アタクシも嬉しいわ」
ゼノは、キエリの喜びようにたじろいで、ゼノは恥ずかしがっているのか、少しもごもごとしゃべった。
くぅ~
キエリの顔が真っ赤になった。魔法の影響で気分が悪くなっていたのが嬉しさで吹っ飛んだと思ったら、気が抜けてしまったようだ。
「んふふ、まずはご飯ねん。アタクシが腕によりをかけて作ってあげましょう! それと、そのあざだらけのからだもこれなら治療できるわ、おいでなさい」
ゼノがキエリをはがして手招きをした。
キエリは、こうしてゼノの家に厄介になることになったが、誰にも見つからない家にとどまったせいもあって、キエリを探しに来た聖騎士はキエリを見つけられないでいた。




