欲する
今回はフェリクス視点であの時なにを考えていたかです。
時は遡ってキエリたちが参加した舞踏会が始まる前、オレオール王国の王子フェリクスは、窮地に立たされていた。
「殿下、舞踏会のご準備を」
「あ、あぁ‥‥だが、やはり仕事が立て込んでいてな。今回は‥‥」
舞踏会の前のぎりぎりの時間まで執務室で国務に勤しんでいたフェリクスは、国務が立て込んでいるという理由で舞踏会に欠席できまいかと考えていた。
しかし、フェリクスを迎えに来た使用人たちは引き下がる様子はない。
「殿下、陛下よりどのような国務よりも舞踏会を優先させよというご命令です」
(くっ‥‥父上め‥‥あの騒がしい令嬢たちに囲まれるなぞごめんだ! やはり、この間のように途中で抜け出せば)
「ちなみに、舞踏会中は常に護衛をつけさせてもらうので、安心して令嬢たちと会話と踊りを楽しむようにとのことです」
(見張りじゃないか‥‥)
フェリクスが頭を抱え恨めしそうに使用人たちを睨むが、使用人たちは全くひるまない。
「はぁ‥‥わかった。準備しよう」
フェリクスは、椅子から立ち上がり、大人しく部屋に連れていかれた。
(父上と母上はこんなこと、いつまで続ける気だ? まさか、本当に俺の相手を見つけるまで?)
「はぁー‥‥」
フェリクスの整った顔が暗く沈み、大きなため息がでる。
身支度を整え、舞踏会用の服装に着替えたところでフェリクスにとっての吉報が届いた。
「殿下、誠に残念なことに場内に動物が多数入り込んで、会場内は混乱。そのため、舞踏会を続行できるような状態ではありません」
報告を聞いても、どんな状況か訳が分からなかったが、とにかく舞踏会が中止になったことは喜ばしい。
「そうか! 参加者たちの安全を最優先に事態の鎮圧に努めてくれ。頼んだ」
少し声色に嬉しさがにじみ出てしまったがすぐに諫めて落ち着けた。
そして、外套をとってそそくさと動きやすい元の服装に着替えて、自室へと戻っていった。
使用人たちが悔しそうにしていた気がしたが知らないふりをした。
自室に戻り、灯りもつけず、寝台に座ってぼーっとベランダのガラス張りの扉越しに月を見ていた。
静かにこうしている時間がわりと好きだ。
「まったく、父上も母上も諦めてくれたらどんなに楽か‥‥だが、世継ぎのことを考えると避けられないのだろうな。養子をとるのは、おそらく厳しいだろうな」
フェリクスは、女性が苦手だった。
初めからそういうわけでもないし、そういう欲がないわけでもない。
しかし、幼いころから次期国王という地位と美しい容姿に惹かれて迫ってくる女性が絶えなかった。
舞踏会では誰がフェリクスと踊るかと目の前で喧嘩を始めるのはいつもだったし、いつも執事が内容を確認してから届けられる手紙に髪の毛やらからだの一部を贈ってきたという話をちらりと聞いてしまった時には悪寒がしたし、惚れ薬を盛られそうになったこともあるし、一番ひどかったのは、まだ幼いフェリクスの寝室に裸で忍び込んでことを成そうとしてきた令嬢がいたことだ。
そういった積み重ねがフェリクスを女性から遠ざけた。
今思い出してもぞっとする。
「嫌なこと思い出した‥‥」
寝台に倒れ込んで目をつむる。
(だが、父上も母上も無理やり婚約をさせるようなことはしないんだよな‥‥十分に俺は甘えさせてもらっている、か)
このまま眠てしまおうかと思っていたところ、フェリクスの鼻に強烈に惹きつける甘い香りが届いた。
「なっ、なんだ?」
一気に目が覚め、唾をのみ、香りのする方へと花に惹きつけられる蜜蜂のようにふらふらとした足取りでむかった。
(もしかして、外から?)
ベランダに続くガラス張りの扉を開くと、通常なら風で吹き飛ばされるはずなのに、先ほどよりも強く香りを感じとった。
(なんなんだ? しっかり気を保たないともっていかれそうだ!)
「誰かいるのか?」
正気をかろうじで保って、声を絞り出した。
こんな人が隠れることもできないようなところで何をとも思ったが、確実にいる。
「‥‥‥何なんだこの血の香りは‥‥はぁ‥‥くそっ‥‥」
フェリクスが横に視線を移すと、なぜかこんな時間に一羽の大きい鳥がいた。
(まさか鳥? 俺は鳥に反応していたのか?)
かなりショックを受けて呆然としたが、その鳥が座る隣の植木鉢から淡く光る得体のしれない生き物がうごめいているのが見えた。
その生き物は鳥によじ登っていく。
(あ、あれか?)
フェリクスは、逃げられては困ると思い、鳥に命令をだした。
(動くな! そこから動くんじゃない!)
鳥は命令通り、ぴくりとも動かない。
「ど、どうして? お願い、飛んで!」
聞こえてきたのは、女性の声だった。
何故女性が?という疑問と女性がいると思うとからだがこわばりそうだったが、それ以上にこの香りの原因を突き止めることの方がフェリクスには重要だった。
淡い光に近づくとそれが人の形をしているのがわかる。
だが、それは人間かと思えないほどとてつもなく小さく、しかも、淡い光は羽の形をしている。
逃げようとしていたので、急いでその子を捕まえた。
「いや! 離して!!」
手の中でもがく小さな女の子は背中に酷い傷を負っていた。
(香りの原因はこれか)
「怪我を‥‥している‥‥血が‥‥」
心配がちらりと心をかすめたが、それ以上にその赤い血を目に前にすると耐えなれないほどの欲望がフェリクスを襲った。
(血が‥‥抗えないほど惹きつけられるいい香りのする血が)
(だめだ‥‥‥のみたい)
「‥‥‥‥すまない」
なんと意味のない謝罪だろう。
彼女は今掴まれて自由が利かない状態なのに、こんな怪我をして辛いだろうに、それでも彼女の背を自分の口に近づける手は止まらない。
この血を飲めると考えると全身が熱くなる。
牙をたてないように気を付けながら、彼女の背から流れる血をゆっくりと味わった。
(美味しい‥‥もっと欲しい。こんな数滴じゃ足りない。もっと、もっと‥‥)
「いやぁ‥‥食べないで、お願い」
女の子の悲痛な声で我に返った。
魔力を込めて急いで傷を治して口から離した。
「う‥‥うぅ、ひっく‥‥」
彼女は、恐怖で泣き崩れていた。
(お、俺は一体何を? こんな小さな子を舐めまわして、泣かせて、自分だけ満足しているだなんて)
(最低だ‥‥)
すると、その女の子はフェリクスの動きがないことと傷が治っていることを不思議に思ったのか手を伸ばして、背中を触っていた。
(おわっ! だめだめだめ!)
「まって! 背中を触るのは待ってくれ、汚してしまったから!」
慌ててハンカチを取り出し、丁寧に残らないように拭った。
女の子は驚いたような不思議がっているような顔でフェリクスのことを見ていた。
今になって、自分のしたことが恥ずかしくなって、顔が熱くなった。
「気分の悪い思いをさせてしまって、すまない‥‥他に方法がなくて‥‥いや本当は、それだけではないのだが‥‥」
本当のことを言うわけにはいかず、だがうまい言い訳も探し出せずにいた。
「あ、あの、どうして傷が?」
女の子は緊張しながらも質問してきた。
よくよく見れば、小さくててっきり幼い女の子かと勝手に思い込んでいたが、声は大人に近いし、姿をみても女の子というよりも女性という年齢なのかもしれない。
「まぁ、ちょっとした魔法だ」
「魔法‥‥あなたは魔法使いなのですか?」
「とは、また違う」
彼女は、首を傾げていた。
小さいのと羽が生えている以外は人間と変わらないようだったが、もちろん人間ではない。
「ところで、君は妖精のようだが、どうしてこんなところに?」
彼女は、明らかにドキッとしたのか、手の中でもがいていたが、途中であきらめたように動きが止まって、ぽつりと話し出した。
「わたし、舞踏会に友達と‥‥でも、みんなが襲ってきて」
「あ、あなたもわたしを捕まえるのですか?」
彼女は、恐怖で怯えているのか小さなからだが震えていた。
(もしかして、今日の舞踏会が中止になったのは彼女がいたのもあるのか? だが、どうやって妖精が舞踏会にでられたんだ?)
(理由はわからないが、そこで人間に狙われたのか)
フェリクスは、彼女の怯えようを見るに随分と怖い思いをしたのだろうと考えると自分の心まで苦しくなった。
しかし、その自分もさっきまで彼女を食い物にしていたので、人のことを言える立場でもなかった。
そっと地面に彼女を置いてやる。
「俺は、君の人生を奪うつもりはないよ‥‥」
すると、彼女は目を見開いて顔を見上げ、深く頭をさげた。
「あり、がとうございます」
まさか、お礼を言われるとは思っておらず動揺と申し訳なさがフェリクスの心の中で大きくなった。
「や、やめてくれ。君がお礼を言うようなことは俺はしていない‥‥むしろ‥‥」
「でも、傷を治してくれましたし、見逃してくれたので」
「そ、そうか‥‥だが、これからどうするんだ? 妖精が人間社会で生きていくなんて苦労しかないだろう?」
「どこかで、一人で生きていこうと思います‥‥人間の村に住んでいたんですが、妖精のわたしが村に帰れば、友人や家族に迷惑をかけてしまいますから」
「そう、か‥‥‥だが、孤独は辛いぞ」
彼女は辛そうに俯いていた。
人間の村で生きていたというなら、一人で生きるなど無謀でしかない。
「正直、怖いです。寂しいです‥‥今までずっと友人と家族に助けられて生きてきましたから、どうやって生きていけばいいのか、わかりません」
「でも、大事な人が傷つくのはもっと怖いです。悲しいです」
(そうか‥‥きっとこの人は自分よりも他人を優先してしまうんだ。自分が一人では生きていけないと理解しつつも、それよりも大事な人の安全を優先したのか)
(それが、彼女を大事に思う人からしたら残酷な選択であっても‥‥)
見つめていると、彼女は緊張しているのか目線が泳いでいた。
じっと見すぎたかと反省し、少し視線を外した。
「‥‥‥あの、助けていただいてありがとうございました。ここにいてはあなたにも迷惑をかけてしまうので、失礼しますね」
また鳥に乗り込もうとしたので、心配になり思わず呼び止めてしまった。
「待って、君、行く当てがないのだろう?」
「あ‥‥はい」
「‥‥‥‥このまま、この城で君を匿うこともできるが、どうだろうか?」
「え? このお城で、ですか?」
「お気持ちは嬉しいですが、迷惑‥‥になりますし、そもそも、そんなこと可能なんですか? ここにはたくさん人がいますし」
彼女は遠慮しがちな性格なのかそれとも心配しているのか、不安そうにしていた。
「俺への心配はいらないよ‥‥申し遅れたが、俺の名はフェリクス・エピメディウム・レックス、この国の王子だ」
「だから、君を秘密裏に匿うこともできよう。心配なら、人里離れたとこに君が住めるように手配しても‥‥」
「ちょ、ちょっと待ってください! 王子様だったんですか?」
「あ、あぁ‥‥隠すつもりはなかったんだが‥‥」
「あの、どうして‥‥殿下、は初めて会ったばかりのわたしにそんなに優しくしてくれるのですか?」
「そうだな‥‥先ほど断りもなく、その、不快な思いをさせてしまったお詫びというのではだめだろうか? いや、でも確かにそうだな、俺は出会ったばかりの、しかも、あんなことをした不審な男でしかないか‥‥どうしたら、安心してもらえるだろうか」
フェリクスは、先ほどの行動を思い出し、申し訳なさ過ぎて、苦笑いがでた。
自分がかなりの不審者だと思うと焦りが出てきた。
すると、どうしてか彼女は少しほっとしたように可愛らしい笑みを見せた。
月明りと羽の光に照らされて良く見える。
少し、心臓が跳ねた気がした。
「ふふ、ありがとうございます‥‥でも、やっぱり大丈夫です。殿下に迷惑をかけるわけにはいきませんから」
「そうか、わかった」
しつこすぎるのもどうかと思い、少し頼られないのは寂しく感じたが引き下がることにした。
「なら、せめて何か役に立つものを‥‥そうだ」
一旦部屋に戻って、役立ちそうなものを探した。
果物を切るための折り畳みナイフと令嬢たちから届いて開けてもいなかった贈り物からリボンを抜き取った。
(令嬢からの贈り物が役に立つ時がくるとは‥‥)
再びベランダに出た。
「せめて武器になるものを持っていくといい。荷物になるかもしれないが、何があるかわからないから」
おいでと手招きをすると、とことこと歩いてきて、くるりと背を向けさせ、背中に折り畳みナイフをつけてリボンでからだにしっかりと付けた。
まだ彼女のドレスには血がついていて、香りが鼻をかすめてくる。
もう一度血を味わいたいという考えがよぎるがまださっき飲んだおかげか、心を落ち着けることができた。
「さぁ、いいよ‥‥」
「ありがとうございます。あ、でもお返しはわたし何も持ってないです」
「いいんだ。もう十分、いや、足りないくらいもらったから‥‥」
(あんなに美味しい血は飲んだことがなかった‥‥‥まだ欲しいなんて考えたら駄目だ)
彼女が再び鳥によじ登り、フェリクスのことを見つめる。
「申し訳ありません‥‥わたし、名前を言うのを忘れていました」
「わたし、キエリと申します。もう、会うことはないかと思いますが、あなたの優しさは忘れません」
「そうか、キエリか‥‥‥どうか、元気で」
鳥が暗い空に飛び立つのをフェリクスはその姿が見えなくなるまで、見つめていた。




